オーク
「ぐへへへへっ……税が払えないなら、この娘に代わりに払ってもらうしかないブヒなぁ?」
「いやああああっ! 放してぇー!」
村の中で遭遇した出来事は、何とも言えない感じのアレだった。
一軒の農家の扉が開かれていて、その入り口付近にモンスターがいる。
モンスターは三体。
そのうちの一体が、村娘らしき少女を捕まえて、下卑た笑いを浮かべている。
「あれはオーク! どうして村の中に……!」
「知っているのかアイヴィ?」
「えっ……う、うん。オークぐらい、冒険者なら誰でも知ってるでしょ? あ、でもカイルって、ドラゴンのことを聞いて回るぐらいだしなあ」
双剣を抜いて構えたアイヴィが、毒気を抜かれたように言う。
いやまあ、俺もオークというモンスターはよく知っているが、それもゲームとか漫画の中での話だ。
アイヴィがオークと呼んだそのモンスターは、豚に似た頭部を持ったでっぷりとした人型の巨漢だった。
緑色の肌をしていて、身なりは腰布を一枚身につけているだけ。
俺たちのいる場所から、オークたちのいる家の入り口まではまだそこそこ距離があり、ざっと二十メートルぐらいか。
オークたちはまだ俺たちに気付いた様子はなく、そのまま娘をさらって件の農家から立ち去っていこうとする。
「──やめろ! 娘を放せ! そもそもお前たちは、税などと言って俺たちから好き放題に食料を奪っていっているだけじゃないか!」
農家の中から、一人の男が出てきた。
注意して見てみると、さっきお爺ちゃんを呼びに来た、中年の農夫だった。
その手には鍬が握られている。
三体のオークと対峙するが、その鍬の先はカタカタと震えているように見えた。
「お父さん……!」
「ブヒィ? それは何のつもりだぁ人間? 俺たちに逆らうつもりブヒかぁ?」
「くっ……だが、もうたくさんだ! このままお前たちに飼い殺されるぐらいなら──うぉおおおおおおおっ!」
農夫は鍬を振りかぶり、オークのうちの一体に向かって攻撃を仕掛ける。
しかしその鍬が振り下ろされるよりも早く、オークの剛腕が農夫の腹部にめり込んだ。
「ごふっ……!」
農夫は鍬を取り落とし、その場に膝をついてうずくまる。
オークの力士のような手が、農夫の頭を引っ掴もうとつかもうとして──
「カイルさん──! ……って、あれ? カイルさん、どこに?」
「ティトちゃん、あっちあっち」
「……はい?」
そのティトとアイヴィのやり取りは、だいぶ後ろのほうから聞こえてきた。
俺はというと、オークたちに全力疾走で駆け寄り、娘と農夫をかっ攫って、オークたちの向こう側へと抜けていた。
その間、およそ一秒ほどか。
「大丈夫か?」
俺は背後のオークたちをチラ見しつつ、娘と農夫を地面に降ろして声を掛ける。
「えっ、ええっ? な、何が……?」
「かはっ、あっ……! ……あ、あんたは……」
「通りすがりの冒険者です。ちょっと事情がよく分からないので、あとで説明してもらえますか」
「それはもちろん構わないが……うっ」
「ヒールをかけます。じっとしていてください」
「あ、ああ……おお、すごい、痛みが一瞬で……!」
農夫のおっさんに治癒魔法をかけてやってから、俺は立ち上がり、オークたちのほうへと振り向く。
「ブヒぃ……? あんだぁ、いま何が起こったぁ……?」
「ブヒッ? あの人間、どこから現れた?」
オークたちはまだ、状況が理解できていないようだった。
俺は農夫のおっさんと娘を背にかばうようにして──オークたちの向こう、我が家の娘たちのほうへと声を掛ける。
「アイヴィ。オークのモンスターランクって、どのぐらいか分かるか?」
「へっ……? えっと、確かEランクだったと思うけど……」
ふむ、Eランクか。
巨大蟻と同じぐらいの強さってことだな。
ちなみに一般人同然の駆け出し冒険者がFランクで、初めて会ったときのパメラがDランク。
モンスターランクは、同じランクの冒険者と同じぐらいの強さ指標だって話だから──
──ん、まあ全然いけるな。
俺は再び、オークたちの頭越しに、その向こうへと声を掛ける。
「──ティト、パメラ」
「は、はい!」
「ん、なに、ダーリン?」
緊張の面持ちで答えるティトと、のんびりした様子のパメラ。
俺はその嫁二人に、指令を出す。
「二人でこいつら三体、相手してみてくれ。アイヴィ、フェリル、アルトの三人は手助けしないでな」
「は、はい、分かりました! ──って、はい?」
「……え、マジで言ってる、ダーリン?」
「おう、マジもマジ、大マジだ」
俺はティトとパメラに向けて、ぐっとサムズアップして見せる。
ティトもパメラも、もう十分な実力を持っているはずだが、何しろ自分たちだけで戦った経験に乏しい。
まあパメラは俺と出会う前に経験あるんだろうが、ティトに関しては本当に、主体的な戦闘の経験に乏しい。
いつも俺が保護者的についているから、頼り切る癖ができてしまっている感がある。
まあ、今後も俺がずっと傍にいるはずだから、気にしなくてもいいと言えばいいのかもしれない。
でも世の中何があるか分からないから、底上げはできるならしておいたほうがいいだろう。
それに実力的に言えば、六人でタコ殴りにする必要なんて微塵もない相手だ。
ティトとパメラの二人だけでも、十分余裕をもって対応できる相手のはず。
「ぱ、パメラちゃん、言われた通りやろう! あのときみたいに、カイルさんが怖くなる前に!」
「えっ、あのときって……あっ、ああ……あの、ぬるぬるの森の……」
「そう! ほら早く! カイルさんの機嫌を損ねないうちに!」
「あ、あ、ああ、分かった! ──よ、よーし来い、オークども!」
……んん?
一瞬パメラの瞳から光彩が消えかかった気がしたが……まあいいか。
ティトとパメラの二人はオークたちの前に出て、片や杖を取って構え、片や拳を構えてファイティングポーズをとる。
パメラが前衛、ティトが後衛の布陣だ。
そして一方の、三体のオークたちはというと──
「ブヒィっ……? なんだ、お前たち二人だけでやるつもりブヒか?」
「ブヒーッヒッヒッヒ! こりゃいいブヒ! 二人とも見たこともないぐらいの上物ブヒ!」
などと口々に言って、悠然と二人の前へと向かってゆく。
三体は背中に槍や棍棒を負っているが、それを手に取ろうともせず、手をわきわきとさせて二人の少女へと歩み寄ってゆく。
……う、うーん。
驚くべき知能の低さだな。
さすがは豚頭と言うべきか。
──ともあれこうして、シリアスさの欠片もないバトルが幕を開けることとなった。
うん、大丈夫……だよな……?




