冒険者ギルドで情報収集……をしたかった
そんなわけで、ぽっちゃりさんからのクエストを受けた俺たち。
ひとまず情報収集をしようと、冒険者ギルドに戻った。
情報収集。
やはり冒険者としては、欠かせないシチュエーションだろう。
俺はギルドの酒場スペース、カウンター席に腰かけて、ブランデーを一杯注文。
そして銀貨を一枚、パチンとカウンター上に置いて、それをマスターに向かって滑らせる。
しかし、ブランデーを注いで持ってきたマスター──糸目のお姉さんは、呆れたようにため息をついた。
「……あー、カイル? うち、冒険者ギルドのギルドマスターなんよ? 酒場のマスターと違うんよ?」
「ううっ……だって、酒場の冒険者たちに聞いても、誰もまともに情報教えてくれないんだよ。相手してくれよターニャぁ……」
「そりゃまあ、カイルはもう、この街の冒険者で知らないもんはおらんぐらいの有名人で、みんなの憧れの的、成功した冒険者の理想像やもんなぁ。それが『ドラゴンって強いの?』とか『竜の谷ってどんなところ』なんて常識クラスの情報を聞いて回ってたら、そら相手にされるわけないわな」
ターニャの至極もっともなお言葉に、俺はかくんと肩を落とす。
どうも俺が知りたい情報は、この街の冒険者にとっては常識みたいなものらしい。
俺が聞いて回っても「またまたぁ、カイルさん、何の冗談っすか?」みたいな感じで、まったく相手にしてもらえなかったのだ。
有名人つらい。
無名に戻りたい。
「……ん? この街の冒険者?」
俺はふと、引っ掛かりを覚えた。
この街の冒険者なら常識。
それって、俺と同じく、この街に来て冒険者になったばかりだったティトはともかく──
「なぁパメラ、ひょっとしてお前、ドラゴンの強さとか、竜の谷について知ってたりするのか?」
「うん。もちろん知ってるけど」
左側の席でおいしそうにミルクを飲んでいたパメラに聞くと、ケロッとした答えが返ってきた。
「なぜ教えてくれなかった。俺が聞いて回ってたとき、ずっと横にいたろ」
「……? ──え、ひょっとしてあれ、ガチで聞いてたの? 何やってんだろって思ってたけど、ダーリンのことだし、何か考えがあんのかなーって」
「…………」
信頼されすぎているというのも困り物である。
というか、真っ先に身内に聞くという発想が失せていたのは、冒険者と情報収集というシチュエーション美学に溺れていた俺の落ち度だった。
とは言えパメラの説明では、いろいろと不安があるのも事実だ。
かと言って、右隣で俺の頼んだ酒を「間接キス……」とか呟きながらちびちび口をつけて赤くなっているティトは、いろんな意味であてにならない。
「というわけで、やっぱりターニャ説明頼む」
「何が『というわけ』なんか分からんけど、まあええわ」
気のいいターニャさんは、快く引き受けてくれた。
話の分かるギルド長に恵まれて、俺は幸せです。
「えっと、まずは『竜の谷』な。──この街から西に、ラッシュ鳥が生息してる平原を抜けて進んでくと、三日目ぐらいで山脈地帯にぶつかるんよ。そこに一ヶ所だけ細~く、山あいの道が続いてるところがあって、そこが『竜の谷』って呼ばれてる。名前の由縁はもちろん、そのあたりに竜──ドラゴンが棲息してるからやね」
「ふーん。ドラゴンが住んでるってだけで、そんな名前が付くのか。……ってことは、結構たくさん棲んでるのか?」
俺がそう聞くと、ターニャは「へっ?」と意外そうな顔をする。
「えっ、何で? ドラゴンが一ヶ所にたくさん棲んでるって、そんなん聞いたことないわ。つかそれ、どんだけ魔境なんよ」
「はっ……? ってことはあれか? ドラゴンが一体棲んでるってだけで、『竜の谷』なんて大仰な名前が付いてんの?」
「や、もちろんそうやけど……」
そこまで答えて、ターニャは何かに思い至ったかのように、「あー」とつぶやく。
「あのな、カイル。世の中のみんな、あんたみたいに化け物じみた能力持ってるわけやないんよ? ドラゴン一体いたら、うちら人間の街の一個や二個ぐらい、軽く壊滅させられるんよ? うちら常識人にとっては、ドラゴンってそんぐらいの脅威なんよ? その辺分かってる?」
「その言い方されると、俺が常識人じゃないみたいに聞こえるからやめてほしい。あと、分かってるかと聞かれると、分かってない。だからドラゴンの強さ聞いて回ってたんだし」
「あ、なるほど。そらそーか」
ターニャは得心したというように、手をぽんと叩く。
すると俺たちの様子を横で見ていたティトが、ブランデーのコップをタンッと勢いよくカウンターに置いて、ターニャに絡み始めた。
「なぁに、ギルド長……うちのカイルさんにケチぃ付けようっての?」
……あれ?
