そこに愛(ラヴ)はあるんか?
「うーん、ちょっとこれは悩ましいですわね」
「ややっ、一体どうなされたのですか円佳様?」
「前々から思っていたのですが、わたくし達のこの回答コーナー……ちょっとお堅すぎるような気がしていましたの」
「な、なんと……奇遇でございますね。実は俺もそう思っておりました」
生徒達から寄せられた悩みに答えていくコーナーが始まるも、すぐには本題に入らず茶番劇を始める円佳と進七郎。
この茶番劇も実はいつも通り、しかし今回は少し気色が違っていた。普段であれば天気の話や最近の世界情勢などを話題にするのだが、今はこのコーナーそれ自体を取り上げている。
「ふむ、ならばならばっ! わたくし達がすることとは何でしょうか進七郎さんっ!?」
「もちろんッ、このコーナーを変化……否ッ! 進化させることにございますッ!」
「ザッツライっ! ではいきますわよーーーっ‼ あ、そぉーれっ!」
「エヴォリューションっっっ‼」「エヴォリューションッッッ‼」
唐突に円佳のエキセントリックスイッチがオンになったかと思えば、二人はハイテンションブチアゲで謎のポーズを決めながら革命の言葉を叫ぶ。
すると画面が再び暗転して、見ていた生徒達はきょとんと目を丸くしていた。これまではまるでニュースのトピックを読み上げるように答えを提示し、解説していたこのコーナー。
それがどんな風に生まれ変わるのか、心のどこかで期待をして。そんな思いを抱く生徒達が見守っていた中で、画面には再び二人の姿が映し出される──が。
「な、なんじゃこりゃああぁああぁあああッッッ!?」
耳を塞ぎたくなるほどに騒々しい進七郎の声が響いたかと思えば。スーツ姿の進七郎は何故か両手を血まみれにして立っていた。
「な、なんでやねんこりゃあなんでやねんねんねん……! ワシャアなんでこうなっとるんや……!?」
こっちが聞きたいわという全生徒の心の中のツッコミを受けながら、進七郎はヨロヨロと地下駐車場らしき所を歩いていく。スーツが真っ赤に染まる程の大怪我に助からないことは明白であった。
「ッ……!?」
苦悶に満ちていた進七郎の顔に驚愕が入り混じる。
というのは、真正面から車のヘッドライトを当てられたからだ。しかもハイビームで。
「……あんさんがこうなるんは必然やったんやさかい、”既成概念”はん」
「なんやと……!? ワレが撃ったっちゅーんか……!?」
「そうや……。あんたのことはそれなりに好きやった……けれどもここでお別れや」
車から降りて姿を現したのは、白スーツを着込んでハットを被った如何にも殺し屋風な姿の円佳。
何故か眉を極太に描いた彼女は、冷徹な瞳と共に”S&WのМ&P9シールド”の銃口を進七郎に向けている。
「なんでや!? ”既成概念”と一緒におれば、何もかも安心安全無問題やったやないけ!?」
「確かにそうやった……あんさんとの日々は確かに気が楽やったし、傷つくこともなかった……無難っちゅー奴やったわ」
「せやろ! やったらまだまだ”既成概念”と一緒にいようや!? ワイらは二人で一つや! 地元じゃ負け知らずや‼ そうやろ──」
往生際悪く叫び続ける進七郎の言葉は、顔を横切って行った銃弾によって強制的に止められた。
言葉を失った進七郎に、鋭い視線は変えず円佳はきっぱりと言い放つ。
「そこに、本当の愛はあるんか?」
緊迫した空気の中、円佳が発したその言葉に進七郎は目を見開く。
しかしそれは生徒達にとっても同じで、驚愕がのしかかると同時に円佳の言葉がナイフのように鋭く胸に突き刺さった。
「確かに恋愛っちゅーモンは難しい。何もかもが手探りで初めてや。やから”既成概念”に頼る……つまりは誰かの見本に倣うことは分かる。相手のことを思いやってこそやしな……。せやかて工藤! ちゃう、”既成概念”はん! そこに本当の愛はあるんか!? 既に作り上げられたものに頼りっきりなのは、愛と言えるんかぁ!?」
「ぐッ、くくッ……! それは……っていうか工藤って誰やねん!?」
「ウチはそうは思わんっ! 恋愛は手探り、それが大前提なんやっ‼ 攻略本があるのはギャルゲーだけや‼ ルート分岐を引き返せたり好感度チェック出来るのもギャルゲーだけやっ‼ 一度選んだら引き返せへん、それが恋愛っちゅーモンなんやっ‼ だからこそ──お互いに好きなモン同士、”既成概念”に頼ったらあかんのや」
呆然と立ち尽くす進七郎の頬に手を添え、今度は慈悲に満ちた女神のような微笑みを向ける円佳。
その後、少ししてから進七郎は跪かせるとそっと優しく抱き寄せて、円佳は言った。
「答えなんてない……それが恋愛や。時に間違えることもあるやろうし、時に傷つくことだってある。相手のことも思いやるばかりに雁字搦めになって動けなくなったり、辛くなる時だってある。それでも……自分達で考えて自分達で追い求めること……それが一番大事なんや……」
「円佳……はん……」
「やから……これからも一緒にいてな。ウチらで創っていくんや、”既成概念”じゃなく”革命”を。そして、ウチらで探していくんや……本当の愛……相思相愛をな……」
円佳は満面の笑みを浮かべると、進七郎もそれにつられて笑みを浮かべる。
ドロドロの愛憎劇になるはずだったが、まさかの感動の結末に固唾を飲んで見守っていた生徒達からも惜しみない拍手が送られる。映像はそのまま二人が抱き締め合いながら、右下に小さく”To Be Continued”と書かれて終了していたのだった。
「──という訳で、これが今回のわたくし達の答えですわ」
「ご視聴下さり誠にありがとうございます皆様」
映像は三度切り替わり、エキセントリック関西弁寸劇をしていたのとは打って変わって実に礼儀正しいお辞儀をする二人。
そんな二人に対し拍手喝采が送られる。自分達で考え行動に移すこと、その大切さを教えてくれた感謝を胸に。
「さて、では改めまして説明させて頂きますわ。今回寄せられたお悩み……特に''ゴールデンウィークのオススメデートスポット''について」
拍手喝采も程々に収まっていくと、映像なのにまるで皆の様子を直に見ているかのようなタイミングで円佳が話し出しており。
生徒達の間に、再び緊張が走るのだった。紅子と多喜雄も含めて──。




