5-9. 数々の呪いは嘆きよりも優しさで(1/3)
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楽しんでもらえますと幸いです。
朝。一日の始まりはもちろん朝の起床から始まる。
「ん-……」
ムツキは眠たそうな声を小さめにあげて、その寝ぼけ眼で両隣にいるリゥパとサラフェを見る。
「きれいだな」
ムツキはリゥパの顔にかかっている薄緑色の髪の毛をそっと動かす。
髪の毛に隠れていた整った顔立ちや長く多いまつ毛が彼女を人形だと思わせてしまうほどに美しい。普段の明るくはきはきとしながらも多めに甘えようとする彼女とは一転して、物静かで大人しい寝姿から彼が彼女のことを人形のようだと思ってしまうのも無理はない。
「かわいいな」
ムツキは次にサラフェを見る。
彼女は起きている時と眠る時でツインテールの位置が変わり、起きている時は高い位置でバッチリにまとめているが、眠る時は低い位置でゆるゆるのふわっとした感じでまとめている。そうして、彼女の青色のさらさらロングストレートヘアーがベッドに広がっている時は、まるで彼女が湖面に浮かんでいるようにさえ見える。
彼女の美しさはきれいと表現するよりもかわいらしいと表現する方が似合っている。
「2人とも、ぐっすりと寝ているな」
2人ともあまりにもすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てているため、ムツキはちょっとしたイタズラ心や柔らかそうな身体にぎゅっと触れたい気持ちを露わにすることなく奥に潜めておいた。
彼は安眠妨害が罪深き行為だと思っている節がある。
「まだ朝早いし、起こさないようにしないと……」
ムツキがしばらく2人を交互に見ながら笑みをこぼした後に、起こさないようにそっと起き上がってベッドから抜け出す。彼は毎晩モフモフや女の子たちの誰かと一緒に寝ている。それは本人や周りのみんなの希望であることももちろんだが、正確には、彼が寝る際に必ず誰かしらの添い寝が必要だからだ。
その理由は彼の呪いにあった。彼はこの世界で唯一無二の最強である代償として、生活が不便になる様々な呪いを持っている。
その内の1つが添い寝必須の呪い、もしくは、独り寝不可の呪いと彼が呼ぶものだ。彼が寝ようとするときに1人でも添い寝がないと寝つくことすらできず、次第にひどい眠気の中で朦朧とするようになる。さらに、寝たとしても添い寝がなくなってしまうと、凄まじい不快感や眠気に加えてひどい頭痛とともに叩き起こされるのだ。
普段はできる限り温厚でありたい彼でも、そのときばかりはどうにも自分を制御できずに添い寝相手を無理にでも求めてしまう。機嫌が悪い時は【バインド】や【チャーム】などの魔法の行使も辞さないほどである。
「着替えは……まあ、後でいいか……トイレに行こう」
ムツキはパンツ一丁だった。しかし、何かを着ることもなく、自身の筋肉美を見せびらかしに行くかのように部屋の外へと出ていく。
その理由が衣服の着脱不可の呪いであり、彼は自分自身で衣服を着ることもできなければ脱ぐこともできない。さらに、彼は着脱時に抵抗を覚えるものの、それでも無理にでも着ようとしたり脱ごうとしたりをすると、身に着けている衣類の全てが家に響き渡るほどの破裂音とともに爆散する。
爆散後はパンツすら残らない全裸姿になる。寝ぼけて爆音を響かせることもあり、彼の衣服のサイクルは通常の男性よりもずっと早い。
「にゃー」
ムツキがそっと自室の扉を開け閉めして外へ出ると、猫の妖精が1匹待ち構えていた。猫の妖精は白がメインのこげ茶のラインが入っている虎柄で、小さなホワイトタイガーのような雰囲気を醸し出していた。見た目は猫だが、動物ではなく妖精のため、器用に二足歩行ができて人語も理解できている。
ただし、人語を少しでも話せる妖精は少なく、日常会話が淀みなくできるレベルになるとさらに少ない。
「あ、おはよう。俺に気付いて来てくれたのか?」
「にゃー」
白い虎柄の猫は尻尾をくねらせながら、前足を手のように使って、胸を張った状態でポンと胸を叩いて「何なりと任せてくれ」と言わんばかりに自信に満ちていた。
「ありがとう」
ムツキがお礼を言ってトイレに向かうと、白い虎柄の猫は彼の後ろにぴたりとついてきて、彼とともにトイレの中に入ると彼のパンツを器用に脱がせた。
そう、着脱不可の呪いによって、ムツキは1人でトイレすらままならないのである。
「ありがとう」
ちなみに、ムツキの家のトイレはこの世界ではまだ存在しない水洗式の洋式トイレだ。ムツキがユウに無理を言って、前の世界で使っていたようなトイレを出してもらったのである。
創世神の生み出す創造の奇跡がまさかこのトイレにも使われているとは、この世界の人たちには想像すらできないだろう。なお、清潔で綺麗なこの家のトイレは女の子たちの評判もかなり良い。
「見慣れたとはいえ、こう……トイレに他の誰かがいるのは何年経ってもやっぱり慣れないな。まあ、トイレに居てもモフモフを撫で放題は最高だけどな」
「にゃー」
目の前にいれば、モフる。どこであろうと、モフる。ムツキのモフモフへのおモフの優先度はかなり高い。
その後、彼は用を足し終えると立ち上がり、白い虎柄の猫に再びパンツを穿かせてもらって外に出る。
「ありがとう」
「にゃー、にゃ?」
白い虎柄の猫は「次はなんですか?」という様子でムツキに話しかけているように鳴く。残念ながら、ムツキには人族や魔人族が話す人語以外を理解することができないため、なんとなくの雰囲気で察するほかなかった。
「ん? 次か……な? どうしようかな。シャワーでも浴びるか」
「にゃ!」
「あ、呼びに行ってくれたのか」
風呂となると一匹では対処できないと思ったのか、白い虎柄の猫は援軍を呼びに1階へと降りていく。
「こっちで旦那様が困っている?」
ムツキの耳にナジュミネの凛とした声が届いてきた。
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