5-25. 言い合いは優しさより正しさで
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ニドの昔話はその後のニドがケットに反逆して負けた話まで続いていた。それも話し終えると、ニドはゆっくりと目をムツキへと向ける。その表情は感情が見えづらく淡々としていた。
「まあ、他愛もない昔話です。今の話の中にはケット様やクー様、アル様にはお伝えしていなかったことも含まれていましたから、皆さんも退屈せずに済んだことでしょうな」
「あぁ、興味深い話だったよ」
クーは先ほど皮肉の応酬を繰り広げたとは思えないほどに落ち着いた声色で感想を呟いた。
他方、ムツキもケットも何かしらの言葉を探していて困難を極めたような表情をしており、アルは何かを言うことさえ躊躇っているのか沈痛な面持ちで立っている。
「その……毒蛇……ニドの同胞たちがたくさん亡くなったのは正直辛いだろうし、誰かを恨みたい気持ちも分かる。でも、ケットだって家族を失ったわけだし、ケットがわざとしたわけじゃないから、ケットがすべて悪いわけじゃ……それに元々はケットの家族に手を出した人族が悪いわけで、ここでニドとケットが何かこう……あるのは嫌だな……」
やがて、ムツキの口から出てきたのは、「ここにいる誰もが悪くない、ただ不幸が重なっただけ」という誰も責めないようにするための方便であり、誰かも分からない人族というところにすべての責任を転嫁した話だった。
しかし、解決のない慰めや説得の言葉に意味などない。
「いや、ご主人……ありがたいけど、こればかりはオイラが悪いニャ……」
ケットはムツキの方を見て首を横に振った後、ニドの方に向き直って謝っているかのように頭を垂れた。
「あー、いやはや、ムツキ様は実にお優しい」
ニドは嗤った。それから、ニドの顔がひどく歪み始める。
「あぁ……反吐が出る……何も大切なものなど失ったことがないような腑抜けた面構えで宣われるご高説、ここまでくればもはや嫌みのようにさえ聞こえる。私が過去に囚われて誰かを憎しむことはひどく……そう、ひどく愚かなことなのだと、そう言われているかのようだ」
「あ、いや、そんな……」
ニドの顔が怒りを露わにしている。ムツキはその表情に気圧されてしまい、返す言葉も見つからずにたじろいだ。
「そんな? そんなつもりじゃなかったか? どんなつもりだった? ……いいか! よく聞け! 大切なものを奪われ失った怒りをそう易々と消せるものだと思わんことだな! 相手も大切なものを失っているとか、相手もそのことがトラウマになって力をもう使えなくなったとか、そんなことは私にとってどうでもいいのだ! 相手がどうだからといって、私に何の価値があるというのだ!? 悲しみは、怒りは、憎しみは、そんなことで相殺されるものか!?」
ニドは興奮のあまり、無意識に全身から毒液を滲ませていた。その毒液は悲しみと怒りの涙か、もしくは、誰にも触れてほしくないための心の壁かのようである。
「そんなつもりじゃなくて……」
「あぁ! ムツキ! スローライフと称して、大切なものを得て、その強大な力をもって、一切奪われることも失われることもなかったお前に何が分かると言うのだ!? 奪われかけた? 失いかけた? だが、最後は取り戻してハッピーエンドと言わんばかりに、自分にとって円満な解決をするだけのひどく低俗な芝居ばかり続けているお前に、何が、何が分かると言うのだ!?」
「あ……う……」
ムツキは自分の言えることが薄っぺらい励ましにしかならないと自覚して、言葉に出すことを諦める。彼はニドが言うように、誰かを恨みたくなるほどに大切なものを奪われ失ったことがなかった。
前の世界で極々平凡に生きて、独身のまま家族を持つこともなく、ちょっとした事故で世を去った。彼なりに両親や友人など気になるものもあったが、思い続けるほど悩んだわけでもなく、すぐに気持ちを切り替えられた。
この世界においても、彼は大切なものが増えていくことがあっても、まだ失ったことがない。大切なものを失いたくない気持ちは分かる。だが、失った時の気持ちは想像できる程度でしかない。
「ニド、言い過ぎだ。主様は何も考えずにただ反射的にケットをかばっただけだ。意図も意味もない。主様、余計な口出しをするんじゃない。ニドの感情を逆撫でしてどうする」
クーはニドもムツキもたしなめた。
「あぁ……ごめん……」
「それと、俺もその件については、何があったにせよ、ケットの失態だと思っている。そのことに限っては非常に残念だが、お前と同意見だ。あれはどうあっても忘れられないし、今も償い続けているが、許されるわけもないだろう」
「間違いニャいニャ……」
クーはニドのことを快く思わない。しかし、感情と物事を切り分けられるクーはニドが正しければ正しいと言えるだけの器量もある。
「……そうですな。クー様の言う通り、少し熱くなりすぎましたな」
ニドもクーのことを快く思っていないが、クーの言葉や判断の正しさは一定の評価をしている。
「それに、先ほどの言葉を出してしまってからでは信じてもらえないでしょうが、ムツキ様にはとても感謝しているのです」
ニドは落ち着いてそう言ってのけると、再び笑顔を見せた。
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