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RPGっぽい異世界でだらだら冒険者生活する  作者: いかぽん
第八章 竜を崇める部族、あるいは子づくりを求める少女
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長老と少年

──キッカの部族サイド──



 キッカはカイルに別れを告げると、仲間たちを追って、急いで自分たちの住む集落へと戻った。


 キッカが住む集落は、先の上り坂地点から走って、一分とかからない場所にある。

 赤茶けた大地ばかりだった地形には、キッカが集落へと向かって駆けていくにつれて、まばらにだが緑の草木の姿が見え始める。


 そうして、やがて姿を現したのは、簡素な住居が立ち並ぶ牧歌的な風景の集落だった。

 自らの住む集落にたどり着いたキッカは、そのまままっすぐに、集落の中ほどに構える自身の家へと向かった。


「じぃじ! またテイコクのヤツらが来たって!?」


 キッカが家に駆け込むと、そこにはキッカの祖父である長老のほか、部族の戦士たちも総出で集まっていた。


 人数は、全部で十五人ほど。

 何人かは家の外にあぶれ、そこで待機して方針が決定するのを待っていた。


「うむ。──キッカ、お前のほうでも何かあったようじゃが、そっちは後にせい。ひとまずは帝国の連中を追い払うのが先じゃ」


 キッカに応じたのは、キッカの祖父であり、この集落の長老でもある老人だ。


 老人は、部族の者たちの例にもれず褐色の肌をしているが、顔には深いしわが刻まれており、頭髪はすでにない。

 その口元からは白く長いひげをたくわえていて、腕や脚は細く、それらだけを見ればいかにも老人といった風貌である。


 だが見る者が見れば、その白い眉毛の奥に隠された鋭い眼光に気付くことだろう。

 胡坐あぐらをかいていた彼が、億劫な様子ひとつ見せずに立ち上がってみせる姿も、この老人がいに呑まれたただの老いぼれでないことを物語っている。


 そして長老は、部族の呪術師シャーマンのみが着ることを許される衣装を翻し、入ってきたキッカの脇を通り過ぎると、先頭を切って家を出た。

 そして彼が進むあとに、部族の戦士たちが続き、キッカも小走りでそれを追った。


「じぃじ、竜神様にはどうする? 言ってこよっか?」


 すぐ横まで駆け寄ったキッカの問いに対し、長老は即断で首を横に振る。


「いらん。人間同士のくだらぬ縄張り争いじゃ。竜神様のお耳に入れる必要はない」


「でも竜神様、心配するかも」


瑣事さじじゃよ。それに竜神様の力を頼りすぎてはならん。我らの身は、我ら自身で守らねばならぬ」


「ふぅん……」


「大丈夫だぁって、キッカぁ」


 部族の戦士のうち、最も若い男が口をはさんだ。

 キッカの一つ年上という少年だ。


「キッカだって、長老のバケモノみたいな強さは知ってんだろ。それにアグルさんだっているし、帝国兵なんて何度来たってチョチョイのチョイよ。──ね、アグルさん」


 そう言って、部族で最も優れた戦士であるアグルに同意を求める少年だったが、その少年の頭は、当のアグルによって引っぱたかれる。


「痛った~……!」


「ラダロ、戦士に勇敢さは必要だが、楽観が過ぎるやつは真っ先に死ぬぞ」


「……へいへい、分かりましたよ。でも実際に、前に来た時には二回ともボコボコにしてやったじゃないっすか。性懲しょうこりもなく何度も来たって同じでしょ」


 少年はそう言って、口をとがらせる。


 この竜の谷には、ここ最近になって、帝国の兵が二度にわたって進軍してきている。

 一度目は十人足らずで、立ち去るように言ったが応じず、威圧的な態度で武力攻撃の構えを見せてきたので、武力をもって追い返した。


 二度目は五十人ほど。

 最初から敵対的な態度だったので、やはり武力をもって追い返した。


 この竜の谷には、十年以上もの間、西からも東からも外部の人間が立ち入ることはなかったというのに、ここ最近になってその静けさが破られた。


 十年以上前に起こった外の人間とのいさかいにより、外部の人間はみだりに信用しないという不文律が部族の中に出来上がっていたが、この事件はそれに拍車をかけることとなっていた。


