大和紅子と壬生束多喜雄
「あなた方は……?」
突如話しかけて来た男女二人組に進七郎はそう問いかける。
どこかで見たことがあるような顔だと、若干思いながら。
「あっ、すみません自己紹介が遅れてしまいまして。私は私立MBK学園の壱年弐組に所属している大和紅子と申します」
丁寧な敬語とお辞儀をした女子の方は、隣のクラスに所属している女の子であった。
進七郎が見覚えがあったのはそういった理由の他に、紅子が円佳に負けず劣らずの美少女であることと文武両道の才女として名を馳せていたからだであった。
名前通りのインパクトのある紅い髪のロングヘア―に、可愛らしくもあり強気な印象も与える顔立ち。容姿だけでなく、学園で実施された実力テストでも円佳に次ぐ2位の成績を収めていたなぁと進七郎は思い出していた。
(ッ……! ごめん大和さん、そしてまるちゃん……)
そして、進七郎は心の中で円佳と紅子に対し土下座をしていた。
その理由は紅子が唯一円佳に勝っている部分、服の上からでも分かる見事な膨らみを男の本能で見てしまったことである。普段は鋼の精神力を持つ進七郎ですらもつい目で追いかけてしまうほどに、紅子のそれは高校一年生とは思えない大きさであった。
これで去年まで中学生はやや犯罪の匂いがしそうだと進七郎が危惧している中、紅子の隣にいた男子が今度は口を開く。
「僕は彼女と同じく壱年弐組の壬生束多喜雄って言います。初めまして」
紅子に続いて自己紹介をした男子は、派手な髪色の彼女とは打って変わってやや落ち着いた暗い色の茶髪のショートヘアであった。
身長は紅子よりも高く177cmの進七郎と同じくらい。また目立たないものの端正な顔立ちでもあった。
「こうしてお話するのは初めてですね円佳様、武蔵君」
「そうですわね。まぁ、わたくしはあなた方の名前も顔も知っていましてよ」
「ええっ、本当ですか!?」
「オッフコースですわっ! 高貴で華麗にして人々の規範足るこの義経院円佳が、同じ学び舎に通う仲間の皆様のことを知らないなんてことはあり得ないですのよっ‼」
「す、凄いですっ! 流石は円佳様です」
(流石はまるちゃん。すぐに''義経院円佳''に成れるんだな)
円佳が気持ちを切り替えたのを見て、進七郎もまた浮かれていた気持ちを引き締めてから会話に臨む。
「大和さんと壬生束君は何をなさっているんですか?」
「まぁ野暮用と言いますか、スカーレッ子の買い物に付き合わされまして」
「ん? スカーレッ子……?」
「あぁ、すみません。紅子のことです」
「ちょっと壬生束っ! そのあだ名で呼ぶなって言ってんでしょ!? 何度言わせんのよっ!!」
「悪い悪い。もうずっと子どもの頃からこのあだ名で呼んでるからつい癖でな」
「ムッキィー! 何笑ってやがんのよ! あんたのせいで友達にもスカーレッ子スカーレッ子って呼ばれちゃうんだからねっ!」
ぽかぽかと頭を叩いてくる紅子に対し、困り笑顔を浮かべながらそれを防ぐ多喜雄。
ただのクラスメイトにしてはやたらと距離が近いように感じた進七郎は、気がつけばその質問を口にしていた。
「お二人は、お付き合いしているのですか?」
その質問に共に鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔をして固まる紅子と多喜雄。
数秒ほどそれが続いた後、先にリアクションを見せたのは紅子の方であった。
「そっ、そそそそそんな訳ないでしょーーーっ!? どうしてあたしがこんな奴と付き合わなきゃならないのよーーーっ!!」
顔を真っ赤にして大声を爆発させておもいっきり否定する紅子。次いで、壬生束はと言うと。
「いやいや俺とスカーレッ子は付き合ってなんかいませんよそもそもこいつとは幼馴染でもうそんな恋愛感情なんかとは無縁の間柄ですし今の聞いたら分かるでしょうこいつはこんなにもじゃじゃ馬で手が付けられないですし僕はごめんですよこんな気の強いワガママ女なんて」
冷静な顔でありながら句読点を一切使わない超絶早口を披露していた。
(間違いない。大和さんと壬生束君は……恋人同士だ)
その反応を見るに、聡明な進七郎はすぐさま二人の関係性を察した。そして、それは円佳も同じでありさらに追撃を仕掛ける。
