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嫉妬とは。


「ッッッ……!」


 四方八方、全方位から襲い来る濁流の波。

 それに対し進七郎しんしちろうが選んだのは、いや選ばざるを得なかったのは上方に跳んでの回避であった。グッとしゃがみ込んでからの跳躍、その直後に濁流同士が激突して弾ける音が聞こえた。


「人間離れしタ凄まじい膂力りょりょく、素晴ラしいですね。そしてそれ以上に……妬マしい」


 迫りくる濁流の壁を抜けた先、空中で進七郎はネタマのそんな呟きを耳にし。

 そして目にしたのは細く鋭く固めて槍のような形状と化した濁流の数々。次の瞬間に何が起こるのか進七郎は理解し戦慄する。


「【槍青除そうせいじ】」


「ッッッ──‼」


 それまで操っていた濁流とは異なり、【槍青除そうせいじ】は範囲を絞る代わりに速度が大幅に強化された技。弾丸のような速度で撃ち出されたそれは、進七郎の予想を遥かに超えていた。


「ぐッ……!」


「ほほウ! あれすらも直撃は免れまシたか。空中で自由に動けなイのに全く以て恐ろしい方ですねェ。この段取りで殺せなかったのはあなたが初めてデすよ」


 ネタマはパチパチとわざとらしい拍手と上っ面だけの称賛を送る。

 予想は超えていたが予測はしていた進七郎は確かに直撃は免れた。しかしそれらは脇腹、肩、顔を掠めており、血がそれぞれの傷口から滴っている。


「ナるほど、やはリその才能……あの忌まわしき技の使い手の継承者というノも納得です。あぁ忌まわしい……アの技もそしてソの才能も……妬ましイ……」


「……”武蔵むさしボーン流格闘術”のことも知っているんだな」


「もちろんデすよ。我々には如何なる物理攻撃も通用しナい、なのに()()()()()()が考案したあの技だけハ確実にダメージを負わせ、我々をも死に至らせル。全く以て忌々しイ……!」


(……なるほど。つまりは''武蔵ボーン流格闘術''は、”圧倒的超絶セブンスゴッ七大神魔霊ド・デーモン”達にも通じる訳か)


 進七郎はネタマに対し質問を重ねることで、体力回復を兼ねた情報収集を行っていた。

 あっちが勝手にワーキャーと怒り狂っている間に、次の作戦を静かに構築する。なるべく悟られないように。


「お前達にはあらゆる物理攻撃も通用しない、ならば何故''武蔵ボーン流格闘術''だけは通じるんだ?」


「えエっ!? 継承者のくセにそんな事まで知らないとは……私ちょっとばかりドン引きしチゃいました」


「親父からは何も聞かされていなくてな、生憎と俺は''武蔵ボーン流格闘術''については何も知らない。だが、初めて''超絶クソ迷惑魔霊(マッド・デーモン)と戦った時は……何となくだが()()()()()()()()()()()()


「ふンっ、そんな予感によくもまァ命を賭けれたもノですねえ。いつまで経っても、人間には理解が及ビませんね。まぁ、親切な私が教えてあげましょウ。何故''武蔵ボーン流格闘術''の使い手が我々を殴りダメージを与えられるのか。それは''陽の気''を扱っているからでス」

 

「陽の気……?」


「人間社会のみならず、この世界は陰と陽で成り立っていマす。陰陽五行説くらいなら聞いタことがあるでしょう? 


(ネタマの話、陰陽五行説とか武蔵ボーン流格闘術が陽の気の扱いに長けているとか。陽の気=ポジティブな感情、熱量のある想い、)


「……なるほど。色々と説明してくれてありがとう」


 進七郎はネタマに頭を下げた。

 礼を言った理由は二つあった。''武蔵ボーン流格闘術''や''超絶クソ迷惑魔霊(マッド・デーモン)に関する話を聞かせてくれたことに対して。

 そしてもう一つは──体力が回復し、倒す為の算段がつくまでの時間をくれたことに対してであった。


「礼はッ、この拳をくれてやるッ!!」


 進七郎は顔を上げるや否や全速力で駆け出した。

 最初に走り出した時以上の速度を出すとネタマの目の前まで一瞬で距離を詰め、勢いそのままに殴る──ということはしなかった。

 半ば不意打ち気味であったので躊躇ちゅうちょしたのか? 否、そうではない。進七郎は伺っていたのだ。自分の攻撃を撃ち込むベストなタイミングを。


「ぐヌっ……!」


 ネタマは進七郎の攻撃に合わせ、カウンターで【槍青除そうせいじ】を放とうとしていた。だが、進七郎が絶え間なく移動をした上で攻撃を仕掛けそうで仕掛けないということを繰り返していることで、どのタイミングで放てば良いのかを決めあぐねていた。

