固有スキル
日付け上は、本日二度目の更新になります。
崖の上下で対峙する、長老と少年。
長老が少年に向かって、声をかける。
「地形においてお主のほうが不利じゃが、このまま初めてよいのかの」
すると少年はまたカラカラと笑って、長老を見上げ、楽しげに答える。
「律儀だね、お爺ちゃん。有利だと思うなら、さっさと始めちゃえばいいのに」
「そうもいかん。お主のような小童相手に、そんな大人げないことはできんじゃろ」
「あははははっ。じゃあいいことを教えてあげるよ、お爺ちゃん。──僕には三つの能力──『固有スキル』がある。その能力があるから、こんな地形の上下なんていうのは、僕にとっては不利でも何でもないんだ」
「ほう……」
長老の目が、興味深げに細められる。
「つまり、ワシは何の遠慮も呵責もなく、お主を打ちのめして構わん──ということじゃな?」
「そうだね。ありきたりな返しになるけど、『できるもんならどうぞ』だね」
「よかろう。──では一つ、試してみるとしようかの」
そう言って長老は、自身の体内の魔力を一瞬で爆発させた。
目に見えるほどの魔力が、長老の体をうっすらとした光で覆う。
そして──
「──アースハンマー!」
しわがれた喉から発せられたとは思えないほどの精力的な声が、長老の口から放たれる。
と同時に、崖下の少年が立っている場所のすぐ近くの崖で、その土壁がにゅっと盛り上がり、まるで巨大な人間の腕のような造形を作り出した。
腕の先は拳状になっていて、その巨大さは、家屋の一つぐらいは一撃で打ち砕いてしまいそうなほど。
そしてその拳は、とてつもない速度で、少年の頭上目掛けて振り下ろされた。
「──おっと!」
死角から現れた大地の拳による一撃を、少年はしかし、危なげなくかわしてみせた。
人間離れした脚力で瞬発的にその場から飛び退り、岩の拳は無人となった大地を殴りつける。
少年が立っていた地面がわずかに陥没し、大地にひびが入った。
「ひゅぅ、怖いなぁ──っとぉっ!?」
自分がいた場所の有り様を確認しようとした少年が、再び慌てた声を上げ、その場から跳躍する。
その直前までいた場所を、新たに現れた岩の拳が殴りつけた。
「おわっ、たっ、とわっ……!」
──ゴォン! ゴン! ゴゥン!
あちこちと跳び回る少年を狙って、次々と岩の拳が降り注ぐ!
そこに、崖の上で右手を突き出し、伸ばした人差し指をくいくいと動かしながら、長老が言葉をぶつける。
「はしっこいの、小童!」
「そりゃっ、どうもっ……! お褒めにっ、あずかりっ──」
「じゃが、これならどうじゃ──アースハンド!」
「んっ、あれ……? ──げぇっ!?」
あちこち跳び回っていた少年が、急にその動きを止めた。
その少年の足首を、足元の大地から生えた「手」がつかみ、彼の動きを止めていた。
そこに──ゴォオンッ!
何撃目かの巨大な拳の一撃が、振り下ろされた。
砂煙が舞い、砕かれた大地の破片が周囲に飛び散る。
「……むっ?」
疑問の声を上げたのは、崖の上の長老だった。
その視線の先には、自らの魔法で打ち下ろした岩の拳。
それはまっすぐに狙った場所へと振り下ろされていたが、そこにいたはずの少年の姿が見当たらない。
ぺしゃんこに潰されたという様子でもなさそうだ。
「うっひゃあ、危ない危ない」
声が聞こえて視線を動かすと、狙った地点から十メートルほど離れた場所に、少年がいた。
パンパンと全身についた土埃を払っている。
「……小童、何をした。ワシの『大地の楔』は、確かにお主を捕まえたはずじゃが」
「さあ、何だろうね。当ててみなよ。もうヒントは言ったよ」
「──なるほど、『固有スキル』か。どんな能力か知れぬが、なかなかにけったいじゃな」
「べっつにぃ。すごくシンプルな能力だよ。──ま、それはさておき、僕のほうからもそろそろ攻撃してもいいかな」
少年は言って、崖の上の長老を見上げてにぃっと笑うと、その右手を差し出した。
すると──
きらっ、きらきらっ。
少年の周囲一メートルほどの空間で、無数の『何か』が煌き始めた。
「さあ──僕の『ニードルレイン』、老いぼれの足で、全部よけられる?」
──ヒュンッ、ヒュヒュン!
少年の周囲の無数の『何か』が、崖の上の長老に向けて一斉に、高速で射出された。
それは実は、透明なガラスでできたような、長い『針』の群れだった。
一本あたりの太さや長さは、物書きに使うペンと同じぐらいであるから、針と呼ぶにはやや大きいか。
両端は鋭く尖っており、弓から放たれる矢の如き速度のそれは、一本一本が人体を串刺しに貫くほどの威力を持つ。
少年が持つ固有スキル、『針刃雨』の力であった。
一度に数十といった数の『針』を出現させ、一斉に放つことができる能力である。
そして少年は、その『針』の群れを、崖の上の長老を中心に据えるようにして、「扇状に」射出した。
仮に長老が、少年と同程度の俊敏さを持っていたとしても、攻撃の圏外に逃れることは叶わないであろう速度と範囲の攻撃だった。
だが──
「──ダイヤモンドアーマー!」
長老の体の周囲を、陽光を受け輝く半透明の膜が覆った。
そして、一瞬後に到達した『針』の雨を、キンキンという音を立ててはじき返す。
それを見た少年が、ひゅうと口笛を鳴らす。
「へぇ……驚いた。何それ?」
「鉱物の中でも最も硬いと言われる、ダイヤモンドで全身を覆う魔術じゃ。──小童、よもや『固有スキル』を持っておるから強い、ないから弱いなどと勘違いしておるのではあるまいな」
長老のその言葉に、少年はきゃっきゃとはしゃぐ。
「あはっ、やるねお爺ちゃん。僕の『針刃雨』を捌けたのは、お爺ちゃんが初めてだよ。──でもさ、分かってるのかな」
「…………」
少年の言葉に、長老は答えない。
ただ少年を、冷たく見下すばかりだ。
それを見て少年は、くっくっと笑い、いとも楽しそうにこう言った。
「──僕たちは、竜を殺しに来たんだよ」




