懐かしき出会い
アルトとの騒動があった数日後。
俺はティトとパメラを連れて、冒険者ギルドへと出向いた。
しばらく冒険者らしいことをしていなかった気がするので、そろそろ一度本分に戻ろうとか、そんな感じのノリであった。
ちなみにアイヴィ、フェリル、アルトの三人はお留守番で、現在は自宅警備員をしている。
お目付け役のアイヴィはともかく、ほかの二人は街中を連れ歩いても厄介事が増えるだけと思ったからだ。
フィフィ?
あいつはまあ、気が向いたら出てくる感じがあるから、気にしてもしょうがない気はする。
とりあえず飯食ってるときには、わりとよく出てくる感はあるが。
さておき、そんな具合で冒険者ギルドにてクエストを物色していると、
「なあダーリン、これにしようぜ」
と言って、パメラが掲示板の端っこに特等席よろしく貼られている、一枚の依頼書を指した。
俺はパメラに釣られて、その依頼書を覗きに行った。
「へぇ、Sランクのクエストか」
「うん。報酬額もすっげぇし」
「確かにな」
金貨二千枚という、周囲のクエストと比べて桁違いの報酬額は、確かに魅力的だった。
金貨一枚が一万円相当とすると、ひと仕事で二千万円。
一般人が十年か二十年もの間、毎日馬車馬のように働き続けてようやく手に入れられる程度の額だ。
なお、内容に関しては大枠しか記されておらず、詳しい内容は依頼主の屋敷に行って聞いてほしいとのことだった。
依頼主の名前は、チャーリー・ポッター三世。
「ふむ……」
俺は依頼書を前にして、考える。
「カイルさん、どうですか? ──ふにゃ」
俺の隣に来て依頼書を覗き込むティトの頭を、手癖でなでる。
するとティトは、猫のように気持ちよさそうな素振りを見せ、俺に寄り添ってきた。
「あーっ、またティトっちばっか! ダーリンあたしも!」
そう言ってパメラも、ほれ早く、というように頭を差し出してくるので、何となくそれをなでる。
こっちは子犬のようにきゃいんきゃいん言って、気持ちよさそうに目を細めた。
近くでクエストを物色していた冒険者らしき男の口が、俺たちの姿を見て、あんぐりと開けっぱなしになった。
まあ、周囲のことは気にしてもしょうがない。
で、本題のクエストだが──
いまさら低ランクのクエストを受けてもな、というのがある。
俺の奴隷であるフェリル一人を取ってもオーバーSランクで、俺はそのさらに上だ。
それなりに歯ごたえのあるクエストじゃないと、面白みがない感じがする。
「よし、これにするか」
俺は即断即決で、そのSランクのクエストを受領した。
当然ほかにはSランクのクエストなんてないし、Aランクも今日はすでに出払っている。
となれば、是非もなしだ。
窓口でクエスト受領の手続きをする。
それから俺たちは、依頼主に会うため、街の高級住宅地の中でもとりわけ大きな屋敷へと向かった。
──そして。
俺たちはそこで、何とも懐かしき人物に出会うこととなったのである。
***
「んむ、来たか。僕ちんがクエストの依頼人、チャーリー・ポッター三世である」
メイドさんに通された豪奢な執務室で、玉座のようなソファにふんぞり返った肥満体の男が、俺たちのほうを見向きもせずにそう言った。
彼は書き物仕事に忙しいようで、執務机の上の紙に、一心不乱に羽ペンを走らせている。
でも俺は、その横柄さに腹を立てることもなく、むしろ感慨すら覚えていた。
無駄に煌びやかな貴族衣装に身を包む彼の姿に、いまは懐かしき、あのときのことを思い出す。
「ぽっちゃりさん……」
「んん? 違う違う、ポッチャーリーサンではない。チャーリー・ポッター三世だ。人の名前は間違えるな、失礼であるぞ」
「あ、さーせん」
ぞんざいな謝罪の言葉は上の空。
俺は、この世界に来てすぐ──ティトやパメラと出会ったばかりの頃へと、想いを馳せていた。
ティトやパメラのメイド権を賭けて、巨大蟻の討伐数を競って戦った好敵手。
その相手こそが、いま俺の目の前で書き物をしている、ぽっちゃりさんだ。
「……か、カイルさん、あの豚って確か、あのときに屠殺したはずじゃ……」
「ダーリン、あたしなんか怖い。あいつ、何してくっか分かんねぇし」
ティトとパメラが、俺の左右の腕にしがみついてびくびくと怯えていた。
いや、どっちかって言うと、脳内で勝手に亡き者にしていたティトのほうが怖いと思うが……。
「……ん? どこかで聞いた声であるな」
一方、書き物をしながら話をしていたぽっちゃりさんが、ようやく視線をあげて俺たちの姿を確認した。
そして──
「にょわああああっ! お、お前たち、人の家で一体何をしておるのだぐげっ!」
驚いてとっさに後ろに跳び退ったぽっちゃりさんは、ソファの背もたれに激しく腰をぶつけて、床に崩れ落ち、苦痛に悶絶した。
俺はティトとパメラをなだめてその場にとどまらせてから、ぽっちゃりさんの前まで歩いて行って、手を差し出してやる。
「いや、冒険者ギルドでクエスト受けてきたんだが……大丈夫か?」
「うぐぐぐぐっ……そ、そうか、お前たちがクエストを……。あ、悪いな、助かる」
俺の手を取って立ち上がるぽっちゃりさん。
それから腰をさすりつつ、再び豚専用ソファ、じゃなくて彼専用のソファへと身を沈めた。
俺は執務机の前に立って、ぽっちゃりさんに声をかける。
「そういや、あんたからもらった家、有意義に使わせてもらってるよ」
