好きな人だからこそ。
「大和さんと壬生束君、今頃どうしてるんだろ」
「たぶん、俺達みたいにこうやって話しながら歩いてるんじゃないか?」
紅子と多喜雄と別れた後、街中を歩きながら話す進七郎と円佳。
ただ話して歩いているだけでも画になり、道行く人が思わず立ち止まって見てしまう程だが当の進七郎達はそんなことなど露知らず。その意識は、お互いに先ほど別れたばかりの二人に向けられていた。
「あの二人、物心ついた時からの幼馴染でMBK学園でもちょっとした有名人なんだ。まぁ、よく言い争いをしてるっていう意味でだけど」
「そうだったんだ。ということは、小等部の頃から一緒に通ってたのか?」
「うん。何度かクラスも同じになったことはあったけど、昔からずっとあんな感じだったんだ。だけど、あの二人を見ていても私は仲が悪そうに見えたことはなかったかな」
「お互いが好きだってことを、知ってたのか?」
「うぅん。確信はなかったんだ、中等部に上がるまでは」
「中等部?」
「中等部に上がった頃ぐらいかな、いつもみたいに言い争いをした後に、大和さんも壬生束君もどこか何か言いたそうにしてたんだ。と言うより本当のことは言えてない、伝えられていない……っていうような顔をしてた。きっとその頃から、お互いに幼馴染っていう関係を超えた気持ちを抱いていたんだと思う」
”義経院円佳”になるべく努力した結果、身につけた賢さや洞察力。円佳はそれを昔から遺憾なく発揮していたことで、紅子と多喜雄の本当の気持ちに気づいていた。
しかしそれでも、今回のように二人が本当の気持ちを伝え合うことを促すことが出来なかったのは。
「ただ、その頃の私はまだ”義経院円佳”に成らなきゃって必死に努力してた時だったっていうのもあるけど、それ以上に……恋心っていうものがどんなものなのか分からなかったんだ」
「恋心……」
「進七郎君への想いが、恋なのかどうかも分からなかった。確かに、あの時の幼い私は進七郎君に告白はしたんだけど……成長していくにつれて、あの時の気持ちが恋なのかどうか分からなくなっていった。孤独な私を友達として受け入れてくれた進七郎君に、恩返ししたかっただけだったんじゃないかって……」
胸に手を置いた後、それをきゅっと握り締める円佳。
それを見て進七郎は何かを言わないと駄目だとすぐ思ったが、裏腹に言葉は出なかった。円佳の悲しそうな表情をただ見つめるだけの苦痛な時間が流れていく──そう思いかけたのだが。
「でも今は、違うんだ」
「今は?」
「形はどうあれ、こうして進七郎君とまた出会えた。それで分かったんだ。あの時から今までずっと続いている進七郎君への想いが……”好き”だっていうことに。私は本当に、心の底から進七郎君が好きなんだってことに」
「まるちゃん……」
「だから、大和さんと壬生束君のことも今回こうして背中を押してあげることが出来たんだ。……二人がどう思ってるかは分からないけど、私はずっと二人のことを友達だと思ってたんだ。だから今回はやっと友達のことを助けられて良かったなって、心からそう思えるんだ」
歩いていた円佳は徐に立ち止まると、進七郎の顔を真っ直ぐに見つめる。
その眼差しには好意と感謝を込めて。
「ありがとう、進七郎君。私に恋を教えてくれて。進七郎君を……好きにならせてくれて」
微笑みを浮かべた円佳に、進七郎は魅入られる。「まるちゃん……」とその名を呟いたまま固まってしまう程に。
それと同時に、心には幸福が溢れ出してやまない。そうして進七郎は気がついた。
デートで行く場所は、さほど関係がない。重要なのは……自身の想いを伝え合うということに。
「ありがとうまるちゃん。俺の方こそまるちゃんを好きになって、まるちゃんを好きにならせてくれて本当に感謝してる。人生で一番幸せなことを決めろって言われたら、俺は迷わずまるちゃんを好きになったことを挙げるよ」
「そ、そんな……照れちゃうよ」
「あはは、照れるまるちゃんも可愛いよ」
