5-10. 数々の呪いは嘆きよりも優しさで(2/3)
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楽しんでもらえますと幸いです。
ムツキは猫というよりも動物や妖精の言語が分からない。話すこともできなければ、聞いて理解することもできない。
しかし、女の子たちはそれぞれ違う。
ユウは創世神であるため、当たり前のようにすべての言葉が聞けて話せる。リゥパはエルフという妖精族であり、コイハやメイリは獣人や半獣人であるため、動物や妖精族との会話に難がない。話そうと思えば話すことができるのである。
キルバギリーはロボットの学習能力の高さからか、簡単な会話ができるようになってきていた。
サラフェは人族ということもあって、ムツキ同様に聞くことも話すこともできない。動物の鳴き声はかわいいなと思って、ちょっとだけ察せるかどうかくらいである。
「にゃー」
「えっと、にゃー」
「にゃ」
「にゃ、にゃー」
魔人族のナジュミネもここに来た当初は、ムツキやサラフェ同様に理解できていなかった。
だが、魔人族が人族と違って多種族的な集まりということもあってか、彼女は意志疎通の大切さを知っていて学習意欲の高さもあった。そして何より、猫のかわいらしい鳴き真似を完ぺきにできれば、ムツキが喜んでモフモフみたいに甘えさせてくれるかもしれないという妄想、もとい、期待を胸に秘めていたため、最近では多くの妖精族とその妖精の言語で話せるようになっていた。
かくして、元・炎の魔王で魔人族の中でも鬼族最強の強さを持ちつつ、完ぺきに動物の鳴き真似ができるかわいらしさを併せ持った女の子が爆誕したのである。
「お、おはよう、ナジュ」
ムツキは、ナジュミネが背を低く保ちながらもにゃあにゃあとかわいらしい様子で猫と会話する姿を見て、気持ちがグッと昂りつつも努めてグッと落ち着くようにしていた。
さすがに朝からお盛んな気持ちになってしまっていると思われたくなかったようだ。
「にゃー……じゃなかった! だ、旦那様、家の中とはいえ、なんて格好でうろついているんだ!」
ナジュミネはムツキの方を振り向いた後も猫の言葉で話しかけてしまった恥ずかしさもあって、少し頬を赤らめつつ、誤魔化すように若干の非難めいた声をあげる。
彼女が低くしていた姿勢を正すと、彼女の赤く緩いウェーブのかかった長髪はまるで炎の揺らめきかのように揺れた。
「あー、まあ、ちょっと早く起きたから、リゥパやサラフェを起こすのに気が引けてしまって」
「うーむ。そうか。まあ、いい。それで、この仔に聞いたが、そのまま風呂に入るのか?」
ナジュミネがそう聞く理由は、ムツキにはまだまだ多くの呪いがあり、その中に、洗身不可、洗髪不可の呪いがあるためだ。それらの呪いは、文字通り彼が自分の身体や髪を洗うことを禁止する呪いであり、無理にでも洗おうとすると頭痛だけでなく全身にひどい倦怠感と疲労感が襲い掛かりまともに動けなくなる。
なお、彼が洗うことのできる部分は、歯を含む顔の部分、肘から先の手の部分、踝から下の足の部分の3か所だけである。そのため、朝の洗顔や食事前の手洗い、食事後の歯磨きなどは彼の数少ない楽しくできるセルフケアなのだ。
「ああ、そうなんだ。悪いけど、一緒に入ってくれるか?」
ムツキは白い虎柄の猫に連れてこられたナジュミネに少し申し訳なさそうな言い方で頼んだ。彼女は考える余地もなく二つ返事で嬉々として了承しようとしたが、ふと、あまり露骨な態度ははしたないと思うに至り、少し冷静な雰囲気で対処しようとした。
「……そうだな。仕方ない。旦那様は1人じゃ入れないからな」
「あ、いや、無理はしなくても」
「…………」
ナジュミネのセリフを渋々という感じなのだと受け止めたムツキは断ってくれてもいいという理解のあるような返しをするが、その返しを聞いた途端に彼女から笑顔が剥がれ落ちて無言で虚ろな目をしてじっと見つめてくることから察し方を間違えたと即座に悟った。
彼は、ここは悪いと思いつつもどうしてもお願いしたいという雰囲気でお願いしようと決心する。
「あー……やっぱり、お願いしてもいいか? 朝早いから、ナジュにしか頼れなくて」
「そうだな! 仕方ない! 旦那様は1人じゃ入れないからな!」
パっと明るい笑顔が戻ってきたナジュミネは、ムツキと腕を組んで足早に風呂場へと直行する。ここで誰かと出会ってしまうと話がややこしくなるからだ。
「妾だけで対応できるから大丈夫だぞ」
「にゃー」
風呂場でナジュミネが白い虎柄の猫にそう伝えると、猫は分かっていると言わんばかりにサムズアップのような形を右の前足で作って、左の前足をひらひらとさせてさっさと行くんだと言外に伝えている。
次に猫は、脱衣所の前に「清掃中」という看板を立てておく。これにより、2人を邪魔する者は現れない。あとはムツキの着替えを持ってくるだけだと思い、猫は服を取りに向かった。
とてもできる猫である。
「さて、では行こうか」
「ありがとう」
白い虎柄の猫が優秀な働きをしている間、ムツキは洗ってもらうために全裸になり、ナジュミネはタンクトップに短パンといった見た目のスポーツタイプの水着姿になって風呂場へと向かう。
「世話を掛けているな……」
「気にするな。旦那様の世話ならいつでもしてあげたいくらいだ。妾だけではなく、ほかのみんなも同じだ。まあ、サラフェだけはまだちょっとできないこともあるけど気持ちは一緒のはずだ」
「そうであってほしいな」
「……さて、それでは始めようか」
「お願いします」
ムツキが椅子に座ると、ナジュミネは頭から身体や脚まで丁寧に彼の身体を洗い、お湯で流していく。その間、2人ともどことなくなんとも言えない雰囲気になるものの、お互いに切り出すことなく、シャワーだけで済ますのももったいないということで湯船へと向かうのだった。
その後、湯船で何かがあったのか、何もなかったのかは2人のみ知ることである。
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