5-4. 急なご褒美はアリよりもナシで
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楽しんでもらえますと幸いです。
ユウがムツキ争奪戦と言った途端に、周りの女の子たちは賞品に色めき立つと同時に聞き慣れない単語に首を傾げた。
「雪合戦?」
「雪合戦?」
「雪合戦?」
「雪合戦?」
「雪合戦?」
「雪合戦?」
「あれ? あんまり聞かないのかな? 雪合戦っていうのはな」
意外と誰も知らなかったことにムツキは驚きつつ、丁寧に勝利条件や禁止事項、ローカルルールも含めたルール説明を始める。ユウ以外の女の子たちはふむふむと彼の説明を聞きつつも、彼が活き活きと話している方に興味を覚えて惹かれていた。
「というわけなんだ! 面白そうだろ?」
「はい、ダーリン先生!」
「はい、メイリさん」
ムツキの説明が終わったと同時に、彼の膝に乗ったままのメイリが冗談交じりで彼を先生と呼びつつ手を挙げた。彼は彼女と同じノリで普段しないさん付けをしながら、身につけてもいないメガネのツルをクイッと上げる真似をする。
「果物はおやつに入りますか?」
「そもそも、おやつは持っていきません。雪合戦中におやつを食べないように。のどに詰まらせたら大変だぞ」
「あ、思っていたよりも正論で返されちゃった……」
ムツキが遠足のノリを同じノリで返せなかったため、メイリはテンションを慌てて戻した。マズいと思った彼がポンポンと優しく彼女の背中を叩いて励ました。
「あ、いや、全部終わったら、家で温かい飲み物とちょっとしたお菓子を食べられるようにケットにお願いしておくからさ」
「やった♪」
メイリの表情が再びパっと明るくなって、ムツキはホッと胸を撫で下ろした。その隣でナジュミネは何かを決めたように手を小さく挙げた後に口を開く。
「ふむ……残念だが、妾は参加しないでおくよ」
「え、ナジュみん、参加しないの? ムツキ争奪戦だよ?」
周りが驚き、特に驚いたユウがナジュミネに確認のために訊ねる。彼が関わることにナジュミネがそのような対応をすることは非常に珍しい。
「あぁ。旦那様争奪戦に参加できないのはとても悔しいが、今のところ、奇数だし、あと、妾は熱くなってしまうと炎魔法や熱で雪を溶かしてしまいそうだからな」
ナジュミネは元・炎の魔王ということもあり、炎魔法が得意であると同時に興奮すると魔力の質が熱として周りに影響を与えがちだった。
彼女は雪が熱で溶けることを知っていたため、雪合戦への不参加を心に決めた。
「メイリさん」
「そうだね。姐さん、ダーリン争奪戦に不参加だから、さっきの罰の話はナシでいいよ」
「おぉ、それは嬉しいな。ありがとう」
キルバギリーとメイリはお互いに顔を見合わせて、ナジュミネの罰の話をなかったことにした。
ナジュミネは嬉しそうにして、ムツキの肩に頭を寄せる。
「そっちの話はよく分からないけど、じゃあ、6人だし、三つ巴戦にしよ! 3チームで、チーム分けはくじ引きでしようか。いつも似たようなペアだと面白くないから!」
ユウの提案に頷くリゥパ、サラフェ、キルバギリー、コイハ、メイリ、ムツキの6人。そこでムツキはふと気付く。
「……ん? 6人? 楽しみにしているはずと言って、ユウが分かってくれているはずの俺の参加は?」
ムツキの言葉に、ユウは少しバツが悪そうな目つきのまま、ニコリと微笑む。
「えっと……ムツキ争奪戦だから……ね? 後で考えるね?」
「えー……」
ユウのムツキへの不参加要請に、彼は当然残念そうな面持ちで彼女を見つめ返す。
ユウは手を合わせて頬に寄せつつ、申し訳なさそうな顔をしている。
「ね? お願い」
「しょうがないな……あ、そうだ。ちょうど2人ならこれを副賞にするか」
ムツキは渋々了承した後に、ふと思い出したものを彼の持つ異空間アイテムボックスから取り出した。
それは綺麗な琥珀色をした琥珀そのものだった。樹液の化石、樹脂の宝石とも言える美しい琥珀はどの世界においても、女性を虜にする美しさを持っている。もちろん、ここにいる女の子たちも目の色を変えた。
さらに言えば、副賞扱いとはいえ、愛する者から渡される宝石を喜ばない者などいない。
「え。旦那様、それは?」
「綺麗な石だろ? 樹海の洞窟で拾ったんだ。どうしようかと思っていたんだが」
「琥珀ね、多分。拾った割に大きさも質もいいわね。洞窟にはこういうものも落ちているのね」
ムツキが得意げに明かりに照らしながら琥珀を見せると、次にリゥパが手に取って、ぶつぶつと呟き始めた。
ここで面白くないのはナジュミネである。
「……旦那様は妾が不参加と言った後に、こんな素敵な物を勝った者にプレゼントするとか言い出した」
ムツキから琥珀をプレゼントされると言われれば、ナジュミネもどうにかがんばって参加したいと思うのは当然だ。
しかし、彼女には、先ほど不参加と言ったことを宝石目当てに手のひらを急に返せるほど恥ずかしいこともできないし、彼が自分の不参加表明の後に渡すと言ったことに自分に渡したくないのかという邪推まで頭に過ぎってしまって自分が嫌になるし、ということで表現しようのないいろいろなものが湧き上がる。
最終的に彼女は沸々と怒りが込み上げてくる。周りの温度が上がり、その場にいる全員がこのままでは危険だと判断した。
「え、あ、いや、そういうつもりじゃ……えーっと……ナジュ?」
「…………」
「ムツキ! 副賞はナシで! そういうのはナジュみんも参加するやつで出して!」
ムツキがオロオロとしてバシッと言えないために、ユウが助け舟を出した。
彼は彼女の言葉に頷いて、ナジュミネの手をそっと取る。
「そうだな。ナジュ、そんなつもりじゃなかったんだ。怒らせてごめん。許してくれ」
琥珀はひとまず保留になり、ムツキも申し訳なさそうに謝っている。この状況で怒り続けるほどナジュミネは子どもではない。ただし、くすぶった怒りをさっと消せるほど大人でもない。
「……雪合戦の観戦のときに、ずっとぎゅっとしてくれていたら許す」
「もちろん、するよ」
ナジュミネの許す交換条件をムツキが承諾して、事なきを得た。
周りもホッと一安心の溜め息を吐いた。
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