4-26. 新しくなったから名前を変えてみた
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楽しんでもらえますと幸いです。
いつの間にか現れた試練くんがムツキの目の前でダンスを披露している。楽しそうにダンスをしていることから、彼の目には成功の時のダンスに映っていた。それに合わせて、モフモフ応援団も踊りを踊っている。
その後、試練くんが口を大きく開ける。中に仕込まれているスピーカーが震え出した。
「アー、アー、テス、テス! オーケー! サテ、シレンノクリアヲ、カクニン、デキタゾイ! ツギノ、シレンハ、アス、ミドリガミノオンナノ、マエデ、ツタエルゾイ! シバシ、ヤスム!」
試練くんが成功のくす玉を開け、その後にしっかりと座ってから、電池の切れたおもちゃのように動かなくなった。
「これでまずは1つクリアか」
「ムツキ! 褒めて!」
「ユウ、今日はよくがんばってくれたな、ありがとう」
ユウがドヤ顔でムツキの前に立つので、彼は彼女の頭を優しく撫でる。途端に彼女は嬉しそうにして顔が崩れていった。
「えへへー。今日も夜が楽しみだなー」
「そうだな……俺は違うぞ……俺は違うんだ……」
「……何が?」
ムツキは昨夜のできごと、彼のパジャマを選ぶだけでも時間がかかったり、寝ている間にユウが無意識的に彼のお腹や内またをさすってきたりなどを思い出して、今夜も大丈夫かが心配になってきた。
2人とも実年齢はともかく見た目が幼いので、絵面が非常にマズいのである。ただ、実年齢が大人なので、彼も欲を抑えるのに必死なのだ。特に、今自分が幼くなっているからか、幼い彼女も何となくそのような対象に見えてしまい、彼自身が困惑している状態にある。
その不安と葛藤の隣、少し離れた場所では、ナジュミネ、ナジュ父、ナジュ母が首を傾げながら、閻羅蛮帝の呼び出しに苦戦していた。
「来い! 閻羅蛮帝! む。来ないな……」
「む。ダメか? 来い! 閻羅蛮帝! ワシの呼びかけにも来ん」
「つまり、お父さんからナジュに移ったのは間違いなさそうね。でも、なぜかしら?」
「うーん……」
ナジュ父は考えることを放棄しており、ナジュミネとナジュ母に事態の解決を任せるようにして、ムツキやユウを呼びに行く。
「あ、もしかして、名前、変えたいと思ってない?」
「……ちょっとだけ」
「むむ。そうか。閻羅蛮帝は元々無名で、ワシ自身が名付けた名前だからな。好きな名前で呼ぶといい。先代も違う名前で呼んでおった」
実は閻羅蛮帝に正式な名称がない。それどころか出自すらはっきりしないところがあり、いつの間にか最強の鬼族とともに在る武器だった。
「だったら……旦那様!」
「ん?」
「閻羅蛮帝に新しい名前をつけてほしいな」
「え、俺がつけていいの?」
「私は旦那様がつけてくれた名前なら新しい閻羅蛮帝に親しみが込められる気がするの」
ナジュミネはこれから苦楽を共にする自分の相棒の名前をムツキに託した。彼女自身がネーミングセンスに少し自信がないこと、彼の選んでくれた名前なら何でも喜べそうだと確信していたことで彼に命名権が移る。
「そっか。じゃあ、考えてみるよ。何でもいいとはいえ、なんとなくお義父さんの付けた名前も参考にしたいな。えんらばんてい、だろ……うーん」
ムツキはまるで我が子の名前を考える父親のように真剣に悩み始める。その姿さえもナジュミネにとっては嬉しく、価値のある思い出になっていく。
「えん、ら、ばん、てい……。てい、えん、ら、ばん。ばん、てい、えん、ら。ら、ばん、てい、えん……。あー、らばんていえん……この世界は何かとあの神話に近いものが多いから、これでもいいのか?」
ムツキは1つだけ、むしろ、これ以外にないかもしれないと思えるような名前が浮かび上がる。
「なにか良さそうな名前がある?」
「あー、レーヴァティンなんてどうだ?」
レーヴァティン。かつてムツキのいた世界にあった神話の1つにある武器の名前。その姿は杖とも剣とも、はたまた、槍、矢、枝とも解釈される災禍の武器である。また、その神話に登場する焔の剣とも同一視されることがあった。
彼はナジュミネの閻羅蛮帝が焔の剣にも細い棒にも見えることから思い切ってその名を借りることにした。
「麗衣刃天威无……いい名前だね!」
「あー……なんか、少し発音が違うのは、なんか字を当てているな? 普通にレーヴァティンなんだけど……」
ムツキが冷や汗を垂らす。もちろん、なんとなく、なんとなくの彼の想像でしかないが、ナジュミネの呼び方から彼女がもの凄いイメージを当てはめているのではないかと思われた。
「うん、レーヴァティンね? 分かった。ありがとう! 来い! レーヴァティン!」
ナジュミネの呼びかけに応じ、レーヴァティンが現れる。閻羅蛮帝の時は地面を割って出てきていたが、レーヴァティンになると彼女の突き出した右手の周りに光が凝集して、それが炎のような広がりを見せた後に姿を形成するようになった。
とことん使用者のイメージに合わせてくれる武器のようである。
「おぉ……呼べたな。次からその名で呼んでやるといい。閻羅蛮帝……改め、レーヴァティン……娘をよろしく頼むぞ」
その武器に人のような意志は持っていないはずだが、まるでナジュ父の言葉に反応するかのように一度だけレーヴァティンの揺らめきが大きくなった。
「さて、今日は疲れたでしょう? 泊まっていきなさい」
「でも、早く帰らないと……」
ナジュ母はすぐに帰ろうとするナジュミネの両肩をがっしりと掴んだ。
「さっきの小さい人形は明日って言っていたわよね? 今日は泊まっていきなさい。……見てみなさい。お父さん、ムツキさんが帰るかもって思って寂しい眼差しでムツキさんを見ているわよ……あんな姿、滅多にないわよ?」
「たしかに……滅多にどころか、ほぼ初めてね……」
ナジュミネは自分が村を出た時のことを思い出す。少しばかりナジュ父の様子がおかしかったように見えたのは、寂しそうな眼差しを向けていたからなのだろう。当時はそれに気付ける彼女ではなかった。
「今日は丸一日、あなたやムツキさんの用事で付き合ってもらったんだから、少しは考えなさい……大人でしょ?」
「そうだね」
ナジュミネはゆっくりと頷いた。彼女はムツキに目配せをし、彼もそれを理解しているようでゆっくりと頷いていた。
「ムツキさんもユウちゃんもいいわね?」
「はい」
「はーい♪ オモッチ食べたーい♪」
ユウがそう言うと、まだ食べるのか、という眼差しをナジュミネとムツキが向ける。
「もちろん、晩御飯にはオモッチを出してあげるわ」
「わーい♪」
ユウはその視線を気にした様子もなく、ナジュ母の袖を引っ張って、見た目らしい幼い感じで振る舞う。
「婿殿、身代わり人形で疲れたろう。ワシが肩車をしてやろう」
「わー……おー……すごい。いつもより高い」
ムツキはナジュ父の肩車に最初は無理に子どもらしく振る舞おうとしたが、実際に肩車をされてみると、その巨漢のさらに上から見る景色に図らずも普通に喜んでいる。
ナジュ父の嬉しさを隠しきれない顔に、ナジュミネもなんだか嬉しさとおかしさが込み上げていた。
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