5-23. 昔話は懐かしさより悲しさで(2/3)
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楽しんでもらえますと幸いです。
その時は突然訪れた。
ニドは再び人族領側からやって来た軍隊に目を向ける。軍隊が前回と異なっていくつかの塊に分かれていることから、ニドは取りこぼして樹海に侵入されないように警戒を高めた。
それが逆にニドの視野を狭めることになる。
「今日も懲りずにやって来るとはな……どうやら人族の欲というのは、全滅しないと起き上がってしまうもののようだ。つまり、根絶やしにすればよいということだな?」
ニドからすれば、戦力の分散という戦術を練ってきたと思える程度で、今まで来た人族側の戦力と今日来た戦力に大した違いはない。
さらに言えば、人族側が度重なる小競り合いで疲弊を狙っていると考えれば、ニドは必要最低限の行動で済ませる必要があるとも考えている。
「おらあああああっ!」
「くらえええええっ!」
「ずえええええいっ!」
「【トルネード】」
「【メテオ】」
「【ウォーターフォール】」
「【ライトニング】」
「【アヴァランチ】」
「ふむ……見違えるほど強くなったわけでも、何か学習してきたわけでもないようだな。いや、火や炎を使わないだけ学習していると見える」
人族たちは剣の太刀筋が鋭くなったわけでもなく、斧の威力が増したわけでもなく、槍の勢いが強くなったわけでもなく、矢の速度が速くなったわけでもなく、魔力が上がったわけでもなく、魔法が強くなったわけでもなく、強いて挙げるなら防御魔法の【バリア】を展開して、ニドの強烈な毒や強力な攻撃から身を守る術を少し用意してきた程度だ。
「……しかし、長期戦は手間だな……少し本気を出しておくか」
しばらく人族側の攻撃を観察し、特に問題がないと判断したニドが反撃から攻撃に転じようと思った。
その時である。
「ぐうううううっ!」
突如、ニドは凄まじい重圧を感じて身動きが取れなくなった。
人族は身動きどころか、誰一人として絶叫すらあげられず、崩れ落ちるか潰されるかのようにバタバタと倒れていき、そのまま絶命していく。
「なんだ、この異常な魔力の圧は! はっ……これは……ケット様の……まさか、【制圧】なのか?」
ニドはこの異様な圧迫感と圧壊させられてしまうような威力に覚えがあった。
ケットの固有能力【制圧】である。その能力は自分を中心とした同心円状で任意の範囲にいる全ての生物に魔力の塊を圧しつけるものであり、本来は狭い範囲の中で動けなくさせる程度の出力に抑えて使うものである。
ケットが4人の始祖たちと対等に渡り合えて抑止力となっていたのも、始祖たちよりも多い魔力量とユースアウィスから与えられた【制圧】の能力に依るところが大きい。
「バカな! ぐぐぐぐぐっ……ここまで届く広範囲とすれば、どこにいるかにもよるが、樹海のほぼ全てが範囲だぞ!? しかも、この威力では人族どころか、魔力の低い妖精族……我が同胞たちさえも! 何故だ! 乱心したか!」
ケットの【制圧】には大きな問題があった。
対象が選べないのだ。
範囲内のすべての生物、つまり、敵も味方も関係ない。
さらには、その魔力の塊に耐えきれないものたちは死ぬ。人族よりも十分に高い魔力を有する妖精族が【制圧】によって死ぬことは稀である。ただし、それはケットが【制圧】を適切に制御できているからに過ぎない。
やがて、【制圧】が収まる。人族は言わずもがな全滅しており、夥しい数の死体がカーペットのように広がっていた。
「くっ……収まったか……? くっ! 樹海の中はどうなっている!?」
ニドは一面に広がる人族の死体に1つの興味もなく、すぐさま翻って樹海の中へと急ぐ。ニドの身体は大きく、普段は専用の獣道を通り、樹海の木に影響を与えないように最小限の動きをしている。
「邪魔をするな!」
しかし、今のニドにそのような余裕はない。ただそこに立つだけの樹海の木々に八つ当たりのように声を飛ばし、木々を何事もなく薙ぎ倒しながら、ニドはある場所へと最短経路で向かう。
その途中、気絶か死か、多くの妖精たちが泡を吹いて倒れている光景がニドの目に焼き付く。若ければ若いほど、幼ければ幼いほど、魔力が低い傾向にあるため、動かなくなった子どもを悲しく見つめる大人の妖精たちの惨憺たる様子が多く見られた。
「大丈夫か……大丈夫なのか……?」
この頃のニドは毒蛇たちと感覚を共有できる能力がまだ未発達だった。
だからこそ、一縷の望みを持つ。今、毒蛇たちと感覚を共有できない理由は、自分の能力が不足しているからで、焦っていてうまく使えていないからだ、と。
巣に戻れば、焦って戻ってきた自分を笑い飛ばしてくれる毒蛇たちがいると信じていた。
「大丈夫であってくれ……」
やがて、ニドの辿り着いた先は、毒蛇たちのためにニド自らが作り上げた巣だった。
「あ……あぁ……」
ニドは賢かった。だからこそ、知っている。
一縷の望みが叶うことなど稀なことである、と。
「……おぉ……おぉ……ど……ど……どう……かはっ……あぁ……」
ニドは積み重なったままで動かなくなっている無数の毒蛇たちを見て、息の仕方さえも忘れそうになった。
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