これも従者の務めッ‼
「お待たせ致しました円佳様」
「ちょっと、遅かったですわよ。わたくしを待たせるなんてどういうつもりですの?」
「申し訳ございません! 先輩方とのお話が少々長くなってしまいまして」
「ふんっ、まぁ良いですわ。さて、では帰りますわよ」
一年生用の靴箱付近にて円佳と合流を果たした進七郎は胸を撫で下ろした。円佳が思っていたよりも怒らなかったことへの安堵で。
「ところで、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか円佳様」
「なんですの?」
「俺と円佳様の学内での関係は、''同級生''でよろしいのですよね?」
「えぇそうですわ。それがどうかしたのですわ?」
「いえ、ふと思ったのですが、''同級生''というだけで登校初日から登下校を一緒にするというのは普通なのでしょうか?」
進七郎は、単に素朴な疑問を円佳に投げかけただけであった。
もちろん学園一の頭脳を持つ円佳のことだから神算鬼謀、しっかりとした合理的な理由付けがあるのだと進七郎は考えていた。
「あっ……それはその……」
しかし、そこで円佳の意外な反応に進七郎は目を丸くした。彼女は答えに窮し、加えて何故か気恥しそうにもしていたのだから。
「とっ、当然ですわ! 逆に初登校の日に登下校をしないなど、それは健全な学生としてどうなのかって話ですわ!」
「はぁ……」
「進七郎さん、あなたは日本の未来のことを考えておいででして!? 今や日本は超少子高齢社会!! これを打開する為にはわたくし達学生が入学初日から恥ずかしがらずに登下校したりキャッキャウフフな雰囲気を作り上げそして好きな人と付き合いイチャラブえっちによって子宝に恵まれなければなりませんのっ!! そしてわたくしはこのMBK学園において全ての生徒の規範たる存在ですし入学初日から”同級生”のあなたと一緒に登下校するということは極めて当然なのですわっ‼」
「なッ、なるほどッ!! そのようなお考えがおありだったとは……流石は円佳様
ッ‼」
進七郎は己の無知さを恥じると共に、主人である円佳の底知れぬ知略と先見の明に感銘を受けた。
入学初日から出会ったばかりの”同級生”と共に登下校をする。それが日本の将来を憂いての行動だったとは思考の範疇にはなかった。全く以て円佳の知謀には驚かされるばかりだと進七郎は衝撃で固まってしまっていた。
(いや、違うだろ俺ッ! 確かに円佳お嬢様のお考えはたった今知ることが出来た。考えるんだ……従者として、お嬢様が俺に何を期待するのかをッ‼)
進七郎は円佳に圧倒されているばかりではなかった。
主人が従者に求めるのは期待に応えること。
そしてその先、期待以上の結果を出すこと。それを考えた時──進七郎の身体は自然と動いていた。
「えっ……?」
堂々と歩いていた円佳の足が、驚きの声が出るのと共に止まった。
左手にある”感覚”。それは、自身の手を温かな何かが包んでいる、というものだった。
「失礼、致します」
後ろに振り向いた時、瞳に止まったのは自身の手を握る進七郎と、彼の真剣そのものという顔だった。
一瞬見惚れてしまうもそれを気取らせることなく、凛々しい表情で円佳は尋ねた。
「……”これ”は一体何のつもりですの?」
「ご許可なく御手に触れるご無礼、大変申し訳ございません。先ほど円佳様のお考えを知った時、俺はどんなことをすればお役に立てるのか……それを考えた上での結論が、”これ”でございます」
「わたくしが何者なのか、しっかりと理解した上での狼藉ですの?」
「はいッ……。もちろんあなたが義経院円佳様であり、俺のご主人様でいらっしゃることを重々承知の上で申し上げております」
「!」
幸い、周囲には誰もいなかった。