「ふふふ……それは嘘ですわね」
「なっ、何が嘘だって仰るんですか円佳様っ!?」
「そうですよ。一体何の根拠があるというのです?」
「人を好きな気持ちに、イチャラブしたいという気持ちに根拠が必要だと思ってましてっっっ!?」
「「っっっ……!!」」
「あなた方はどこからどう見てもっ共にイチャラブしたい者同士ではありませんかっ!! だというのにやれ幼馴染だのと理由をつけて言い訳がましいですわよっ!! 今の時代は人生100年時代と呼ばれるようにもなり、人生を長い目で見て楽しむこと充実させることも重要ですわっ!! しっかァしっ!! 今抱いたその想いや気持ちは……まさに今この時っ!! 伝えないと意味がないのですわっっっ!!」
「「……!!」」
感銘を受け、目を見開く紅子と多喜雄。
進七郎も円佳のスピーチに感動していたところ、彼女から目配せをされる。
それはまさに合図であり、仕上げを任せたという信頼のサインでもあった。これに応えなければ、円佳の従者として失格であると進七郎は奮起する。
「円佳様の仰る通りですッ!! 確かに大和さんと壬生束君は幼馴染という関係でありッ、既にお互いのことを丸裸になるまで知っている間柄かもしれませんッ!! ですがッその心の奥底に本当の想いを沈めたまま過ごしていて良いのでしょうかッ!? 断ッじてッ否ッッッ!! 好きであれば好きと言いましょうッ!! 付き合いたいなら付き合ってくださいと叫びましょうッ!! 恋に猶予期間なんてないのですッ!! 果断迅速の即断即決ッ!! 鉄は熱いうちに打てッッ!! 想いを伝えずして高校生活を終えてはなりませんッ!! 幼馴染だから伝えないんじゃなくッッッ幼馴染だからこそ伝えるのですッッッ!! 幼馴染という壁なんてブチ壊して爆進するのですッッッ!! いざ爆進爆進爆進シーーーーーンッッッ!!」
大袈裟な動きを取り入れながら叫んだ進七郎に、周囲からは拍手が送られる。期待に応えたことに満足したのか円佳からも拍手が送られていた。
「……さて、今のわたくし達の言葉を踏まえまして、あなた方はお互いにどんな言葉を送りますの……?」
拍手を止めると、そう言って円佳は優しく問いかけた。紅子と多喜雄に向かって。
二人は気まずそうに顔を赤らめながらも、互いのことをチラチラと見つめ合う。だがやがて、深呼吸をした紅子が正面に向き直り、照れと真剣が入り混じった表情で多喜雄に伝える。
「……多喜雄。あたしはあんたのことが……好き、です」
それ以上、言葉は続かなかった。これを言うだけで精一杯という様子で、それ以降は口をキュッと締めて、上目遣いで顔を伺っている。
対する多喜雄も頬を朱に染めながらもどこか諦めたような表情を見せた後に、紅子に伝えていた。
「……紅子。俺もお前のことが……好きだ」
お互いに言葉は少なかった。
だが、そこに込められた想いはまさに万感の想いと言われるだけの深みと重みがあり。お互いに照れ臭そうにしながらも、嬉しさが溢れ出しているような表情をしていたのだった──。
「……ありがとうございます。円佳様、武蔵君」
「お二人のお陰で、俺達はようやく幼馴染っていう関係から次の関係に進めました」
「おーっほっほっほっほ! 良いんですのよ感謝など! わたくしは皆様の規範足る者として背中を押しただけに過ぎませんわ!」
「円佳様の仰る通りです。感謝しなくとも大丈夫ですよ、大和さん壬生束君」
二人の告白を見届けた進七郎と円佳。
お互いに誰かの告白を手助けし間近で見届けたのは初めてであった。
しかし胸に去来する満足感と幸福感はとてつもなく、噛み締めれば噛み締めるほど味わいが増していく。誰かの為に行動することの大切さを改めて実感していたのだった。
「では、お二人とも今後は変な意地など張らずにしっかりとイチャラブに励みなさいな」
「応援していますよ大和さん壬生束君。もちろん、何かあれば円佳様や俺……GMS部にご連絡下さい」
「はいっ! ありがとうございます!」
「ありがとうございます。では、失礼致します」
お礼を述べると、紅子と多喜雄はその場を後にした。
二人の両手はしっかりと握り締められていて、幸せそうな横顔をしているのを円佳と進七郎は共に見届けたのだった。