違和感を覚えて右側を見ると、そこにいた少女の目は、見事に据わっていた。
「カイルさんに文句をつけようってんなら、その前にわらしが相手になるますよ……! さぁろこからでもかかってきらはい……!」
濃緑色のローブに三角帽子という姿の銀髪美少女が、座っていたカウンター席からよいしょっと降りて、立てかけていた杖を手に取る。
頬は真っ赤に染まり、ろれつは回っておらず、足取りもふらふらとおぼつかない。
見ると、俺が頼んだブランデーは、いつの間にかコップの中身が空になっていた。
「は……? ──えっと、ティトちゃん、酔っぱらっとる?」
「み、みたいだな。すまん」
俺はターニャに、ティトの身内として頭を下げる。
……いや、にしても泥酔すんの早すぎだろ。
そういえば、ティトが酒飲んだの、あまり見たことない気がする。
巨大蟻討伐後の大騒ぎの時は、俺も酔っぱらっててよく覚えてなかったし……。
「お、おーい、ティト。落ち着け、な?」
「何れすかカイルさん! わらしは、この無礼な女に、カイルさんに対する敬意ってものをふがふが」
俺は立ち上がり、ティトの口を手でふさぐ。
それから彼女の背後に回って、その体を抱きかかえるようにして持ち上げ、少女もろともに俺が元々座っていた席へと戻った。
「ん、悪かったな、ターニャ。続きを頼む」
なおもふがふが言うティトを膝の上に乗せ、背後から抱きかかえた状態でターニャに先を促す。
それを見た糸目のお姉さんは、ひくひくと顔をひきつらせた。
「前から仲いいは良かったけど……それマジか、あんたら」
「ん? 何がだ?」
「……いや、ええわ。そんで、話の続きやったな」
ターニャが諦めたように、はぁとため息をつく。
うん、すまんが諦めてくれ。こちとら最近こんな感じだ。
「で、『竜の谷』にはドラゴンが出る。だから普通は冒険者でもめったに近寄らない──なんやけど、無謀っちゅうかモノ好きっちゅうか、そういう手合いはたまにいてな。そいつらの生き残りの話によると、『竜の谷』には竜のほかにも、その竜を崇める部族っちゅうのが集落構えてるらしい。谷を通ろうとした人間をひっ捕まえて、竜に生贄として捧げるんだそうやな」
「ああ、それもぽっちゃりさんから聞いたな。……えっと、『竜の谷』に関する話は、それぐらいか?」
「うん、そやね。これぐらいしかないな」
そうか。
結局、新しい情報はあまりなかったな。
ドラゴンの強さに関して、何となく分かったぐらいか。
「ちなみに、ターニャとアイヴィのコンビで、ドラゴンと戦ったらどうなる?」
俺はドラゴンの強さに関するさらなる情報を求めて、ターニャに質問する。
ターニャもアイヴィも、Aランク冒険者で、一般の冒険者の中では飛びぬけた強さを持っている。
それで太刀打ちできるのかっていうのは、指標として分かりやすい気がする。
「うちとアイヴィで……? あー……どうやろ。二人だけだと、ちぃと勝てる気はせんかなぁ。……まあ本当のところ、ドラゴンっちゅうても幼竜から古竜までピンキリらしいし、幼竜ぐらいだったらひょっとしてってのはあるかもしれん。モンスターランクで言うと、確か幼竜でA+だったかSだったか、そんぐらいやったと思うよ」
「ほう。ちなみに『竜の谷』にいるのは、何ドラゴン?」
「さぁ、そこまでは。そもそもドラゴンとやり合おうなんて考えるのは国の軍隊ぐらいのもんやし、普通の冒険者にとっては、ドラゴンっていうだけで『ギャー逃げろー!』以外やることないから、その辺どっちでも変わらんのよね」
「ふーん……うぉわっひゃ!?」
そのとき突然、手に奇妙な感触。
ティトの口をふさいでいた手に、内側からぬるっとした何かが。
とっさに手を離すと、そこにはぺろぺろと舌を出して、俺の手のひらを舐めていたティトの姿があった。
俺の膝の上に抱きかかえられたままのティトは、俺のほうへと顔を向け、ぺろっと舌を出して悪戯っぽく笑う。
「カイルさんの汗の味がしまふ」
「なっ、何やってんだよティト!? お前は変態かっ!」
「カイルさんに言われたくはないれふねー。ほら、超絶カッコいいわらひの変態王子様。いつものなでなではどうしたんれふか?」
「ぐぬっ……ならお望み通りなでてやろう。ほれほれ、どうだまいったか」
「うにゃんっ、にゃんにゃん♪」
頭をなでられ、俺の懐中で猫のようになるティト。
どうしよう、この可愛さ。
しかし、そんな暴挙がこの場でいつまでも許されるわけもなく。
「……あー、すまん。イチャつくのはよそでやってもらってもええか? つか、一人身のうちを殺す気か。ギルド出入り禁止にしたろかあんたら」
というターニャの職権乱用な言葉とともに、冒険者ギルドからの退出を命じられた。
なおその後、パメラからも「ティトっちばっかずるい!」から始まるイチャつき行為の要求があったことは、言うまでもない。




