4-5. 娘が心配だったから遠路はるばるやってきた(3/5)
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キルバギリーの眼鏡から出力された映像が終わったことで、彼女の目が再び眼鏡越しに見えるようになる。
「という感じです」
「何度思い返しても辛い……」
キルバギリーはこのようなことができてすごいでしょうといった満足げな表情を見せる。その近くでは、膝から崩れ落ちたままのサラパパがついに肘まで地面に付き始めていた。
「という感じと言われても……待ってくれ……俺が悪者のままじゃないか? ……というか、俺が挨拶は必要かどうか聞いた時に……サラフェはいらないってかなり念押しされて言われていたんだけど……」
一方のムツキは困惑気味である。彼は常日頃、サラフェからサラパパは領主として忙しいからあまり時間を取れないと聞いていたので、そのような理由から挨拶ができないのだと理解していた。
しかし、サラパパの口振りや今の映像からすると、彼はそうではないと感じ始める。
「……なるほど。マスター、正確に思い出して、言ってみてください。訳してあげます」
キルバギリーがそう言うので、ムツキは一生懸命に当時のことを思い出しながら、サラフェからの言葉を一言一句間違えることのないように気を付ける。
「えーっと……構わない、だったかな?」
「それは、どうせ挨拶しようがしまいが面倒くさいことにしかならないので、構わない、ですね」
思わぬ訳にムツキの額から冷や汗が出始める。
「……あと、しなくていい、だったような?」
「それは、なんなら自分の説明することが増えるだけ面倒なので、しなくていい、ですね」
ムツキは思わずコケる。
キルバギリーは意識を一部共有していることもあり、サラフェの意図を汲むことに長けていた。そのため、彼女の言葉がそう間違いではないことを彼もサラパパも信じている。
「……さいごに、むしろ、絶対にしないで、と言っていたかな?」
「それは、むしろ、このままお父様には知らせずに数十年後に墓場でそっと知らせるから、絶対にしないで、ですね。このように、サラフェの言葉には、隠された言葉がいくつかあります」
ムツキはただただ愕然とした。彼がこのまま、目の前のサラパパと同じように膝から崩れ落ちて倒れかけてもおかしくはなかった。
「いや、待て待て。それ、俺に隠している言葉の方が多すぎないか? というか、お義父さんの扱いが酷すぎないか……俺もそんなことされたら泣くぞ……それ……」
「ううっ……」
「ほら、キルバギリー、お義父さんが泣いているじゃないか……」
サラパパは先ほどよりも涙を多めに零している。彼の心中を察すると、ムツキも心苦しくなってしまう。
「サラフェの私を心配させまいとする優しさが伝わってくる!」
「あ、お義父さんがそれでいいならいいです……」
しかし、ムツキの想像が裏切られ、サラパパは感動のうれし涙を流していた。ムツキは悲しげな表情から苦笑いへと変わる。
「よし、分かった! 挨拶に来なかったのは、己自身の評価よりもサラフェの提案を受け入れた貴様のサラフェに対する愛の大きさとして受け入れようじゃないかっ!」
サラパパは従者に支えられて立ち上がりながらそのように言い放つ。ムツキはどうしていいのか分からず、ひとまず、ぺこりとお辞儀をした。
「あ、そ、そうですか……いや、ないがしろにされていると思うが、それでいいのか……?」
「しかし、だからといって、結婚自体を許した覚えはないっ!」
サラパパはカッと目を見開く。ムツキは段々と面倒くささを感じ始めており、若干、サラフェに共感を示す。
「えーっと、どうすれば……結婚を認めてくれますか?」
「娘が欲しくば、私を倒してみせろっ!」
「えーっと……闘うんですか? 俺、一応、強さには自信があるんですけど……」
「腕に覚えがあるなら、なおのこと決闘だっ!」
サラパパはポケットに備えていた手袋をムツキ目掛けて投げた。真っ直ぐ飛んでいく手袋はムツキの遠距離攻撃無効に阻まれて、彼にぶつかることなく目の前でポトリと床に落ちた。
一瞬、場が静かになる。
「……何っ! 貴様、決闘の申し込みである手袋を拾わないのはまだしも、その手袋を受けることなく弾くとは何事だっ! この、礼儀知らずめっ!」
「あの、俺、ちょっとそういう攻撃の類は跳ね返すので……あの、えーっと、決闘は受けますから……」
ムツキはサラパパを宥めようとするも、サラパパが従者を近くに寄らせる。
「無論、まだ手袋のストックはある!」
「どうぞ! 領主様!」
「どうぞ! 領主様!」
その後、十数枚の手袋が投げられては、ムツキの前にポトリポトリと落ちていく。まるで彼の周りに手袋のお花畑ができているようだった。
「えっと……あの……ん? これは……」
「なるほど……たしかにダメなようだなっ! 仕方ない、手袋は諦めよう! キルバギリー殿、決闘の審判を頼むぞっ!」
サラパパはその手袋の果てを見届けてから、キルバギリーに審判をするように頼む。彼女は二つ返事で首を縦に振る。
「承知しました。では、少し場所を移動します。決着方法は、紳士的に、どちらかが降参、ないし、続行不可になったら決着としましょう」
「分かった」
「分かった」
ムツキとサラパパはキルバギリーに誘導されて、背の低い草原の方へと足を運んだ。
二人が見合って、ムツキは軽く構えて、サラパパは腰に携えていた細剣、レイピアを静かで華麗な佇まいで構えている。
「それでは始めてください!」
「では、サラフェのパパとして、前・剣の勇者として、推して参るっ!」
「えっ、前の剣の勇者?」
サラパパがそう名乗ると、ムツキは少し驚いた。サラフェが水の勇者だったが、まさか彼女の父親もまた人族の英雄たる勇者だとは思わなかったためだ。
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