5-30. 有事の際は敵より味方で(1/2)
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時は遡り、ムツキたちが樹海へ入ってしばらくした頃。ムツキの家の方でも緊急事態に見舞われていた。
「きゃあああああっ! へ、蛇が!」
ナジュミネが落ち着いてきた頃に、様々な姿を成した触手たちがムツキの家を取り囲んでいたのだ。
触手だけが見えていた頃はナジュミネも戦闘服に着替えて、この異様な光景に対応しようと家の外に出たが、毒蛇もちらほらと姿を見せていたことで彼女は為す術もなく無力化されてしまった。
「毒蛇! まさか! ナジュミネは中に入っていなさい! コイハ、メイリ、お願い!」
「分かった! さあ、姐さん」
「おう! 姐御、大丈夫だ」
リゥパは矢を番えて構えながら、コイハとメイリにナジュミネを退避させるように叫ぶ。一人で歩くことすらままならないナジュミネがコイハとメイリに連れられて家の中へとゆっくりと入っていく。
「ううっ……旦那様……」
「残念だけど、ダーリンは今いないんだ。だから、家の中にいよ?」
「ううっ……」
ナジュミネの縋るような言葉に、メイリは優しく諭すように語り掛けた。
「うわあ! 本当に全部囲まれちゃってる!」
ユウとキルバギリーは、リゥパとサラフェを家の屋根の上に運んでから、自分たちも降り立つ。
「これは……中々厳しいですね」
「ほんと、多勢に無勢ってやつよね」
サラフェが刀のような形をした武器を構えて冷静に周りを見渡すが、無数の敵がいるこの状況で、この大きな家を自分たちだけで守りきれる自信が出ず、額に少量の冷や汗を滲ませる。
「敵はいろいろな姿かたちをしていますが、どれも触手のように見えますね。アニミのしわざでしょうか?」
サラフェは真っ先に【触手生成】を固有能力に持つアニミダックの攻撃を疑ってみる。
その疑いに首を横に振るのはユウだ。
「……違うよ。アニミダックは触手をあんな器用に作り変えられないし、できたとしても作り変えることもしないよ。それに今も制限が掛かっているからこんなに出せない」
アニミダックは以前の戦いでムツキに負けてしまい、制限の手甲を装備して能力の制限を受けることになった。そのため、制限下では彼が本来の力を出せないでいる。
さらに、制限の解除はムツキとユウしかできず、また制限が解除された場合に、ユウやムツキは解除されたことを通知する仕組みでアニミダックの状況を把握している。
彼女が今調べた限り、アニミダックは制限を解除されていないため、出せる触手も10本程度が限界である。
「私もユウ様の意見と同じね。そもそも、アニミなら家の中から出現させるだろうし、それに、ちらほら見える毒蛇と一緒に現れることなんかしないと思うわよ?」
リゥパがユウの否定に重ねて自分の意見を手早く伝える。
「とすると?」
「私の見立てだけど、十中八九、ニド……毒蛇の王よ。それこそ、アニミがムッちゃんのいない間に反旗を翻したって話より、アニミが何らかの理由でニドと共闘して攻めてくるって話より、ニドが単独で企んでどうにかこうにか触手を用意してきたって話の方がよっぽど信じられるわ」
「そこまでですか」
「そこまでなのよ。ニドなら、最悪だけど、何だってしてくる気がするもの」
サラフェの相槌に合わせて、リゥパがさらに自分の意見を淡々と述べていく。
「同意します。私も少なくとも、アニミがこのようなことをしたとは思えません」
「珍しい。キルバギリーもアニミのことを信じているのですね」
「別に、今でも好ましく思ってはいません。ですが、このようなことをするとも思いません。それだけです」
キルバギリーはあまりアニミダックを好きになれないが、それでもこのようなことをするとは思えなかった。彼がたとえ使用人扱いされても、渋々でも、悪態を吐きながらでも、律儀に真面目に仕事を率先して行っていたからである。
「なるほど。さて、では、ムツキさんがいない間、サラフェたちが守るしかありませんね」
「大丈夫よ。もう少しでモフモフ軍隊も出てくるから」
モフモフ軍隊は普段家事をしているが、戦闘もできる妖精たちのことである。数十体ほどのかわいらしい猫や犬、ウサギの姿をした妖精たちで構成されているが、戦闘力は折り紙付きで触手たちに後れを取るようなことはない。
「……はっ! な、なに? あ、世界樹が何か変!」
様々な姿をした無数の触手たちがにじり寄って来る中、ユウはまるで電撃が走ったかのように世界樹の方をバッと振り向く。
他の女の子たちも世界樹の方を向くと、いつも悠然として立っているはずの世界樹がざわざわと揺れているように見えた。
「世界樹が!? ユウ様、ここは私たちで何とかします! 早く、世界樹の方へ!」
「ごめん! お願い! 【レヴィテーション】」
ユウは飛行魔法の【レヴィテーション】を唱え、その小さな身体を浮き上がらせると真っ直ぐ世界樹の方へ向かって飛び立つ。
本来、彼女は触手たちの上をすり抜けて、樹海の上を一直線に飛んでいくはずだった。
「えっ? 魔法が解けっ! 【レヴィテーション】! 嘘!? 発動しない!?」
しかし、解けるはずのない魔法が、樹海に近付いたときに不意に解除されてしまい、ユウは触手たちの頭上へと落ちようとしていた。
いくつかの触手たちが姿を変えて、大口を開けた狼のように待ち構えている。
「ユウ様!」
「ダメだ……ムツキ……」
リゥパの叫び声とユウの諦め混じりの声が同時に重なったとき、ユウの身体がふわりと重力に反して落ちなくなった。
「ユースアウィス、大丈夫か?」
「……アニミダック?」
硬質化する黒い触手を使えるだけ使って、ユウをなんとか空中で抱き留めたのは、防水エプロン姿に三角巾を身に着けたアニミダックだった。
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