 濁流を凝縮し固めて放つという技の性質上、【槍青除そうせいじ】は一度放てばしばらく打つことが出来ない。だからこそネタマも打つのには慎重にならざるを得なかったのだが。


「こノっ……ちょこまかとしヤがりますねェっ!」


 ネタマは根負けし、展開していた【槍青除そうせいじ】を全て撃ち出した。


(ここだッッッ‼)


 降りしきる槍の雨の中、進七郎はその合間を縫うようにして躱しながら距離を詰めていく。両手を大きく広げ、無防備という他にない状態のネタマに猛烈な勢いで迫る。


「うおぉおおぉおぉおぉおぉおおおッッッ!!」


 元から短期決戦の腹づもりであった進七郎は、そのコンマ数秒に全てを賭けた。槍の全てを躱すことも叶わず時に顔や身体を掠めさせながらも、ネタマ目掛けて一陣の風と化すかのような速度で突っ込んで行く。

 そうして槍の雨を潜り抜けた先にいたネタマは、ただひたすらに隙だらけ。技を使った反動なのか、距離を詰められたことが分かっていてもネタマの方にすぐには動く気配もなく。


「はぁああああああああぁああぁあッッッ!!」


「ぐウゥおおおがっ……!?」


 進七郎はおもいっきり握り締めた拳を、ネタマの左胸付近に撃ち込む。

 完全なる直撃、間違いなくクリティカルヒット、会心の一撃。ネタマの断末魔からも確かな手ごたえを進七郎は感じていた。


「なッ……!?」


 勝負は決した……はずだった。

 しかし進七郎が思い知らされた事実は残酷なものであった。確実に左胸を捉えたはずの拳は、()()()()()()()()()()()()によって阻まれていたのだから。


「ふゥ。危ない危ナい……我ながら保険を掛ケておいて良かったです。全力で動くと、まさか私の【槍青除そうせいじ】でも捉え切ることが出来ないトは……つくづく、恐ろしい才能ですネ。だからこそそれが──妬まシい」


 右拳を捉えて離さない水以外には、何も操っていなかったネタマ。それでも、進七郎に対して嫉妬を抱いたことで力を得て、新たな水を生み出すことに成功していた。

 進七郎は全力で右拳を水から引き抜こうと試みている。だがその努力も空しくうんともすんとも拳は動かない。まるで巨大な岩山と右手が結び付けられているかのような心地にさえ襲われていた。


「最期に教えてあゲましょう。人間の欲望につイて。人間が最も抑えられない欲望とハ何でしょうか? 食欲? 睡眠欲? 性欲? ……いいエ、違います。答えは”比べる欲”でス。人間とは集団で群れることを選ンだ生き物でス。ソれ故に他の個体と己の違いを比べたがるのデす」


 進七郎が精一杯の抵抗を見せる中、ネタマは水を操りながら話し始める。その言葉や声には生温かい水が耳の中にぬめりと入って来るかのような気持ち悪さを感じずにはいられなかった。


「他の個体が己より優れていたラ、他の個体が己にないモノを持っていたら、人間は嫉妬せずにはいらレない。心の奥底カら生まれた嫉妬はまるで湧き出る水のよウに際限なく溢れ出して止まらない。いや、止められなイのです。おかげデ、嫉妬の味が好物だった私は食べるのに全ク困りませんでしたよ。……でスが、やはり若く才能と可能性に満ち溢れた若いガキ共を見るト、私自身も嫉妬してしまいまスねェ……」


 操っていた水が一本の形にまとまる。

 形状はもちろん槍。それはゆっくりと進七郎の左胸の前に向けられた。


「あァ、先ほどあなたが言ってくレましたね。では、こちらもお返し致しマしょう。”この嫉妬をくれてやる”──」


 ネタマのその一声と共に──進七郎の心臓を槍が貫いたのだった。



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