だがそれはあくまでも結果論に過ぎず、どこで誰が聞いているのかも分からないからこそ主従関係については他言禁止。それを破った進七郎に円佳は動揺せずにはいられなかった。
「あなたっ、それを言うのは──」
「分かっておりますッ‼ ですが言わせてくださいッ‼ 俺は円佳お嬢様の従者ですッ‼ ですから円佳お嬢様のお役に立つことこそが従者の運命ッ‼ 全ては俺の我儘ですッッッ‼」
「っ……!」
しっかりと釘を刺して咎めるつもりだった円佳。だが、進七郎の鬼気さえも感じるほどの真剣な表情と声、そして手から伝わってくる熱さには彼女すらも圧倒されてしまい、何も言えなかった。
進七郎も、自分のやろうとしていること、考えたことが間違っているかもしれないという恐れを抱いていた。だがそれ以上に、円佳の役に立ちたいという強い想いが恐怖を超えて彼を突き動かしていたのだった。
「この学園の規範で在らんとする円佳お嬢様のお考えに沿い、あなた様と共に歩んでいく。これも従者の務めッ‼ どうか俺の我儘をお許しくださいッ、円佳お嬢様ッッッ‼」
進七郎は円佳の手を取ったまま膝をついた。
それはまるで騎士が姫に誓いを立てる時のような光景であり、風と共に舞い散る桜吹雪がさらに幻想的に引き立てる。
円佳がどんな表情をしているのか、何を考えているのか、それを知る術は進七郎にはなかった。今はただ、己の我儘を許して欲しいという一心で、彼女からの次の言葉を待った。
「ふふっ、それでこそ……わたくしの従者ですわ。これでテストは合格ですわね」
「……ッ!?」
しかし、次の円佳からの言葉には進七郎は驚愕せざるを得なかった。
思わず顔を上げると、そこには自慢気な笑みを浮かべている円佳の姿があった。
「どッ、どういうことなのですかッ……!?」
「言葉の通りですわ。実は入学式の今日は、様々な面であなたをテストしていましたの。まずはこの学園の雰囲気に飲まれないような胆力があるかどうか、わたくしを守り切れる純然たる戦闘力があるかどうか、そして今ちょうど行った……わたくしの隣に立ち支える覚悟があるのかどうか、を」
「な、なんと……!? 全てはお嬢様の掌の上、計算の範囲内のことだったと……!?」
「そうですわ‼ おーほっほっほっほっほっほ‼」
(な、なんてお人だ……! 流石は円佳お嬢様ッ……!)
如何にもお嬢様らしい高笑いをした円佳に呆気に取られる進七郎。
全てが自身の予想の遥か上を行くまさに神算鬼謀の知恵、自身も賢さには自信があったものの彼女と比べれば取るに足りないものだと思い知らされ、進七郎は少々ショックを受けていた。
だが、そのショックも一瞬にして吹き飛んだ。円佳が、握り締めていた手を逆に握り返してきて。そして、慈悲に満ちた女神のような微笑みを浮かべていたことで。
「試すような真似をしてしまい、誠に申し訳なかったですわ。あなたはもう立派な、わたくしの従者ですわ。これからもよろしくお願い致しますわ……武藏進七郎さん」
夕日に照らされ輝く彼女の顔はあまりに美しく、あまりに綺麗で。
「……はい。もちろんでございます、円佳お嬢様」
進七郎は見惚れつつも円佳の手を確かに握り締めて、しっかりと彼女の言葉に応えたのだった。
(……どうして、こうなったのだッ……!?)
入学初日を終え、屋敷に帰れば盛大な入学祝いのパーティーが催された。
同時に進七郎を従者として正式に認めたという旨を円佳が直々に通達したこともあり、パーティーは進七郎の歓迎会の意も込められており俄然盛り上がりを見せた。
パーティーが終われば、また明日から本格的に始まる学校生活に備えて進七郎も円佳もそれぞれ眠りに就く……そのはずだったのだが。
「早く入ってらっしゃい、進七郎さん」
進七郎は何故か円佳と一緒に──お風呂に入ることになっていた。




