4-71. 眠いから寝ぼけていた(1/2)
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第5階層。何の変哲もない木造の部屋だが、先ほどは一角の広さしかなかった寝具が徐々に広がっており、部屋全体が寝具に埋め尽くされようとしている。寝具がまるでここは寝るためだけの部屋で自分しかいらないのだと主張しているかのようだ。
寝具の天蓋はいくつものヴェールを垂らし、中の様子をシルエット状にして映す。狐火はいつもの青白さを持たずに淡い桃色や紫色の光を発し、部屋全体の雰囲気を妖艶なものへと変える。仄かに香る花の香りは男も女も男女の誘惑に駆らせるかのように甘い誘惑に満ち満ちている。
メイリが顔を真っ赤にして周りを見渡し、ムツキの姿がまだ見えないことに気付き、彼がその寝具のヴェールに包まれて眠っているのだと理解する。
「うわぁ……すっごく……やらしい雰囲気……ねえ、ミクズ! ほんっとに、ダーリンに何もしてないよね? 何かしていたら、お仕置きが超絶ひどいことになるよ!」
「信用がないのう。さっきの友情を感じるセリフはなんだったのじゃ……」
「もちろん。友情も大事だけど、ダーリンのことだもん! いくらミクズでも、ダーリンに手を出したら許さないぞっ! 今は特にダーリンがかわいいし……んふふ」
メイリは、先ほど狐火を通した映像で見たムツキのあどけない寝姿を今思い出しても、顔が少しにやっと笑みをこぼしてしまう。
彼が大人の時と変わらない紫色の髪、長いまつげに加えて、少年特有の柔らかそうな肌や小さなお手々、半開きになって少しばかりよだれが垂れてしまうむにゃむにゃとする小さな口。
その全てを実際に見てみたいと思う彼女のある意味純粋な意志は純粋ゆえに鋼よりもいっそう固かった。
「まあ、そうじゃよな。でも、ハビーからされたらええんじゃろ?」
ミクズがイジワルでムツキから迫られた場合のことをメイリに想像させてみる。
メイリの顔が見る見るうちに暗くなり、どんよりとした光のない茶色の眼はまるで地べたの泥のように見える。それとは裏腹に髪や尻尾をいつになく逆立て、無表情と怒りを混ぜ込んだ複雑な表情で、どこにいるかも分からない彼がいるであろう寝具の方を睨み付ける。
「……うん。そうしたら、怒りの矛先がダーリンに行くだけだね、うん。あんなに拒んでいたのに、何なのそれって……全員で……とっちめる……とっちめてやる……」
ミクズがぶるっと震える。今までに見たことのないメイリの表情に奥に眠るコイハが反応したかのように、彼女の奥底から得体の知れない恐怖が彼女の全身を包み込むのであった。
「そんな目をするな……やっとらんよ……ハビーは優しいけれども、あれはあれで芯の固い男だからな。一度決めたらテコでも動かぬ。そういうお楽しみは双方の合意でのみ得られるものじゃろ?」
「そうだよね!」
すっとメイリの目に光が戻り、先ほどまで泥のように濁った茶色だったことが嘘かのように、新鮮な栗の皮のような眩しさもある茶色のように戻った。
「さて、本体をこちらに寄越そう。まあ、狐火じゃろうと話すのに不便はないのじゃがな」
メイリの目の前にいたミクズが狐火に戻ると、寝具のヴェールの中からひょっこりとミクズの本体が現れた。ミクズが満足げな表情でメイリの方を見ていると、メイリには最初に見た時よりも色つやも表情も綺麗で美しさが増しているように見えた。
「ミクズ、なんだか、つやつやしてない?」
「むふふ、そうじゃろう? ハビーとの添い寝は魔力がいくらでも補充されるからのう。新陳代謝が良くなってお肌も毛並みもバッチリじゃ」
ミクズの白銀の髪や黄金の尻尾は光り輝かんばかりに煌めきを放ち、白い肌にうっすら上気したような薄桃色の頬が弾力のありそうなは張りや艶を見せている。
「魔力の吸収と放出でお肌がプルプルになって、毛並みがつやつやになるの、すごい!」
メイリの手がミクズの頬へと伸びる。ミクズの頬はメイリの肉球よりも柔らかく、まるで仔猫の肉球のようなぷにぷにとした柔らかさだった。
「それに、全員と相手していても、すぐにハビーから魔力が補充されるから使い放題じゃ。我がハビーの魔力の質に少し寄せていたから呼び水になったのかもしれんのう」
「ダーリンがエネルギータンクにされてた!? だから、あんなに魔力を使っていても全然平気だったのか!」
そうしてメイリとミクズがのんびりと話をしていると、ヴェールの奥から布が動いて擦れる音がした。
その音がどんどんと彼女たちの方へと近付いていく。
「……眠い」
その言葉とともに寝ぼけ眼のムスッとしたムツキが現れ、メイリからは冷や汗が垂れ始めていた。
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