 そして、勇敢だが思慮深い戦士アグルは、軽率な少年に対してさらに戒めの言葉をぶつける。


「だからこそ警戒が必要なんだ。二度の撤退の後に、無策で来るとも思えん。──マキリ、数が前回より少なかったというのは、確かなのか」


 後半の言葉は、別の戦士に向けてのものだった。

 言葉を向けられた先の男は、偵察能力に関しては部族で最も秀でた者だった。


 その偵察役の痩身の男は、頭をかきつつ答える。


「見えた範囲ではね。三十もいなかった。……ただ、気になったことがある。奴らの中に一人──『アンノウン』がいた」


「……その『アンノウン』が、すべてのかなめじゃろうな」


 偵察役の男の言葉に反応したのは、長老だった。

 その顔には、油断の気配は一欠片もない。


 ──アンノウン。

 部族の戦士たちの中では偵察役の男のみが取得している、秘伝のスキル『ステータス鑑定』によっても、その能力を暴けない存在である。


「いずれにせよ、奴ら相手に平和的手段が通じるとも思えん。撃退するよりほかはなかろう。気を締めてかかれよ、皆の衆」


 その長老の声に、戦士たちは思い思いにおうの返事をする。


 そしてやがて、彼らの行く先の崖の下に、行軍する鎧姿の群れが見えてきたのだった。



 ***



「やあやあ、お早い到着で。でもキミたちごときを待ちわびるのも嫌だから、早速出てきてくれて助かったよ」


 部族の戦士たちが崖の上から見下ろす中、崖の下の一人の少年が、部族の戦士たちを見上げ、緊張感のない言葉をぶつけてきた。


 仲間の兵士たちともども竜の谷の崖の間の道にあって、複数の弓手に頭上を取られているというのに、少年に焦っている様子は微塵も見受けられない。


 少年は、鉄の鎧で全身を覆った兵士たちの中にいて、一人だけ劇的に浮いた姿をしていた。

 鎧を一切身につけておらず、近所に散歩に来たかのような何気ない身なりをしている。


 年の頃は、十代の中頃から後半ほどか。

 さらっとした白髪は、首の後ろで縛られ、背へと流されている。

 その深紅の瞳が宿った三白眼は、悪意を具現化したかのような目つきをしていた。


 その姿を崖の上から見下ろしながら、長老は、隣にいる偵察役の男に向かってつぶやく。


「……マキリ、あやつか」


「ええ、長老。──どう見ます?」


「あんなもの、誰が見たってふざけた小童こわっぱにしか見えんわ」


 長老が不愉快そうに鼻を鳴らして答えると、偵察役の男は「そりゃそうで」と言って肩をすくめる。


 長老は、部族の者たちの先頭に立って崖下を見下ろすと、その先に集まる帝国兵たちに向かって声を張り上げる。


「一応警告しておくぞ、帝国の。──いますぐこの地を立ち去れ。さもなくば、我らの敵とみなし、力尽くでお主らを排除せねばならなくなるぞ」


 長老がそう警告するが、これに対して少年は、カラカラと無邪気な様子で笑った。


「あははっ、ご忠告どうも。──あなたが先遣隊の報告にあった、要注意人物ってやつだね。あなたさえ倒してしまえば、ほかは全部『雑魚』だ」


「──っ!」


 その少年の言葉に、部族の戦士たちが色めきだった。

 長老はその戦士たちを手で制してから、眼下の少年に向かって言葉を返す。


「大した自信じゃな、わっぱ。そう思うなら、ワシとお主と、サシでやり合うか? そうすればお互い、無駄な怪我人を出さずに済むじゃろう」


「あはっ、分かりやすくていいねそれ。乗った」


 少年は気軽にそう答えると、周囲の兵士たちに下がるように指示した。

 三十人ほどの鎧に身を固めた兵士たちが、少年の指示を受け、怯えるように慌てて彼のもとを離れる。


 また、一方の長老も、部族の戦士たちに下がるように命じた。

 戦士たちは少しためらいつつも、長老の命に従って、彼のもとを離れてゆく。


 そうして周りの者たちが離れてゆくと、崖の上と下、老人と少年が、一対一で対峙することとなった。


「じぃじ……」


 部族の戦士たちとともに長老から離れたキッカが、その手を小さく握りしめていた。


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