「ん、家……? ──ああ、お前たちに別荘を一軒くれてやったんだったか、忘れておったわ。……ふん、そっちの娘たちを僕ちんのメイドにできなかったことは悔しいが、別荘の一軒や二軒などはどうでもよいわ。金もモノも天下の回り物、使ってこそ意義があるのだからな」
そう答えるぽっちゃりさん。
相変わらず、見た目に似合わずの男前だった。
「さて、そんなことより、クエストの依頼の話だったな。──お前たちには、帝国までの通商路の安全確保を依頼したい」
「ああ。道中近くにドラゴンの住処があるとか書いてあったな」
俺の言葉に、ぽっちゃりさんはうむと頷く。
冒険者ギルドの、クエストの依頼書に書いてあった内容はこうだ。
この街から、隣国であるバルバトス帝国への直通の通商路を開きたい。
しかしその片道一週間ほどの道程は、途中で山あいの道を通っていかねばならず、その近隣の山にドラゴンの棲み処があると目されており大変に危険が危ない、デシ。
なのでその危険を取り除いてほしい、というのが大雑把なクエスト内容だった。
そしてぽっちゃりさんは、さらに追加の説明をする。
「しかも、だ。あのあたりには、竜を崇める部族が住んでおるという噂もあってな、何も知らずに通る旅人を、竜への生贄として捧げているという。──いずれにせよ、今のままでは通るに通れんのである。帝国への直通の通商路が開ければ、僕ちんは大儲けなのだ、頼むぞ」
執務机に両肘をつき、顔の前で手を組んで、真摯な顔つきでそう言ってくるぽっちゃりさん。
この潔さは尊敬に値するが、見習いたいとは思わない。
「……あー、内容はだいたい分かった。でも、仮に安全確保に成功したとして、その証明はどうしたらいい?」
俺がそう聞くと、ぽっちゃりさんは「ふむ……」と腕を組み、背もたれにどっかりと身を預ける。
「まあ、僕ちんを納得させてくれれば何でもいいが、そうであるな……ひとまずドラゴンの討伐証明と、竜を崇める部族の討伐証明があれば認めると約束しておこう。それ以外の手段なら応相談であるな」
「オーケー、分かった。──ちなみに、依頼を達成できなかった場合には、違約金とかあるのか?」
「ふん、必要ない。もとより駄目元で出した依頼だ。さほど期待はしておらん」
「そうかい、分かった。じゃあ期待せずに待っていてくれ」
そんな感じで依頼主のぽっちゃりさんと話を終えた俺は、彼の豪邸をあとにした。
そして家路につくわけだが──その途中、後ろを歩いていたティトが、くいくいと服の裾を引っ張ってきた。
俺が立ち止まって振り向くと、ティトは何やら言いにくそうに躊躇いつつ、意を決したように進言してきた。
「カイルさん、あの、差し出がましいとは思うんですけど……」
「はい、何なりと。ティト様のおっしゃることに、何の否やがございましょうか」
そう言って俺は、路上で片膝をつき、ティトの手にキスをする。
それを受けたティトの顔が、ボッと真っ赤になった。
「かっ、カイルさん……!? ……えっと、この間のノリが、まだ続いてます?」
「おう。俺しばらく、ティトたちには頭上がらん」
「あはは……ま、まあ、それはいいとして。っていうか、それ言うなら私たちのほうこそ、カイルさんに頭上がらないんですけど……」
はにかみながらも、まんざらでもないというように照れ照れするティト。
大変可愛い。
「それはそうと、あの……ドラゴンさんとか、竜を崇める部族の人たちとか、特に私たちに危害をもたらすでもなく、その地で暮らしているんですよね……?」
「ん? ああ、まあそうだろうな。通る旅人は生贄って話があったが、それも本当だかどうだか」
「あの、それで……私たち街の人間の都合で、そういう人たちやドラゴンさんの命を、奪ったりしてしまっていいんでしょうか……?」
ティトが心配しているのは、どうやらそういうことらしい。
まあ確かに、当のドラゴンや部族の立場から見れば、これから俺たちのやろうとしていることは、侵略的行為でしかないんだよな。
そんなことを思っていると、今度はティトの隣にいたパメラが口をはさんでくる。
「あのさティトっち、それってすっげぇ今更じゃねぇ? あたしら冒険者は、元々そうやって飯食ってるわけだろ」
「うん、それは、そうなんだけど……」
パメラはアホの子だが、直感だけで生きているせいか、ときどき当たり前のように本質を突くことがある。
しかし一方で、ティトはそれでも、腑に落ちないという様子だった。
うーん……。
まあ、正解のある問題じゃないし、考えすぎてもしょうがない部分はあるよな。
こういうときはあれだ、パメラにならって本能で動こう。
俺は立ち上がって、二人の少女に向かって踏み出し──
「……ほへ? カイルさん?」
「わっ、だ、ダーリン? 何だよ突然」
ティトとパメラを、それぞれ片腕を使って捕獲し、二人をぎゅーっと抱き寄せた。
顔を赤くして慌てる二人の少女。
「いや、二人とも可愛いなーと思って。さすが俺の嫁たちだ。──ま、とりあえず、殺すとかは無しでさ、気楽に行こうぜ。現地行って話聞いて、良くないと思ったら帰ってくればいい。依頼ぶん投げても違約金が発生するでもなし。ちょっとしたピクニックだと思えば」
「は、はい、そうですね……はうぅ……」
「……なんか最近、ダーリンのスケコマシ度が上がってる気がする。……ダーリンのこと好きだから、いいけどさ」
ちなみに、そうして二人の美少女を手中に収めた俺の姿を、通りすがるおばちゃんがチラチラと見ていた。
恥とか外聞とか、そういうのもういいかなって最近思うんですよ、はい。
俺が幸せだ。文句あるか。




