イチャラブデート勝負:ジェットコースター編
「いやーまさか先頭だなんてツイてるなー」
「何言ってんのよ壬生束。ちゃんと計算して先頭になれるようにしたのよ。このあたしが先頭以外に座るなんて許すと思ってる訳?」
「はいはい思ってませんよー……」
1列4席の先頭の席に座った進七郎一向。ファストパスを使ったこともあり、並ぶ時間は5分程度と短かったこともあったからか、紅子と多喜雄は軽妙に会話を交わしている。
ただ、その雰囲気にはまだ''恋人らしさ''というのは感じられない。二人の距離感はまだ''幼馴染''だということを進七郎は確認すると
(これは、間髪入れずに仕掛けるべきだな)
そう思い、イチャラブポイントを稼ぐべく円佳との会話を試みる。
先ほどここに来るまでにしたように自然な感じでやれば大丈夫だと、彼氏スマイルを浮かべて円佳に「円佳様」と話しかけた……まさにその時だった。
「臨兵闘者皆陣列在前臨兵闘者皆陣列在前臨兵闘者皆陣列在前臨兵闘者皆陣列在前……」
「まっ、円佳様ーーーッッッ!?」
円佳が尋常ではない様子で九字護身法を一心不乱に唱え続けているのに気づいたのは。これは会話どころではないと、進七郎はたまらず叫んでしまっていた。
「どッ、どうなされたのですかッ!?」
「な、ななな何でもにゃいのですわよ進七郎さん。わっ、わわわわたくしは何も問題ナッシングバッチグー全然チョベリバではありませんことよよよよよよ」
「いやもう言葉が死語連発な時点で全然大丈夫じゃないですッ!! それに顔面蒼白じゃないですかッ!? 一体全体どうなされたのですか──」
そこで、進七郎は気づいてしまう。円佳が絶叫系が死ぬほど苦手だということに。
(楽しそうになさっていたから全くそうは思えなかったッ……不覚ッ!! しかしながら何故黙っていらっしゃったのだッ……!? もしかして楽しい雰囲気に水を差すと思われて黙っていらっしゃったのかッ……!? 嗚呼なんという高潔なお心ッ、尊い円佳様ッッッ……!!)
健気な円佳に感動しつつも、自分の役割を全うすべく進七郎は気持ちを切り替える。
その一手として進七郎が選んだのは、まず手を繋ぐことだった。再び九字を唱え続けていた円佳も思わず黙り込み、進七郎に顔を向ける。
「しっ、進七郎さんっ……?」
「大丈夫です、円佳様。俺が傍にいます。この手は必ず離しません」
「進七郎さん……申し訳ございません。主人としてあなたをリードしなければならないというのに……」
「何も謝られる必要はございません。ご主人様が困難に直面しているのであればさらにその前に立ってお守りし、そして──大切な女性が怖がっているのなら、隣に立って共に立ち向かうのが男だから」
従者として、そして彼氏としての言葉を口にする進七郎。鋭く強く温かい眼差しをして発したその言葉には、円佳を安心させるには十分で。
恐怖で強ばっていた顔が緩み、いつもの円佳の気品や優しさが宿る。言葉はなかったが、添えられた手を握り返すという行為が円佳の返事であった。
しかし、ガチャンという音が二人を一気に夢の時間から現実へと引き戻す。
「「へっ?」」
互いに見つめ合っていた進七郎と円佳はふと前を見ると、それまで続いていたレールがなくなっている。
それは、本来であれば覚悟を決めるひととき。これから高速で訪れる恐怖の時間に対して心の準備をする時間、つまりジェットコースターが降下し始める直前なのであった。
進七郎と円佳、紅子と多喜雄。どちらも話すことに夢中でその準備が全く出来ず、刹那の瞬間に走馬灯が頭に過ぎった直後──ジェットコースターは猛烈な速度で真下に突き進み始めた。
「ぴゃあああぁああぁあああぁあ!!」「おわあああぁあああああぁああ!!」「きゃあああぁああああぁぁぁあ!!」「ぎゃああぁあああぁああぁぁあ!!」
他の乗客の絶叫を上書きするほどの大声で叫ぶ4人。先頭という特等席だからこそ倍増になった恐怖と迫力に襲われていた。
「ぴゃーぴゃぴゃぴぴぴゃーぴゃんぴゃーぴぴゃぴゃーぴゃぴゃぴゃーーーっっっ!!」
