叩き付けられた挑戦状
「進七郎さん、ハーブティーを淹れて下さいまし」
「かしこまりました。円佳様」
4月28日、午後3時26分。
今日も今日とて、進七郎と円佳はグレートマーベラススタンダード部の部室兼円佳のプライベートルームにて、優雅な部活動を過ごしていた。
お茶淹れにもすっかり慣れた進七郎はティーポットとカップを極端に離した高い位置からでも一滴も零すことなくハーブティーを注いでいく。なお高低差を出すことに意味はないが、円佳が楽しそうに眺めてくれることから進七郎は高い位置からのお茶淹れを続け、今では頭の上からという高さから淹れるようにしていたのだった。
「お待たせ致しました円佳様。ハーブティーにございます。今回はカモミールに致しましたがよろしかったでしょうか?」
「問題ないですわ。あなたが淹れて下さるのであれば、わたくしは何だって飲みますわよ。あ、流石に泥水などは御免被りたいですが」
「ははは、そのようなものは決して差し出しませんよ」
円佳のジョークに笑いながらも、慣れた手つきでカップを差し出す進七郎。”泥水以外にはアールグレイも出さないようにしないとな”と、前回のアールグレイでキメてしまった時のこともその笑顔の裏では思い出しながら。
「……ふぅ。美味しいですわ。そしてこれに合わせてマカロンも一つ、あーたまらんですわ! これで優勝ですわパクパクですわーっ!」
「お口に合って何よりです。話は変わりますが、今日の相談内容はどのようなものがございますか?」
「やはり多いのは、ゴールデンウィークのデートスポットのことについてですわね。寄せられた相談のほぼ9割がそういった類のものでしたわ」
「なるほど、やはりそうでしたか……。あと円佳様、あまり急いで召し上がりますと喉を詰まらせてしまいますのでご注意を」
マカロンを次から次へと口の中に放り込んでいく円佳を窘めつつ、自身もGMS部のサイトにアクセスして相談内容を調べる進七郎。
今の段階でもざっと100件ほどの相談が寄せられている。軽く目を通すと文章や表現の違いはあれども、おおよそゴールデンウィークのデートスポットについての内容であった。内容は主に”行こうとしているデートスポットが良いかどうか”というものであった。
「前回の放送にて、生徒の皆様は自分達でデートスポットを模索するようになりました。しかしながら、これはこれで骨が折れそうですね」
「えぇ、折れまくりですわ。ですがそれも何のそのっ! 人間には215本もの骨がありますわ、215本くらい折れたって何も問題はないのですわっ!」
「そ、そうですね。頑張りましょうッ‼」
勢いで円佳に賛同したものの、215本中215本が折れれば問題しかないのでは? と進七郎は思ったと同時に、ハーブティーのつもりが実はやべー魔剤を淹れてしまったのかと自分を疑わざるも得なかった。
いつものエキセントリックスイッチが入ったモードなのかはさておき、そんな円佳と共に進七郎は悩み相談の解決に本腰を入れ始める。
「えーと、俺達と同じように水族館やショッピングモールに行こうとしている方々が結構いらっしゃいますね」
「そうですわね。わたくし達に倣ってのことでしょう。ただ、どの相談でも様々なデートスポットを考慮した上で、最終的にわたくし達と同じ場所を選んだという旨が書いてありますわ。しっかりと自分達の意志で選んだのであれば問題はないでしょう」
「そうですね。では次は映画館や遊園地、ですね。円佳様はどのように思われますか?」
「もちろんどちらも良い場所だと思いますわ。映画も遊園地も、様々なものがその時の気分によって楽しめるというのが大きな利点ですわ。まぁ遊園地は人気のアトラクションだと並ぶ可能性もあるでしょうが、この学園に通えるということはその時点で家庭的にも裕福ということでもありますから、ファストパスなどを買いまくるか最終手段として前に並んでいる人にお金をチラつかせて順番を代わって貰えますので何も問題はありませんわね」
「なるほどです。大変勉強になります」
(良かった……少なくともアールグレイをキメた訳じゃなかったな。いつもの聡明な円佳様だった)
じゃあさっきのあの知能指数がやべー言葉は何だったのかと思わなくもなかったが、いつもの円佳を見て安心した進七郎。引き続き悩み相談の解決に集中しようと気を引き締めたのだった。
「義経院円佳あああぁああああっ!!」
しかしその瞬間に、吹っ飛ぶかと思うような勢いで扉が開き、否応もなく耳を塞ぎたくなるほどの大声が部屋中に響き渡る。
進七郎も円佳も目を点にして見つめる先には、扉を蹴飛ばしたであろう体勢のまま睨みつけている女子生徒が立っていた。その隣には、そんな彼女の蛮行を咎めるまでもなく冷静に並び立つ男子生徒もいて。
どこからどう見ても、見間違えなどではなく。その二人は──大和紅子と、壬生束多喜雄だった。
「だ、大和さん……それに壬生束君……!? い、一体どうしたと言うんです!?」
「わたくしを呼び捨てにし、さらには扉を蹴飛ばすという凄まじい蛮行……一体何があったのかは分かりませんが、とりあえずハーブティーでも飲んで落ち着きましょう?」
「落ち着いていられるかっつーの! あたしはっ、あんたを許さないわ義経院円佳っっっ!!」
人差し指でビシッと円佳を指す紅子。怒り心頭と言った様子ではあるが、円佳にとっては何故彼女が激怒しているのか身に覚えがなく、疑問符の数は増えるばかりであった。
「わたくし、あなたに何かしてしまいましたか? もしそうでしたら、誠に申し訳ございませんわ。差し支えなければ、どういった理由で怒っていらっしゃるのかをお教え頂いても?」
「決まってるじゃない! この間のGMS部の放送よっ!!」
「あの放送、ですか? も、もしかして紅子さんは生粋の関西人でいらっしゃいまして!? わたくし達のエセ関西弁に対して怒っていらっしゃるのですかっ!?」
「ちっがーーーうっ!! あたしは生粋の東京都民よっ!! それはそうとして、あたしが怒ってるのは……あんたがあんな中途半端な答えを堂々と言ったことよっ!!」
「……中途半端、ですか?」
「そうよっ!! GMS部の創立を全校集会でやった時は、やれ生徒の皆様の規範になるだとか言ってたくせにっ!! 何が好きな人の間でデートスポットを一緒に探せとか逃げてんのよっ!! あんな答え、他の生徒達が認めようともあたしは絶っっっ対に認めないんだからっっっ!!」
紅子の怒りはますます高まっていき、それが収まるところを知らない大きな声に表れる。
円佳と進七郎の示した''答え''のもう一つの見方、それは良くも悪くも責任の在り処がそのカップル達にあるということであった。
もちろん、円佳は責任の所在を自分達から他の皆に移そうとしていた訳ではない。そのような思いなど一切なく、他の生徒達の恋愛がなるべく上手くいくよう、それを願って自分達の主観によるデートスポットを勧めなかっただけなのである。
だが、それを紅子は認めなかった。
紅子だからこそ、認められなかったのだ。
「あたしが諦めた場所にいるあんたがそんなに不甲斐ないなんて……本当に許せない……絶対に許せないわ……!!」
怒りのあまり身体をわなわなと震わせる紅子。
勢いと怒声に圧倒され何も言えずにいる進七郎と円佳は、さらに衝撃的な言葉を告げられることになる──。
「……決闘よ、義経院円佳、そして武蔵進七郎!! もしあたしが勝ったら、GMS部は解散して貰うわっっっ!!」




