4-80. やりすぎたからお仕置きされた(1/2)
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楽しんでもらえますと幸いです。
メイリは興奮気味に2人に向かって話を続ける。
彼女の喜びようとは裏腹に、ムツキは笑顔でこめかみに青筋を立てていて、ミクズはその状態の彼を見てこの後の結末に自分が巻き込まれないかが気掛かりで仕方なかった。
「そこでピンときちゃったんだよね! 黒狸族の【変化の術】は相手に気の質を合わせつつも、自分の方にも寄ってもらうようにしたらいいんだってね」
メイリの嬉しそうな顔とマシンガンの銃弾のような言葉の数と速さが止まらない。
ムツキもまた怒りが徐々に大きくなるのが止まらず、ミクズは彼の背後からゴゴゴゴゴ……という不気味な音が聞こえるかのように錯覚し始める。
「化かしたり騙したりってのは、たぶん、驚きや怒りとかそういう感情の揺らぎを自分に向けてもらうための手段の1つなんだと思う! ただお願いして待たせているだけじゃダメだったんだよ!」
「ふーん」
「お、おーい、メイリよ、そ、そこまでにしておくのじゃ」
ムツキの瞳が普段の黒色から紫色へと変化していき、さらにぼやっと淡く光り始める。彼は感情の揺らめきが大きくなると目がそのように主張するのだった。
ミクズは唇の震えが止まらない。もし彼が膨れ上がっている魔力をただただそのまま放出するだけでも自分もメイリも軽く吹き飛ばされる。それで済めばマシな方で、場合によってはそのまま存在が消し飛ぶ可能性もあった。
もちろん、ムツキが自分のハーレムの女の子と傷付けるような真似はしないだろう。ただし、うっかりは誰にでもあるし、彼の今の尋常ではない怒りの波動だと、どうなってもおかしくないと彼女が思えるくらいに状況がマズかった。
「だから、ダーリンが一番怒りそうなことでイタズラしちゃえって思ったんだよね!」
「ふーん」
「もう……やめとくのじゃ」
ムツキは笑顔で頷いている。だからか、メイリは一向に気付く様子がない。
彼女はすっかり舞い上がって忘れていた。彼の笑顔の違いを見極めるには目元や口元だけでなく、全体をきちんと見なければいけない。
彼が本気で怒るようなことをしてはいけない。ナジュミネが全員に口を酸っぱくしても伝えていたこと、イタズラ好きのユウとメイリ、そのイタズラに乗っかりやすいキルバギリーには特に何度も言い聞かせていたことである。
しかし、それは功を奏さなかった。
「でさ、ダーリンが怒るとしたら何かなって思ったら、ダーリンって中々怒らないけど、女の子が男の話をすると聞き耳立てるし、すごく不機嫌になるじゃん?」
「嬉しいのは分かるが、そろそろしまいにしとくのじゃ」
ムツキの心にグサッと刺さった。通常であれば、反省に至る言葉だが、怒りに打ち震えている今の彼にとって、この言葉は怒りの火に油を注ぐようなものだった。
もうダメだ、自分だけでもなんとか、とミクズはメイリを切り捨てる方向で模索し始めた。
「だから、ミクズの元カレを出せば、めちゃくちゃ感情が揺らぐと思ったんだよね!」
「ばっ! バカ者! ギョウは我の元カレでも何でもないのじゃ! 誤解するようなことを言うのはやめるのじゃ!」
メイリが超極大の爆弾を投下した。このバカでかい爆弾はムツキの笑顔を見事に剥し、怒りの形相を露わにさせる。
ミクズはこのままでは巻き込まれかねないと思い、必死にムツキの方へと目で訴えかける。自分は彼の味方だと全身で訴えかけていた。
「あはは……誤解って……誰が……はっ……」
メイリが気付いた時には既に遅し。彼女は今まで見たことないような顔のムツキを見て、全身が凍り付いたかのように硬直してしまう。
一方の彼はようやく自分のターンかと言わんばかりにゆらりと立ち上がり、彼女を真っ直ぐ見つめていた。
「だ、ダーリン? 僕ね? 試練を超えるために頑張ったんだよ?」
「そうか。さすがメイリ。難しそうな試練をちゃんとクリアできたんだものな」
メイリが試練という言葉を強調して、何とか挽回を図ろうとする。それに対してムツキは、彼女を称賛する言葉を言い放つも怒りの波動が依然高まったままだ。
ミクズは固唾を飲んだ。今この場に魔力の低い者がいたら失神を起こすだけの圧が掛かっている。
「そ、そうだよ? ちょっとダーリンには刺激が強かったと思うけど」
「そうだな。ちょっと刺激が強かったな」
メイリは、適切な言葉を探してみるものの目の前の怒りを減らす方法も矛先を変える方法も思い浮かばず、甘んじて受けるか一か八かで逃げるかの二択が頭を過ぎっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
やがて、沈黙が訪れる。この話の幕引きが近付いていた。
「あ、あの……い、一応聞くけど……ダーリン、怒ってる?」
「……うん。すっごく怒っているよ」
メイリの問いに、ムツキは素直に答える。
「これも一応聞くけど……許してくれる?」
「……許さないぞ?」
メイリの問いに、ムツキはやはり素直に答える。
「……ちょっと用事を思い出したから、僕このまま出ていくね!」
メイリは引きつった笑顔を浮かべ、その表情のままに外へと逃げるために扉の方へ向かって、狸ながら脱兎のごとく駆け出す。
ムツキがミクズに向かって小さく呟いた。
「ミクズ、逃がすな」
「分かっておるのじゃ」
ミクズは茶色の瞳を少し潤ませて、手に持つ扇子をひらりひらりと動かす。次の瞬間には扉の方からガチャリという鍵の閉まる音がした。
メイリが扉を開けようとするもビクとも動かないため、バンバンという音を立てて手を扉に叩きつけていた。
「あ、開かない! ちょっと、何で開かないのさ!」
「どこへ行こうと言うんだ?」
ムツキの言葉がメイリの背筋をなぞった。
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