GMS部の普段の活動
「なん……だと……ですわ……‼」
「ど、どうなさったのですか円佳様ッ……!?」
4月21日、金曜日。午後4時26分。
学園長に取り憑いていた”超絶クソ迷惑魔霊”の上位種、””圧倒的超絶七大神魔霊”であるネタマとの戦いから10日が経過していた。
進七郎と円佳は、新たなる日常をある意味では満喫していた。グレートマーベラス《M》スタンダード《S》部の部室(という名の円佳のプライベートルーム)にて。
椅子に座ったまま固まった円佳に対し進七郎は思わず尋ねていた。尋常ならざるその雰囲気に尋ねざるを得なかった。
「今回の”悩み”は……どれもこれも共通していますの……!」
円佳は声を震わせ深刻さを伺わせており、進七郎もまた生唾を飲み込む。これまでもかなりの苦労があったが、円佳が悩みを見た時点でこれほどまでに狼狽しているのを見たことがなかったからだ。
進七郎と円佳、この二人で創り上げた”MBK学園に通う生徒達のイチャラブの規範を示すための部活”、GMS部。
その主な活動内容は、”生徒達の恋愛に関する悩みを解決すること”である。学園全体に設置された目安箱に投書されたもの、あるいはMGS部の公式サイトへの書き込みによって悩みを投稿することが可能で、進七郎と円佳はその悩み相談に応える日々を送っている。
(ぐっ……九百九十九先輩からの脅迫、じゃなくて提案がなければ今頃は自由にまるちゃんと思う存分イチャラブしまくることが出来ていたはずだったのにッ……!)
進七郎はギリリと唇を食い縛る。
”キスをしたいが為に学園の生徒と教師を全員眠らせた挙句、学園長を失神させた疑い”を持たれたせいで、九百からの脅迫染みた提案を呑むしかなかった。何かしらの罰則を受けるよりかはマシだが、現在に至るまでこうして苦労する羽目になってしまっていることに進七郎はもどかしさを覚えざるを得なかったのだった。
「それで、その共通している悩みとは一体どのような内容なのです?」
「それは……」
「それは……?」
「”ゴールデンウィークでのオススメデートスポットを教えて下さい”とのことですわっっっ……!」
「な、なんとッッッ……!」
気持ちを切り替えて円佳に尋ねた進七郎。しかし、予想を遥かに超えるハードな悩みに足元から崩れ落ちそうな衝撃を覚えていた。
ゴールデンウィーク……言わずと知れた4月末から5月初めにかけての大型連休である。もちろんこの時期には部活動での試合が集中的に組まれたりするため学園生にとっては忙しい期間ではある。
それでも、1日くらいは暇がある。進七郎と円佳という学園史上初の超大型カップルに倣い、各学園生徒もその日はデートをしようという考えがあっての相談であった。
しかし……この相談こそが2人にとってはかなりの難題。13の難行を成し遂げたというヘラクレスが全裸で逃げ出してしまうんじゃないかと思えるほどの難易度であった。
「由々しき事態ですわね……何せわたくしと進七郎さんは初デートすらまだしたことないですもの……」
「そうですね……何か手を考えなければなりませんね。ひとまず、心を落ち着かせる為のアールグレイでございます円佳様」
「ありがとうございますですわ。あぁ~美味しいですわっ! 実に馴染む馴染みますわっっ! 最高に”ハイ”ってヤツですわぁあぁああぁあああっっっ‼」
「円佳様、寧ろ落ち着いていらっしゃらないのでは?」
アールグレイをキメてハイになっている円佳に心配の声をかけつつ、進七郎は考える。
(これまでは”お弁当箱に入れる具は何が良いですか?”とか”一緒に帰りたい時はどんな風に声を掛ければ良いですか?”とか”曲がり角でぶつかる時に口に咥えるパンはどんなパンが良いですか?”とか、恋愛経験値皆無の俺と円佳様でも何とか答えられるものばかりだった。だが今回の相談は……まさに魔王レベルの難易度ッッッ……‼ ホップステップジャンプからホップステップ走り棒高跳びをしろと言われているような鬼畜難易度ッッッ……‼)
未だにハイになっている円佳の声をBGMに、進七郎は滝のような汗をかく。
それまでの悩み相談でも苦心に苦心を重ねて円佳と共に答えを導き出して来た。だが、今回は会議を何度も繰り返した所で到底答えにはたどり着けそうにもない。答えは遥か先の頂上、エベレスト登頂を試みるかのような心地さえしていた。
「進七郎さん大丈夫ですの? 汗がナイアガラの滝のようですわ」
「円佳様……ご心配をお掛けしてしまい申し訳ございません。というか、ようやく落ち着かれたのですね。今後はアールグレイではなく抹茶をお出しするように致します」
「いえ、今後もアールグレイでお願いしますわ。どうやら、一度ハイになることで頭の中の情報を整理することが出来るようで、今はスッキリさっぱり良い気分ですわ。そのおかげで……わたくし今回の悩み相談を解決する妙案を思いついたのですわ」
「そ、それは本当ですかッ!?」
「えぇ、本当に本当ですわよ」
先ほどまでラリっていたのと同一人物とは思えないほど落ち着き払った円佳の言葉に、進七郎は思わず椅子を豪快に倒しながら立ち上がる。
(流石は円佳様ッ、俺に出来ない考えを平然とやってのけるッ‼ そこにシビれる憧れるゥ‼)
久しく忘れていた主人としての円佳へのリスペクトを抱きつつ、目を輝かせて進七郎は円佳の口が開くのを待った。まるで餌を待つペットの犬のように。
そんな進七郎に円佳はドヤ顔をかましながらたっぷりと間を使ったのち、カッと目を見開いて叫ぶ。
「今回の悩みを解決するには……わたくしと進七郎さんが実際にデートに行くことが求められますわっっっ‼」
「なッ、なるほどッ‼」
「今思えばわたくしも進七郎さんもデートは行ったことが一度もありませんでしたわっ! であれば尚更行くべしなのですわっ‼ 何故かって? わたくしと進七郎さんは恋人同士っ‼ カップルっ‼ アベックっ‼ 好一対っ‼ 相思相愛なのですからっ‼」
「なッ、なるほどッッ‼」
「これまでどことなく気恥ずかしさから休日でも勉強に打ち込み、おかげで学年実力テストでは1位と2位を独占していたわたくし達でしたが、いよいよ次のステップに進む時なのですわっ! となれば善は急げ最善はリニアモーターカー今回はさらにそれを超えて最最最善はタキオン粒子っっっ‼ 故に──わたくし達は土曜日である明日にデートに行くべきなのですわっっっ‼」
「なッ、なるほどッッッ‼」
円佳の熱弁ぶりに何度も雷に打たれたかのような衝撃に襲われる進七郎。円佳の凄さ偉大さを改めて思い知ると共に涙を流して感動していたのだった。
その後は他の悩み相談の解決などもしつつ、明日のデートプランを練った2人。ハイテンションのまま今日の部活動を終えていた。
だが、進七郎も円佳も知る由はなかった。
怒涛の勢いとテンションで推し進めた今日の部活動が……あのダージリンがキマッていたことによるものだったことに。