「進七郎君……大胆だよ他の人が見てるのに……」
先に大胆な発言をしたのは自分の方だったのだが、円佳は進七郎のドストレートな言葉に顔を赤くしていて。進七郎はそれを見てさらに幸せが心に満ちていく感覚を覚えたのだった。
「なんだか、緊張が解れたね。肩の力が抜けたというか」
「……確かにそうかも。さっきまで議論を展開してたのって何だったんだろう」
「まぁ、お互いがお互いのことを想い過ぎても駄目ってことなのかもしれないな。まるちゃん、ここからは逆に考えすぎないようにしようか」
「考えすぎないように……うん、そうだね。初デートとかGMS部の活動のこととかもあったりして、今日は変に気負い過ぎちゃったんだね、私達」
「あぁ。相手の気持ちに一切配慮せずに能天気になるって訳じゃないけど、考えすぎるとさっきみたいな感じになって身も心も動かなくなってしまうんだな。身を以て思い知ったよ」
「うん、私も。……進七郎君、せーので行きたい場所言おっか? 水族館かショッピングモールか」
「あぁ。分かった。じゃあ……」
「せーのっ」
お互いに真っ直ぐ見つめ合いながら、笑顔を浮かべて。
そうして進七郎と円佳は同時に自身の答えを導き出した。
「「どっちも‼」
土日休み明けの月曜日、4月26日。
この日のMBK学園はいつも以上の賑わいを見せていた。というのは、円佳と進七郎によるGMS部が寄せられた相談に対する答えを示すのが、毎週月曜日であり、それは生徒の間ではすっかり恒例行事となっていたのだった。
「お二人の今回のご回答は何なんだろうな?」
「今回も画期的なお答えを下さるに違いない! 今からドキがムネムネしてきたぞ……!」
「私の質問に答えて下さったかなー? あーなんか緊張するなぁ……」
「円佳様武蔵様、どうか天啓を与え給う!」
各学年の階に設置された電光掲示板の前では、二人の答えを待つ生徒達でごった返している。誰もが期待に胸を膨らませ、普段の校内のお知らせの画面が切り替わる時を今か今かと待ち侘びていた。
「……果たして、お二人はどんなお答えなのかしら」
「まぁそんな神妙な顔をするなよスカーレッ子。そんなにそわそわしてても仕方ないぞ」
「スカーレッ子って呼ぶな!」
そしてその中には、つい先日に円佳と進七郎に出会った大和紅子と壬生束多喜雄の姿もあった。
「そうは言っても、落ち着いていられる訳ないじゃない。だって……あんたとの本当の意味での初デートがどんなものになるのか、これで決まるんだから」
「……まぁ、それもそうだな。でも今はとにかく落ち着いて、その時が来るのを待とう」
「そうね……。けどあぁ〜っ! 落ち着かないわーっ!」
多喜雄が宥めるものの、紅子が落ち着かないのも無理はなかった。何せ、紅子達もまた''ゴールデンウィークでオススメのデートスポットはどこなのか?''という悩み相談を出していたのだから。
ようやく想いが通じ合ったからこそ、ようやく恋人同士となれたからこそ、初デートは大事にしたい。その想いが紅子はとても強く、電光掲示板に発表がなされれば、すぐさまデートプランを頭の中で構築しようとしていたのだった。
「あっ──」
画面の前で各々が話したりなどして賑わっていた所で、突如電光掲示板が暗転する。気がついた紅子は思わず声を漏らしていた。
暗転したのに生徒達も気がつき始めると、会話は途端になくなっていき、いつしか沈黙して真っ黒の画面を見つめるように。
妙な緊張感に包まれた中……遂に、その時は訪れる──。
「私立MBK学園の皆様、おはようございます。義経院円佳ですわ。今日も快晴で実に晴れ晴れとした心地の朝を迎えましたわね」
「おはようございます。武蔵進七郎です。空で我々を照らしてくれている太陽に負けないように、今日も1日輝きを放ちながら頑張っていきましょう」
隣に並びながら晴れやかな笑顔を浮かべて話す円佳と進七郎の姿が映し出され、本日のGMS部の悩み相談のアンサータイムが始まったのだった。




