5-Ex5. お酒は飲み過ぎより適量で
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楽しんでもらえますと幸いです。
「ナジュ、今日は遠慮しなくていいけど、俺にだけだぞ? 他の人に迷惑を掛けたら、お酒は即終了だ。守れるか?」
「うむ、委細承知した」
最初にムツキは早々とナジュミネに釘を刺しておいた。
絡み酒になりやすい彼女は絡み酒をしても愛されるような感じだが、そうだとしても限度もある程度設けなければならない。
「じゃあ、まず一杯目」
ナジュミネはムツキに渡されたお猪口サイズの杯を片手に持ち、彼から注がれる酒を見て目をキラキラと眩いばかりに輝かせる。
「あぁ……じつに良い香りだ」
次に、ナジュミネは中身をこぼさないように杯をゆっくりと顔に近付けながら、目の前に来た時点でしっかりと目を閉じて、そのほのかに甘い香りを美しい所作をもってじっくりとゆっくりとねっとりと堪能する。
「心地良い酔いへと誘ってくれると確信できる。あぁ……ありがとう……乾杯! んくっ!」
「て、天を仰いで飲……早っ」
ナジュミネは香りを堪能しきった後すぐに杯と顔を天に向け、感謝の言葉とともに、一人で再び乾杯を始め、まるで運動後の水分補給のような勢いで飲み干す。杯が地面と平行から垂直へ変わるのに数秒も経たなかった。
「ふぅ……」
ナジュミネは杯を唇からそっと離すと、仰いでいた顔をムツキの方へと向け、ゆるみ始めた雰囲気の満面の笑みで彼を見つめている。
明らかに彼女の様子が変わった。彼女の頬が桃色に染まり始め、それを隠すかのように、彼女は杯を持たない手を頬に添えてうっとりとした表情になる。
「……んふっ……んふふふっ……お代わりっ!」
「いやいや、早食いやわんこそばじゃあるまいし……もう少しゆっくりと飲もうな?」
上機嫌のナジュミネは早くもムツキに酒を注ぐようにせがんでいる。彼は彼女にもう少しゆっくりとしたペースで飲んでもらえるように窘めようとするが、彼女の表情が途端に悲しそうな様子へと変わっていく。
「む……お代わりが欲しいの……」
「あ、あぁ……分かったから、分かったから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ」
ムツキはとかく女の子に甘い。彼の思っている通り、彼女のためにはもう少しゆっくりと時間をかけて飲ませた方がいいが、彼は求められると彼女のためにならないと思ってもついつい甘やかして言うことを聞いてしまう。
「んくっ! はぁ……美味しい……お代わりっ!」
「早っ!」
ナジュミネの顔が徐々に赤らんでくる。釣り目がちのキリっとした表情が特徴的な彼女も今はとろんとした目つきになり、上気した頬と相まって色っぽさが滲み出てくる。
「旦那様……もっと欲しいの……」
「うっ……わかった……」
ムツキはもはや説得の言葉もなく、ナジュミネの持つ小さな杯に注いでいく。
「んくっ……こくん……お代わりっ!」
「早っ!!」
ムツキが何度もそうツッコむが、ナジュミネは意に介した様子もなく余韻に浸っている。
「はふぅ……速いのは杯がちまっとしているからだ。前に旦那様が麦酒か蜂蜜酒かの時に使っている盃ならもっとゆっくり飲めると思う」
ナジュミネは両手で盃の大きさをジェスチャーする。そのサイズは普段使いのコップよりも大きいものを示していた。
「盃って……俺の持っているジョッキのことを言っているのか? 待て待て……この酒はこの小さな杯でゆっくりと飲むものだぞ。ジョッキで一気なんてされたら困るからな」
ムツキのやんわりとした拒絶に、ナジュミネは子どものように頬をいっぱいに膨らませて抗議の態度を示す。
「むむ……旦那しゃまが意地悪するぅ……私ならぁ……ジョッキ? とやりゃでも、だぁじょーぶぅだよぅ?」
「一人称が私になっている時点でもう危うい気がするな……あと、だぁじょーぶぅじゃなくて、大丈夫、な? ろれつが回らなくなってきている時点で大丈夫じゃないな……てか、酔いもいつもの10倍くらい早いな。疲れているのか」
「にゃー、旦那しゃま……好きっ! 好きにゃー。だから、お酒をいっぱい寄越すにゃー」
もはや泥酔間近のナジュミネは座っているのも億劫になってきたのか、ムツキの形を崩したあぐらの上に頭を乗せて、ごろんごろんと寝転がる。
「って、寝転んだら注げないぞ? あと、そんなごろごろ転がっていると目が回って後が大変だぞ?」
「…………」
「ん? ナジュ?」
「すぅ……すぅ……」
ナジュミネは寝た。顔はいつの間にか真っ赤になっていて、気持ち良さそうにムツキの膝枕を堪能しているようだった。
「あ、寝たのか。今日は疲れたからか、早く寝たな」
「ムッちゃん、ナジュミネの相手が終わったなら、一緒にゆっくり飲みましょ?」
タイミングを見計らっていたリゥパがムツキに声を掛ける。
「そうだな。悪いが、ナジュが寝ているから動けないんだ」
「もちろん、そっちに行くわよ。ナジュミネに起きられても困るから」
そのリゥパの言葉とともに、女の子が全員ムツキと円を作るように座り始める。
「姐さんばかりダーリン独り占めはずるいなあ」
メイリは酒にめっぽう強く、女の子たちの中でも断然トップの酒豪である。
「メイリさんも割とムツキさんに構ってもらっている方だと思いますが」
「珍しいのじゃ。サラフェでもそのようなことを言うのじゃな」
サラフェはそこまで強くないものの自分のペースを崩さないため、細く長く飲み続けられる。
コイハから代わったミクズは、メイリほどでないものの強い方で大酒を楽しむクチであり、コイハはミクズより弱いものの決して酔いつぶれるような飲み方をしない健全なタイプである。
「って、そう言えば、コイハじゃなくてミクズなのか」
「コイハは酒があまり強くないらしいのじゃ。なので、我が代わりじゃ。別に花を楽しめばよいと思うのじゃがな」
ミクズはひらひらと落ちてきた桜の花びらを杯で受け、酒の上にゆらゆらと小舟を思わせるような雰囲気で浮かばせる。
「マスター、こちらの方がより甘みが強い気がします。こちらもまた味が違うのですね。ふむ……」
「キルバギリーが味の解析を始めたわね……美味しければ何でもいいと思うのだけど」
キルバギリーは飲んで楽しむというよりも比べて違いを見つけて楽しむタイプであり、そもそも兵器であるため、酒で酔うことがない。
リゥパはすぐに長い耳まで含めて顔が真っ赤になるのだが、意外と長持ちするタイプであり、酔いつぶれそうになったら自制して水をひたすら飲んで抑えられる。
「まあ、みんなそれぞれ、楽しそうで何よりだ」
ムツキは女の子たちの賑やかさを耳で楽しみつつ、料理と酒で口と鼻を喜ばせつつ、目に桜と彼女たちのいる風景を焼きつかせていた。
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