20:あと2年。「おでかけ」(4)
エディが通う騎士学校は、王都にある。片道二日はかかる距離だ。
キャロルとエディは、宿屋で一泊することにした。
街の中にある素朴な佇まいの宿屋に入る。部屋のベッドは古い感じがしたけれど、シーツは真っ白で清潔そうだった。キャロルは歓声をあげながらベッドに飛び乗る。
木目の綺麗な壁はどことなく温もりがあって、全体的に雰囲気が良い部屋だった。
「さて、キャロル。これからのことだけど」
エディが真剣な顔をして、キャロルに話し掛けてきた。
「本当は引き返して、キャロルを屋敷まで送り届けたいんだけど。学校が始まるのが明後日からだから、ちょっと厳しいんだ。このまま俺と一緒に王都に行くか、この街で父様たちが迎えに来てくれるのを大人しく待つか……どっちが良い?」
「エディと一緒に王都に行くの!」
即答した。だって、ここで置いていかれたら、何のために鞄に潜んだのか分からない。全てはエディと少しでも長く一緒にいるためなのだから。
キャロルの答えを聞いたエディは、ふっと表情を柔らかくする。
「やっぱりか。キャロルはそう答えると思ったよ。……うん。それじゃあ一緒に王都に行こう。父様たちには、王都までキャロルを迎えに来てくれるように頼もう」
「やったー!」
ベッドの上で飛び跳ねて喜ぶキャロル。エディはさっそく鞄から紙とペンを取り出し、伯父に向けて手紙を書き始めた。王都までキャロルを連れて行くこと、騎士学校の寮まで迎えに来てほしいということ。丁寧に、けれど急いで文章を綴っていく。
手紙を書き終えると、郵便屋さんに出しに行った。これでひとまず安心だ。
「でも、キャロル。俺、本当に驚いたんだからね? 鞄の中から登場するなんて、夢にも思わなかったよ」
「うふふー。エディと一緒にいたくて、つい入っちゃったの。でも、そのおかげで、エディの傍にいられるんだよね! 嬉しいのー!」
ふわふわしっぽをぶんぶん振ってエディにくっつくと、エディは眉を下げて小さな笑みを浮かべる。
「キャロルはどこまで俺のこと好きでいてくれるわけ……? 本当、可愛すぎて困る」
郵便屋さんから宿屋へ戻る途中。薄暗くなった街の大通りで、エディは小さなキャロルをぎゅっと抱き締める。擦れ違う人たちにちらちらと見られているような気がして、キャロルはちょっと恥ずかしくなった。
「エディ、みんな見てるの……。恥ずかしいの……」
「先にくっついてきたのはキャロルなのに? 良いだろ、見られても。俺は何も恥ずかしくないよ」
エディはそう言うと、キャロルの額と鼻の頭に小さくキスを落とした。
街の家に、橙色の柔らかな光が灯っていく。石畳の続く大通りに、キャロルとエディの影が伸びる。どこからかおいしそうな夕食の匂いが漂ってきて、キャロルのお腹がくうと鳴った。
「お腹すいたみたいだね、キャロル。何か買っていく?」
笑いを堪えながら、エディが聞いてくる。キャロルは恥ずかしくて身悶えしながらも、こくりと頷いた。
エディはキャロルを抱っこして、街の通りに並ぶ出店を見て回ってくれた。キャロルが興味を示したものを買って、食べさせてくれる。
まるでデートのような楽しいひととき。お腹いっぱい、幸せいっぱいになるキャロルだった。
次の日も、馬車で移動する。今回は鞄の中ではなく、エディの腕に抱っこされて運ばれた。一人で歩けると主張もしてみたけれど、「誘拐されたら困る」というエディの一言で却下された。