「まっ、まるちゃんーーーッッッ!! まるまるまるちゃんちゃんちゃーーーんッッッ!!」
「何のこれしきってきゃあああぁあああ何よこれ聞いてたより怖すぎでしょーーー!!」
「おぐうっはちょっとスカーレッ子首なんで締めっ……苦しっ……!!」
素に戻って泣き叫ぶ円佳、それに釣られて素に戻る進七郎。強気な顔から一転して涙目の紅子、彼女に首を絞められる多喜雄。
速度、高度、仕掛け、ジェットコースター界でもトップクラスの''ラージイナズマ・マウンテン''に、4人はイチャラブどころではなかった。最早生きて帰ることを一心不乱に願うほど、凄まじい恐怖に襲われていた。
「ぴゃあああぁああっ……ぴゃっ!? ぴゃあぁあああああっ……ぴゃっ!?」
「まッまるちゃんッ!? 気絶して意識を取り戻してを繰り返してるよッ!?」
「おがぁああぁああっ‼ なっ何よこれ思ってたのと全然違うじゃないーーーっ‼ 何とかしなさいよ壬生束ーーーっっっ‼」
「何とかなるかこんなんっ……ってかそろそろ首絞めるの止めろっ……死ぬぅ……‼」
強烈な180度縦ループに差し掛かると、事態はより悪化。全員が顔面を真っ青にして、絶叫をし続ける他になく。
結局、ジェットコースターが終わった頃には口から魂が出てしまっているような心地を進七郎達は味わわう羽目となり。実際に口から魂が出てしまったかのような円佳を進七郎がお姫様抱っこで、多喜雄を紅子がおんぶして抱きかかえていたのだった。
「……凄まじかったわね……」
「えぇ……本当にそうですね……。そう言えば壬生束君は一体どうなさったのですか?」
「知らないわ。なんかジェットコースター終わった時に意識失ってたわ。で、そっちも義経院はどうしたのよ?」
「まるちゃ……円佳様は絶叫系が苦手だったようでして、乗ってる時はずっと叫びまくっては意識を失ってを繰り返してまして、終わった時には『い、生きて帰って来られた……』と呟いてから再び意識を失って、今この状態です」
「はあっ!? それじゃなんでジェットコースター無理だって言わなかったのよ!? 言ってくれたらあたしだって別のにしたのに!」
「……きっと円佳様は、楽しんでいる紅子様のお気持ちに水を差したくなかったのではないでしょうか」
「あたしの……気持ちに?」
あやすようにして円佳の頭を撫でながら、進七郎は紅子にそう語り掛ける。普段から彼女に付き従っているからこそ、そして幼い頃からの円佳の変わらない優しさを知っているからこそ。
「従者になってから知ったのですが、円佳様はこのように同年代の方達と外出する……つまりは遊ぶということはさほどされていません。平日も休日もひたすらあらゆる稽古に励み、”義経院円佳”に相応しいように努めていらっしゃいました。だから、今日のこのダブルデートが嬉しかったのだと思います。勝負とは言え、こうして同級生である大和さんと壬生束君と一緒に遊園地に来られたのですから」
「な、何よ。だからと言って別に感謝する訳じゃないんだからねっ! 寧ろ、正直に行きたくないって言わなかったんだから迷惑……って訳でもないけど、とにかくその……ごめん。無理にあたしがジェットコースター行こうなんて言って」
「いえいえ、お気になさらないでください。きっと円佳様も怒ってなどはいませんから」
申し訳なさそうにする紅子に、進七郎は微笑みを向けて返す。
主人が意識を失う程の事態、従者であれば普通は怒ってもいいはず。というよりは怒るべき場面でも良かった。少なくとも紅子は自身が同じ立場であれば怒声に罵声を浴びせるだろうと考えていた。
だが、進七郎はそれをしなかった。甘いとも言えるがそれ以上に、円佳のことを理解しているからこそ怒らないのだということに紅子は気づいてしまう。
(何よそれ……。それって結局は……お互いのことを理解し合ってる……イチャラブしてるってことじゃない……)
心にズキっという音がすると共に、紅子はこのジェットコースターでのイチャラブ勝負の敗北を悟ったのだった。




