5-22. 昔話は懐かしさより悲しさで(1/3)
約2,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
昔、昔のお話。人族や魔人族が樹海の資源を求めて奪い取ろうとしていた時期で、最も戦いが激化していた頃のお話。
「愚かな人族どもよ……欲深く傲慢で……他者を平気で踏み躙り喜ぶ者どもよ……貴様らに分け与えるものなど何一つない! この地から立ち去るがいい! でなければ、貴様らの血肉が樹海の養分に変わるだろう!」
毒蛇の王ニドはおどろおどろしい雰囲気で、人族の数万、数十万にも及ぶ軍隊相手にたった一匹で立ちはだかっている。毒蛇の王は黒々した巨躯に加えて、竜族の王レヴィアのような出で立ちからいつしか黒龍とも呼ばれていた。
「くっ……黒龍さえいなければ……」
「そこの人族よ……私は龍になった覚えなどない。私は毒蛇だ!」
ニドは妖精族である自分が竜族と呼ばれることに憤慨していた。
ニドは自分が毒蛇であることに誇りを持っており、妖精族の和気あいあいとした雰囲気や世界樹の樹海に居てもいいということに安らかな気持ちで受け入れていた。
「ひっ……」
人族の最高戦力である10人の勇者たちを含む軍隊は、ニドの持つ膨大な魔力や強力な毒、再生能力、そして、世界樹を是が非でも守らんとする気迫に圧倒されてしまい、立ち往生を余儀なくされていた。
「まだ帰らぬか? ならば、私が還してやろう……大地になあ!」
ニドは世界樹の樹海から離れると、全身から毒液を分泌し始める。人族にしか効果がない特製毒は大地や植物に影響を及ぼすことなく、人族への罠として機能する。
さらに、ニドはその巨躯からは考えられない素早さで軍隊の中へと潜り込み、次々に人族へと襲い掛かる。
「うらあああああっ!」
「これでもくらえええええっ!」
「てえええええいっ!」
人族が対抗して、剣や斧を振るい、槍を前に突き出し、矢をつがえて撃つが、どれもニドの全身に纏った毒が潤滑油のような働きをして、彼の身体に傷を1つ付けることもない。
「ぎゃあああああっ!」
「ひいいいいいっ!」
「いでえええええっ!」
「あああああっ!」
「へ、蛇の毒か……かはっ……」
それどころか、ニドの毒が攻撃を受ける度に飛び跳ねて、人族の皮膚に付着していくことで、着実に人族に被害を出していく。
「ぐっ……魔法部隊っ! まだかっ!」
この頃の人族の魔法はまだ魔力を溜める時間が必要だった。脳内で描く魔法陣のイメージから魔力を変換し撃ち出すのだが、その魔法陣の効率がまだまだ非効率だったのだ。
ようやく撃ち出せる段階に入り、魔法使いたちが一斉に魔法名を叫ぶ。
「【エクスプロージョン】」
「【トルネード】」
「【メテオ】」
「【ウォーターフォール】」
「【ライトニング】」
「【アヴァランチ】」
「ふむ……」
様々な属性の魔法が放たれるが、ニドに効いた様子はまったくない。ニドの持つ魔力が多く、人族の放つ魔法を打ち消してしまえるほどに魔力の差があったのだ。
「ど、どれも……き、効かないだと……!」
「いろいろな属性は扱えて器用なようだが、どうも威力がなさすぎる」
ニドは威力がないと言い切るが、人族からすれば、自分たちの使える強力な魔法の数々であり、最高威力をぶつけたはずなのだ。
「しかし、【エクスプロージョン】とやらを撃った貴様は許さぬ……たとえ小火であろうと樹海が燃えたらどうしてくれる! 貴様だけは許さぬ!」
ニドは冷静な口ぶりから一転して、鋭い眼光でジロリと【エクスプロージョン】を撃った魔法使いに向け、次の瞬間にはニドが毒牙から飛ばした毒液で魔法使いが悲鳴すら上げる時間もなく溶解した。
「う、うわあああああっ!」
「ひいいいいいっ!」
「こんなの勝てないっ!」
「隊長! 我々はどうすれば!」
「勇者様! どうしますか! まだ戦えますか!?」
毒液で溶解した魔法使いの周りの人間が悲鳴を上げ始めてから、軍隊に不安があっという間に広がる。
指揮権を持つはずの隊長クラスは気が動転して、近くにいる勇者に命令を求める。勇者は周りを見渡すも、及び腰になった軍隊など戦力に数えられるわけもなく、被害を最小限にするために撤退するほかなかった。
「くっ……毒がさらに……て、撤退だ!」
人族は蜘蛛の子を散らしたかのように人族領へと逃げていく。
「どうやら非戦闘民も戦いに駆り出しているようだな……その結果が統率力の低下に繋がると言うのに、数任せのごり押しでどうにかしようなどと嘆かわしいことだ」
このようにニドは常に前線に立ち、人族領側からの侵略を防いでいた。
「しかし、難儀な話だ。いかなる種族であっても存続を考えねばならない、とはな。おかげで防戦一方だ」
ケットが創世神ユースアウィスと交わした誓約により、妖精族は強力な魔力と樹海の管理権限をを持つ一方、他種族を滅ぼすような真似ができない上に侵略行為を封じられていた。
「ふしゅ……」
「にゃー」
「ぴぃぴぃ」
ニドの視界の端に人族領からこっそりと逃げてくる妖精族が見えた。
「おぉ、同胞たちよ、遠くから逃げてきた同胞たちよ。早く樹海に逃げ込むのだ。樹海は安全だ」
ニドは各地に散らばって生きていた妖精族に対して樹海へと逃げるように積極的に伝えていた。特に、毒蛇たちは世界に散らばっていたほぼ全てが樹海に逃げ込んでいた。毒蛇の王であるニドはいち早く毒蛇たちに声を掛けていて、毒蛇たちはニドの言葉に絶対の信頼を寄せていたからだ。
これが悲劇をより大きくするなどと夢にも思わなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。




