3-46. 悪い奴だが不憫だった(1/2)
約2,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ムツキは怒りのあまり容赦なくアニミダックを殴り蹴り、追い詰めていく。
「ぐえっ……げぇっ……ばっ……だ、だずげで……がっ……じぬ……はあっ……はあっ……にげ、ないど……ぐああああああっ! うでがっ! うでがっ! がああああっ! あじが……うごがねえ……だずげでぐれ……じにだぐない……」
アニミダックに戦意など既になく、血反吐を撒き散らしながら、使えない四肢を激痛に耐えながらも動かし、芋虫のように這いずり回って逃げようとしていた。
ムツキの紫に輝く瞳が冷たく、まるで汚物でも見るかのように彼を見つめ、ゆっくりと近付いていく。
彼の怒りが収まらない。収める気もなかったのかもしれない。いつもの優しさは垣間見ることさえできず、相手が苦しむ様をゆっくりと眺めるかのように息の根を止めずに弄んでいる。
しかし、その時間もやがて終わりを告げる。
「……お前はメイリにこう言ったはずだな? これで終わりだ、と!」
ムツキが右の拳をアニミダックの顔面目掛けて勢いよく振りかぶられた。当たれば確実に顔が破裂するような驚異的な威力の拳が繰り出される。
「ひいいいいっ…………ぶえっ……えっ……」
「……メイリ?」
ムツキの拳がアニミダックの顔面までわずかなところで止まる。拳から出た衝撃波がアニミダックを襲い、彼は変な声を出した後に生きていることを不思議に思い戸惑う。
「……はあっ……はあっ……」
ムツキの背中には寄りかかるようにしてメイリが抱き着いていた。彼女はやっとのことで辿り着いたようで息遣いが荒い。
「……ダーリン、ストップ。さすがにやりすぎだよ。ちょっと、って、僕言ったじゃん……おちおち寝てられないじゃんか……ダメダーリンめ……」
メイリは寄りかかりながら、ムツキにダメ出しをする。彼女は彼に顔が見えないようにして微笑んでいた。ムツキは首を横に振りながら、落ち着いてきているのか、瞳の発光が弱まり、色も黒くなっていく。
「だけど、メイリ、こいつは……」
「僕はね、こいつのこと、大っ嫌いだけど、ダーリンが誰かを殺してしまう方が絶対に嫌なんだ。だから、それ以上はダメだよ? みんなで考えよ? きっといい答えが出るよ」
メイリにこう言われてしまっては、ムツキもこれ以上の手を出しようがなかった。
「……分かった」
「ちょっと歩き疲れちゃったや……ギュってして支えてくれる?」
メイリが背中越しに甘えてくるので、ムツキはゆっくりと振り返り、彼女を支えるようにしながら、ゆっくりと優しい抱擁をした。彼女は満面の笑みになる。
「ダーリン、温かくて、大好き」
「メイリ、今回、よく頑張ったな」
「えへへ……もっと褒めてよ……」
「無茶しなきゃ、さらに良かったけどな」
「もー! もっと褒めてって言ってるのに! ダーリンは本当に褒めるの下手!」
メイリはいまだに腫れている顔をさらに頬を膨らませて、不満を露わにした。ムツキは【ヒーリング】を唱えて、彼女を回復していく。
「あーーーーーーーーーーっ!」
その時である。ユウが一人でこの部屋に戻って来たのだ。
「ユ、ユウ?」
「ユウ?」
「ユ、ユースアウィス……」
全員がユウを見る中、彼女は瀕死状態のアニミダックへと一目散に駆け寄っていく。
「アニミダック! 【ヒーリング】」
「ユースアウィス……」
ユウが【ヒーリング】でアニミダックを回復させていく。彼女は彼との相性が良いのか、彼の傷やケガは見る見るうちに治っていき、ムツキが折ったはずの骨も元通りになる。
「ユウ、やっぱり、まだアニミダックのことを?」
「ユウはこんな奴のどこがいいんだろうね?」
ムツキは少し寂しそうにその様子を見つめ、メイリは分からないといった表情でユウを見ている。
しかし、次の瞬間、ユウから発せられた言葉に誰もが驚き表情を一変させる。
「メイりん師匠! ズルいよ!」
「え……ズ、ズルい……? え、僕、ズルいの?」
メイリは思わずユウにそう問いかけた後に、ムツキの方を見る。彼は高速で首を横に振り、俺には分からないといった雰囲気を態度で示す。
「そうだよ! キルちゃんに聞いたけど、絶対に私が今回のヒロインだったじゃない! ムツキがアニミダックをボッコボコに倒しちゃって、その後にムツキが眠っている私に目覚めのキスをして、ハッピーエンドで終わるんじゃないの!?」
ムツキ、メイリ、そして、アニミダックまでもがその衝撃的な言葉に絶句する。その後、アニミダックがゆっくりと起き上がりながら、少し悲しそうに呟き始めた。
「俺はこいつにボッコボコにされるの前提なのか……」
「えーっと……」
「それなのに、メイりん師匠、いいとこ全部持っていっちゃったじゃん! 完全に今回のヒロインがメイりん師匠になっちゃったじゃない!」
「えー……嘘ぉ……そんな扱いなの……? ユウのことを思って、必死に助けに来て、僕、それこそこんなボッコボコのボコになってるのに? えぇー……ちょっと……本気ぃ? ……お礼を言えなんて気はないけど……そっちにいっちゃうのぉ……」
メイリもなんだか泣きそうな顔をしているので、ムツキは彼女の頭を優しく撫でる。
「ううっ……それはそうだけど……それは感謝しているんだけど……でも、ズルいよ! メイりん師匠! 私が絶対に今回、ヒロインだったんだもん! ムツキとのハッピーエンドだったもん!」
「……こんなことある?」
メイリがぽろぽろと涙を流し始めたので、さすがのムツキも口を出し始めた。
「お、おい! ユウ! さすがにそれはないだろう? ほら、メイリに謝るんだ!」
「ムツキ!」
ユウは理不尽である。ただし、彼女は創世の女神である。故に彼女が理不尽なことは誰もがある程度承知していた。
「な、なんだよ……」
「リテイクよ!」
「リ、リテイク……?」
そのユウの言葉に、ムツキは嫌な予感しかせず、リテイクという言葉の意味を知らないアニミダックとメイリは首を傾げた。
最後までお読みいただきありがとうございました。




