オークの門番がいます
農家や畑のある村を出て、木々の生い茂る小さな林を抜ける。
するとその先に、小高い丘の上に鎮座する、領主の館が見えてきた。
館は石造りの塀に囲われていて、表門にある鉄格子状の門扉の前には、槍を持った二体のオークが立っていた。
「ふーん、あれがオークの親玉がいるっつー、領主の館な」
「門番はオークが二体だけみたいだね。どうする、カイル?」
パメラとアイヴィが、林の木陰から館をのぞき見て言う。
門番のオークたちはと見ると、どうやらまだ俺たちの存在には気付いていないようだ。
俺はふむと少し考えてから、仲間たちに方針を示す。
「別に正面突破でもいい気はするが、一応騒がれないように始末しとくか。──アルト、隠密行動は得意だろ。俺一人じゃ寂しいからついてきてくれ」
「……方針に異議はないけど、僕に同行を求める理由がおかしいだろ」
アルトはそう文句を言いながらも、俺への同行を承諾する。
何だかんだ言って、こいつも根が真面目なんだよな。
「じゃあ行くぞ、アルト」
「オーライ。……キミのことだから大丈夫だと思うが、足は引っ張らないでくれよ」
「まあ、多分大丈夫だろ」
「頼りない返事だな……まあいい、行くよ」
「おう」
俺は『盗賊能力』のスキルを活用して、アルトと二人、物陰に隠れ足音を消しながら、門番のオークへと近付いてゆく。
毎度思うが、スニーキングミッションっていうのは、なんかこうワクワクするよな。
ちなみにオークたちは、俺たちの接近にまったく気付いていないようで、未だのん気にあくびをしていた。
うん、余裕だな。
なんて思っていたら──
「……あれ? カイル、どこに行った?」
物陰に隠れたアルトが、きょろきょろと俺の姿を探し始めた。
おいおい。
「いや、後ろにいるぞ」
「──ひっ!」
背後から声を掛けると、びくんっと跳ね上がるアルト。
「お、驚かせるな……! それにしても、僕が見失うとか、キミの隠密能力は一体どうなってるんだ……」
無い胸に手を当て、ドキドキした様子で抗議してくるアルト。
そう言われても、普通に隠密スキルを活用しただけなんだが、ステータスの差だろうか。
まあ、それはさておき。
俺たちは物陰に隠れては、隙を見て動くという動作を繰り返し、やがて門番のオークたちのだいぶ近くまで来た。
もう十メートルもないというあたりで、アルトに声を掛ける。
「ここからは一気に仕留めにかかる必要があるな。──アルト、一体やれるか」
「ふん、当たり前だ。鈍重なオークを相手にこの距離から仕留められなかったら、僕はもうアサシンを引退するよ」
「引退したら、うちでメイドとして働くか?」
「冗談。そんなことをするぐらいなら、舌を噛んで死んでやる」
「相変わらずだなぁ」
「この間も言ったが、お互い様だ。──出るタイミングで、合図してくれ」
「あいよ」
アルトとの会話は、意外とリズムが合う。
どことなく楽しい。
考え方に違いはあれど、お互いに根っこの部分が似通っているからかもしれない。
「──出るぞ」
「オッケーっ」
アルトの声を抑えた、しかし弾んだ返事とともに、俺たち二人は物陰から躍り出る。
そして──
──ズバッ、ドシュッ!
俺はオークに認識されるより早くに、アルトは認識されたが反応されるよりも早くに、それぞれの獲物を始末した。
アルトの短剣一本で的確に急所を刈り取る手際は、なかなかどうして大したものだった。
それから、俺は残りの面々に手を振って合図をし、門のところまで呼び寄せる。
しかしその間、アルトが納得いかないと言った顔で、俺に不満を言ってくる。
「……なあ、いまのキミの手際なら、僕の手を借りなくても、一人で二体とも始末で来たんじゃないか?」
鋭いアルトの指摘。
実際その通りなんだが──まあ、バレてしまっては仕方がない。
「だから言っただろ。俺一人じゃ寂しいからついてきてくれって」
「はぁっ、キミってやつは……。まあでも、悪いのはキミより弱い僕だ。精進することにするよ」
「その考え、いい加減やめてもいいぞ?」
「やめない。バカにするな」
「左様で」
最近、この強情なところもアルトの魅力みたいに思えてきた。
うん、俺もいい感じに末期だな。
「なあ、アルト」
「何だよ」
「俺さ、最近結構、アルトのこと好きになってきたかも」
「──っ!! ああもうっ、それもお互い様だ! 僕は元々、キミのことは好きだけどな!」
そう吐き捨てるように言って、ぷいと向こうを向くアルト。
「えっ、それって──」
どういう意味、と聞こうとしたら、再びアルトがこっちへと振り向いて、俺の鼻先に指を突きつけてくる。
「勘違いされる前に言っとくけど、変な意味じゃないぞ! 人間としてという意味だ! 前にも言ったけど、僕はキミという人間に好感を抱いている。それはいまも変わっていないし、むしろ増しているという意味だ!」
「…………」
何だろう、いろんな感情がないまぜになって、すごく不思議な気分だ。
アルトの真っ赤になった少年っぽい顔が、いまは妙に女の子っぽく見えるのは、俺の認識バイアスってやつのせいだろうか。
「……何とか言えよカイル。僕一人で、なんか空回りしているみたいじゃないか」
「えっと、じゃあ、色々思うところあるんだが、一言だけ失礼していいか?」
「ああ、どうぞ」
俺はコホンとひとつ咳払いをして、いま一番思っていることを、アルトに伝える。
「今のアルト、すっげぇ可愛い」
「~~! バカッ!」
アルトは俺の胸に弱くパンチを入れてきて、それからまたぷいと向こうを向いてしまった。
俺はどうしていいか分からず、ぽりぽりと頭をかく。
「──お待たせ~。それにしても二人とも、すごい手際の良さだったね」
「おう。アルトの手際は、大したもんだったぞ」
「ふん、よく言うよ」
アイヴィたちが到着したので、アルトとの話はそこで終わりになった。
そっぽを向いて不貞腐れるアルトを見て苦笑しつつも、頭を切り替える。
「さて──それじゃ、本丸の攻略だな」
門のところから館の本館のほうを見やる。
ここからが本番だ。
ちょっとだけ、気を引き締めていかないとな。