過保護なエディの膝の上に乗って、馬車の旅を楽しむ。今回もキャロルは、馬車の中で一緒になった人たちにぶんぶん手を振ってみた。恥ずかしそうに手を振り返してくれるお姉さんや、ノリノリでキャロルと手を振り合ってくれるごついおじさんがいて、とても面白かった。
そんな風に楽しく道中を過ごし、とうとう王都に辿り着いた。白く固そうな城壁が見えて、キャロルは感嘆の息を漏らす。城下町も賑やかで、家の窓には綺麗な花が飾られている。それぞれの家の庭を囲う柵は、キャロルが見たこともないようなデザインでとてもおしゃれだった。
「ここが、俺の通う騎士学校だよ。広いだろ?」
エディが大きな建物を指さした。キャロルは赤茶色のレンガを積み重ねた巨大な建物を見上げ、ぽかんと口を開ける。
「すごく大きいね! 伯父様のお屋敷よりも大きいの!」
「そうだね。訓練場も大きくて広いんだよ。寮はちょっと狭いけどね」
エディはキャロルを抱っこして、寮へと進む。寮の中は少し薄暗くて、ひんやりとしていた。廊下をどんどん奥へと歩いていき、エディはある扉の前でぴたりと止まる。そして、コンコンと軽くノックをした。
扉が開き、若い男の人が顔を出した。エディと同じくらいの年頃だろうか。十代半ばくらいに見える。髪の毛はまるで雪のような白銀、瞳は空みたいな明るい青。その人はエディを認めると、人懐っこい笑みを浮かべた。
「エディ、おかえり。実家はどうだった?」
「あんまり変わりなかったよ。そっちは? 実家に帰った?」
「うん、一応ね。まあすぐにここに戻ってきたけど。……っていうか、その桃色の毛玉、なに? ぬいぐるみ?」
ぬいぐるみ扱いに思わず膨れっ面になるキャロル。その人はぷくっと膨れたキャロルを見て楽しそうに笑い、頬をつんつんと突いてきた。キャロルはたまらず顔を隠して、エディにしがみつく。
「……ああ、紹介しておくよ。この子、俺の従妹でキャロルって言うんだ。見てのとおり、竜の女の子。実家からついてきちゃったみたいでさ。少しの間、寮の部屋で面倒見たいんだけど、良いかな?」
「え? うん、良いけど」
エディは「ありがとう」とお礼を言った後、今度はキャロルに向かって話しかけてくる。
「キャロル、この人はラス。一緒にこの寮の部屋を使っている同室の人だよ。騎士学校の同期で、友達なんだ」
「よろしくね、キャロルちゃん」
ラスと呼ばれた少年が、笑顔を向けてくる。キャロルはつんつんされないように、しっかりともふもふの手で頬を隠して振り返った。
「私、ぬいぐるみじゃないの……」
「ぷふっ。うんうん、分かってるよ。竜のぬいぐるみなんだよね?」
「違うのー!」
エディの腕の中から飛び出して、失礼なこのラスという少年の足をぽかぽか叩く。ラスは「うわ、可愛いなー」と余裕の表情を浮かべていた。
(こんな失礼な人がエディのお友達? 信じられないのー!)
はふはふと涙目で怒るキャロルの頭を、エディが撫でてくれる。キャロルはきゅーんと鳴いて、エディに擦り寄った。
「ラス、あんまりキャロルをからかわないでやって。この子、そういうの慣れてないんだ」
「あはは、分かった分かった。あ、そろそろ風呂の時間じゃん。エディ、一緒に行こうぜ」
「あ、うん。……じゃあ、キャロルはこの部屋でお留守番してて」
エディとラスは仲良さげに会話を交わしながら、部屋を出ていこうとする。キャロルは焦ってそれを引き止めようと、扉の前で仁王立ちをした。
「置いていくなんてひどいの! エディは私とラス、どっちが大切なの?」
「ぶふっ」
嫉妬に駆られた女のようなキャロルの台詞に、エディとラスが噴き出した。
失礼な少年二人に、キャロルがまたも膨れっ面になったのは言うまでもない。




