自然体でいること、ありのままの自分でいること。
「先ほどの寸劇でお伝えしたかったことは、端的に申し上げて二つありましたわ。一つは、オススメのデートスポットはないということですわ」
微笑みを絶やさないまま自然と円佳が発した言葉に、生徒達は衝撃を受けざるを得なかった。
ゴールデンウィークに恋人とデートに行くことを計画している生徒は数多くいる。だからこそ、生徒の規範であらんとする円佳からの言葉はまさしく金言、参考にすべきものだった。
それが、先ほどのVTRからの繋がりで彼女が出した答えが''何もない''となるとその衝撃度は凄まじく、無言の動揺が生徒達の間に広まった。
「皆様のご期待にお応え出来ず、本当に申し訳ございません。言い訳も何も致しません。ただただ、わたくしの力不足でございますわ」
微笑みを引き締め、まさに謝罪会見を開いた社長のような神妙な面持ちで円佳は頭を下げる。それにより生徒達は更なる衝撃に襲われた。
だが、円佳の言葉は謝罪では終わらなかった。「先日の土曜日、わたくしは進七郎さんと初めてのデートに行きましたわ」という言葉が続いたからだ。
「皆様の為にもオススメのデートスポットを調べることも兼ねての初デートでしたわ。しかしながら正直に申し上げますと……上手くいきませんでしたの。わたくしと進七郎さんの意見が対立しあってしまったのですわ」
頭を上げて話す円佳の言葉の一つ一つが、生徒達な多大なる衝撃を与えていく。
周囲から見ても理想の恋人に見えた円佳と進七郎。そんな二人がまさか意見で対立し合うなどと想像だにもしていなかったのだ。
「わたくしも進七郎さんもお互いの為を想い過ぎたあまり、デートの行き先を決められなかったのです。わたくしは進七郎さんの行きたい場所の水族館に、進七郎さんはわたくしの行きたいショッピングモールに、それぞれ行こうと言って聞かなかったのですわ」
「以前に、俺はイチャラブの定義を''相手のことを第一に考えて行動すること''だと話したことがありました。それによって、俺は円佳様の為にとつい
躍起になってしまったのです。円佳様のご意見にも折れず、頑なになってしまいました」
円佳から目配せを受けると、彼女の後を継いで進七郎が話し出す。常に円佳を立て、円佳に従う進七郎。そんな彼の言わば謀反とも取れる事実。
しかし、それを進七郎は……微笑みを絶やさないままにつらつらと話していた。
「あの時、俺には分からなくなっていたのです。円佳様のお言葉に従うことか円佳様の行きたい所に行くこと、どちらが円佳様のことを第一に考えたことなのかと。仕舞いには、様々な理論や理屈を展開して説得し合うようなことまでしてしまいました。そんな円佳様と俺の前に、とある二人組が現れました」
進七郎の言葉にハッとしたのは、大和紅子と壬生束多喜雄。デート中の進七郎達に会ったのはこの二人しかいなかったからだ。
「その二人は幼馴染であり、お互いのことを好きになっていながらもその気持ちを伝えきれずにいたのです。俺は思わず、二人の背中を押しました。手で押すと言いますか、タックルするような勢いで」
「進七郎さんがそうしたように、わたくしもついそのお二人の背中をタックルせずにはいられませんでしたの。わたくしと進七郎さんがスクラムを組んでセットハッハッした結果、その二人はお互いの想いを伝え合うことが出来ました」
円佳と進七郎の行動に礼賛の歓声が上がる。「お二人に応援して頂けるなんて羨ましいなぁー」と言った声も上がる中で、紅子と多喜雄は当時のことを思い出して感謝していた。
最中、「重要なのはここからですわ」という円佳の言葉に生徒達は途端に黙り込む。円佳の言葉には学園長以上の力があったのだった。
「その二人を見ていて思ったのは、本当にありのままの自分でいたことです。本当の想いは隠していたものの、それ以外のやり取りでは無理をせず気取らず、自分の考えを相手に伝えることが出来ていたと感じたのです」
「円佳様と俺との大きな違いはそこでした。俺は強迫観念にも近い思いで、円佳様を第一に考えて行動しようとしていました。……ですが、それは間違いでした。最初から理想になろうとしていたのが、間違いであったと気づかされたのです」
「わたくしも進七郎さんとのデートの時のみならず、常に人々の規範であろうとしていました。……ですが、わたくしはそれを止めようと思いました。わたくしが皆様の規範、理想であるならば……それはわたくしが言ったことの全てが正しい、従うべきことになってしまうからです」
真剣な表情となり、言葉を紡ぐ円佳。
オススメのデートスポットがないということの真相を、今の言葉で完全に生徒達は理解していた。そして、円佳達の言葉を何の疑いもなく信じようとしていた自分達の危うさにも。
「さて、ここからがお伝えしたかったことの二点目でございますわ。恐らく既にご察しはなさっているかと思われますが、二点目は……ありのままの自分でいることですわ」
「相手のことを第一に考え、思いやり、慮る。それはもちろん大切ですし、素晴らしい考えだとも思います。ですが、それに縛られすぎても駄目なのです。自らも相手も、縛ってしまうのです。そこに果たして、愛はあるのでしょうか」
「ないとは言い切れません。ですがあるとすればそれはきっと……自愛になるのかもしれません。わたくしと進七郎さんは、それを初デートで感じたのです。お世辞にも、わたくしと進七郎さんの初デートは上手くいったとは言えませんでしたわ」
言い争いとまではならないものの、お互いに譲り合う心が強すぎたあまりに押し付けるような形になってしまったことを円佳と進七郎は共に思い出す。
その上で共に学んだことを、探し当てた''答え''を皆に伝えるべく前を向いて、堂々とそれを口にしていた。
「でも、それで良かったのです。最初から上手くやろうと、理想を貫こうとしなくても良いのだと、わたくし達は気づいたのです」
「大事なのは自分にとっても相手にとっても無理をしない、無理をさせないこと。つまり、ありのままの自然体でいることだったんです。それに気がついた時、俺と円佳様は変な緊張を感じることなく初デートを楽しめるようになったのです」
進七郎と円佳は一度目を合わせて共に微笑みを浮かべると、次はその表情を映像越しの生徒の皆に向けてこう締め括った。
「「初めてだから、相手が大事だから、その想いはそのままに。ただ、力を入れすぎず自分の気持ちを真っ直ぐに伝えられる、自然体でいられるように。皆様の恋路にご多幸のあらんことを、お祈り申し上げます。ご清聴ありがとうございました」」
進七郎と円佳は同時に深々と頭を下げると、画面の右下には''終 制作・著作──GMS部──''と表示されて。
こうして二人の映像を見届けた生徒達は、しばらくの無言の後に拍手喝采に湧いたのだった。




