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MGK学園に吹く新たな風


 私立МGK学園──都内某所にあり、小中高一貫の名門マンモス学校。

 生徒数は6200名に及び、それに見合うだけの充実した教育や設備、和洋折衷の多彩な個性を持つ校舎に広大な敷地面積を誇っている。名門大学や各大企業とのパイプも強く、入学することが出来れば将来の勝ち組を約束されるとも言われている。

 そんな場所であれば、必然的に全国から文武両道の才能溢れる生徒達が集う。学内はまさに群雄割拠の戦国時代、誰もが学校の頂点に立たんとしていた。

 

 その競争の激しさ故に、恋愛など御法度というような雰囲気がどこか流れていた。男女同士で対立し合いお互いが自身の気持ちに素直になれず。最早恋愛すらも勝負の一環として”惚れたら負け、告白したら負け”という暗黙の了解すらも、生徒達は小学生の頃から理解してしまっていた程に。


 だが……そんな時代がつい最近ではあるが、とうとう終わりを告げた。

 

「あははははは~」


「うふふふふふ~」


 手を繋いで嬉しそうに二人で登校する脳内お花畑のカップル


「はいこれお弁当。べっ、別にあんたの為に作ってあげた訳じゃないんだからねっ! あたしのお弁当を作った時に材料が余っちゃったから、SDGsの側面から鑑みて料理資源を有効活用しただけだからねっ!」


「スカーレッ子は本当に素直じゃないな。でもありがサンキュー、有難く貰うよ」


 校門の前でお弁当を差し出すツンデレ気味の女子生徒とやれやれ顔の男子生徒


「先輩、好きっス!」


「俺もだ後輩! 二人の交際の成就を願って、夕日に向かって走ろうじゃないか!」


 朝から熱烈な告白をし合う胴着を着こんだ熱血系カップル。


 バラエティに富んだ様々なカップルが、今のMGK学園には爆誕していた。

 この間までならあり得ない光景、学園のOBOGが見たら確実に卒倒するほど衝撃的なものであった。

 だが、今の学園生は恋愛……”イチャラブ”することを謳歌している。


 それもこれも──全ては()()()()()()()()()()()()()()()がきっかけであった。


「おぉっ! いらっしゃったぞーーーっ!」


「あぁ、今日もお二人ともなんと麗しいお姿……!」


「まさに我らの理想っ……イチャラブの在るべき形っ……!」


 正門を潜り共に並んで歩く男女。もちろん、その両手はしっかりと恋人繋ぎで結ばれている。

 それまでお互いにイチャイチャしあっていた生徒達はそれを止めて、二人をまるで神をも崇めるかのような目で見つめ讃えていた。中には涙を流して感謝する者もいるほどに。

 だがそれも不思議な話ではなかった。何せ100年目にして不変だったこのMGK学園の歴史を、根本から変えてしまったのだから。


「皆様、おはようございますですわ」「皆さん、おはようございます」


 

 皆に向かって同時に挨拶をするほど息もぴったりな、義経院ぎきょういん円佳まるか武蔵むさし進七郎しんしちろうの二人は。

 先日、進七郎が円佳に対して行ったあの熱すぎる告白は当然学園中に広がった。恋愛御法度のこの学園において、まさかのあの義経院円佳が出会ったばかりの素性も知らない男子生徒からの告白を受けるなんて。

 だがその衝撃は幸いにも良い方向に舵を取り、進七郎と円佳にとっても実にイチャラブしやすい環境となっていたのだった。


「円佳様、今日も皆さんが見ていますね」


「えぇ。まぁこの高貴で優雅なわたくしやそんなわたくしの彼ピッピである進七郎さんに見惚れることは当然のことですのよ。おーっほっほっほっほっほっほっ‼」


(良かった、今日もまるちゃんはご機嫌みたいだ)


 円佳の高笑いを聞き、表情には出さないが心の中でほっこりする進七郎。

 手を繋いで円佳と登下校をするのは最早日課と化していた。が、その中でも進七郎はこれまでに味わったことのない幸せを感じていた。大好きな円佳の隣にいられることの幸せを。


「むッ──!」


 しかし、進七郎はただ円佳の彼ピッピであるのみに非ず。

 幸せを全身で感じながらもその神経を研ぎ澄ませ、”従者”として主人である円佳を守るのもまた進七郎の務めであった。


「円佳様危ないですッ‼」


「きゃあっ!?」


 円佳の悲鳴が上がったのは、進七郎が咄嗟に彼女の身体を抱き寄せたからであった。


「ふぅ、驚かせてしまい申し訳ございませんッ! もう少しでミツバチがお肌に触れる所でしたのでッ! ミツバチは基本的に好戦的ではないとはいえ人を刺す時もございます。しかも彼らは一生に一度しか針を刺すことが出来ず、それすらも命がけ。あのままミツバチが円佳様に当たっていたら、円佳様が刺された上にミツバチ自身も命を落とす危険性ございまし……た……」


 ミツバチの行方を目で置いながらその姿が見えなくなるとほっと一息つき、円佳に視線を戻した進七郎。

 そこでようやく気づく。円佳が驚いた顔のまま固まっているのかを。


(──しまったッ!! 円佳様が近すぎるッ!! ミツバチのことがあったとは言えッ、これはいくら何でも大胆過ぎるんじゃないかッ!?)


 密着し、吐息すらもかかりそうな距離。周りの生徒達と思わず手で顔を覆ってしまいそうなほどの至近距離にいる自身と円佳。

 それを一度自覚してしまうと、純朴な進七郎はド緊張で固まってしまっていた。離れなくてはならないのに、身体が氷漬けになったかのように言うことが聞かなかった。


「進七郎さん……」


 その最中、静かに円佳が口を開く。

 いくらイチャラブの規範であるべきだからと言って、大胆過ぎたから怒っているのか。

 はたまた許可もなくその御身に触れたことを無礼であると怒っているのか。

 どちらにせよ、円佳が怒るのは確実。避けられない運命で。進七郎はゴクッと生唾を飲み込んで覚悟を決めていた。


「全く、駄目ですわよ。わたくし達がいくらなんでも皆様のイチャラブの規範であるべきとは言え、これは大胆過ぎますわ」


 しかし、目の当たりにしたのは想像していた般若のような顔ではなく、困ったように微笑む女神のような顔。それは彼ピである進七郎も、れっきとした彼女がいる他の男子達も言葉を失い見とれてしまうほどの慈悲深さと美しさを纏っていたのだった。


「どうか、放課後まで我慢してくださいまし。そうしたら……わたくしの方から、ギュッと致しますわよ」


 最後に頭を撫でて、ウインクまでしてみせた円佳。その場にいた幾人もの男子達はおろか、女子達までも卒倒させるその可愛さは反則すぎた。レッドカード5000兆枚あっても足りないほどの規格外の破壊力だと思わせてしまうくらいに。


「円佳様……」


 颯爽と歩くのを再開した円佳に、進七郎はしばらく固まってしまいついて行けなかったのだった。

 円佳は己の可愛さによって心臓麻痺を起こして意識を失った生徒達が作る花道を歩いて行く。誰が見ていなくとも、''義経院円佳''としての立ち振る舞いと表情を保って。


(はっ……はわわわわわぁ〜! わっわっわっ、わたしっ、ってばあんなだっ大胆なコト言っちゃったぁ……! 放課後、進七郎君に……その……ギュッとしてあげるなんて……!! う、うわーん恥ずかしすぎるよぉ〜……!!)


 しかし、心の中では本当の自分──''まるちゃん''

としてのありのままの言葉を、盛大に叫んでいたのだった。



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