武蔵進七郎だッッッッッ!!!!!
「バ……馬鹿ナ……!?」
「進七郎……君」
立ち上がった進七郎に、円佳も千頭も驚かずにはいられなかった。
だが、当の本人である進七郎は千頭のことなど一切意識に入れていなかった。「あノ勢いで地面二叩キ付けらレて立ち上がれルはずがなァい‼」とか何とか言ってるのも耳に届かず。
ただ、進七郎は円佳だけを見ていた。優しい、微笑みを浮かべて。
「まるちゃん、怖かっただろ? 俺の為に戦おうとしてくれて、守ってくれて……ありがとう」
「進……七郎……君……進七郎君……っ! わぁああぁあああんっ‼」
進七郎は円佳に抱き締められた。
喚いて親に泣きつく子どものように力いっぱいに抱き締める円佳。そこに”義経院円佳”としての気品も、優雅さも、堂々とした凛々しさもなく。
今の彼女は、進七郎が最もよく知る”まるちゃん”であった。気弱で、ひょんなことですぐに泣き出してしまう、いつも怯えるような表情をしていたまるちゃん。
(そんなまるちゃんがこんなに震えてまでも……戦おうとしていた。俺を、守ってくれた)
何度も何度もそのことを心の中で反芻しては、心の中に何か熱いものが宿っていく。自分の血が付くことも一切気に留めず胸にしがみついて泣きじゃくる円佳を、進七郎も抱き締めた。背中に手を回し、完全に身体を密着させる形で。
(……温かいな。まるちゃん。心臓の音も、速い)
円佳の体温、円佳の鼓動。
抱き締めることで伝わって来る、円佳が生きている証。円佳がここにいる証。
その時、進七郎は不思議と幸せだと思った。確かにこれまでも自分は円佳の傍に仕えていたし、何なら混浴だってしたこともあった。
(でも、なんて言うんだろう。まるちゃんが生きてることを改めて理解したような気がする。頭でじゃない──心で)
瞬間、進七郎は思い出した。
円佳を庇い、命に関わる重傷を負ったあの日のこと。忘れもしないあの綺麗な夕陽と、忘れもしないあの円佳の微笑みと告白。
初めて誰かを──大好きな円佳を守りたいと思った時のことを。
「……今度こそ、俺が守り抜くよ。まるちゃん」
泣き疲れたことや進七郎が意識を取り戻したことによる安心感から、今度は自分が気を失ってしまった円佳。そんな円佳に静かに声をかけると、進七郎は優しくその場に寝かせた。制服が汚れないように自身の制服を下にして。
「さて、準備は……いいかッ‼」
そうして、優しく微笑みを浮かべていた顔に今度は憤怒を刻み、振り返って叫ぶ進七郎。
振り返った先にはもちろん千頭。だがその姿は5m程の筋骨隆々とした巨躯に3m程の太さもある肥大化したチェンソーのような右腕、極めつけに全身の至る所に人間の顔のようななど、元が人間とは想像も出来ない程の異形と化していた。
「あァ~こっチもちょうど仕上がっタ所だぜェ~? てメェは何だか他ノ人間とは”ちょっと違う”ミてェだから、こッちもソれなりの姿にナらねェとなァ‼」
「う……おッ……!?」
「ヒャハハハハ八ァ‼ ビビったかァ!? 恐怖シたかァ!? 良いぞォ……もっと怯えろォッ‼ それがオレ様達の糧になるゥゥぅうううンンンッッッ‼」
千頭は笑いながら進七郎の心臓の音に意識を傾ける。
先ほどの戦闘でも実力差は歴然。さらに今は戦闘力を高めた上にビジュアル的にも恐怖を覚える姿となっている。さぞ、進七郎は恐怖していることだろうという予想に、口は吊り上がらざるを得なかった。
「……ハァ?」
だが、その予想は当たらなかった。それも全くと言っていいほどに。
進七郎の心臓は至って普通の脈動で。しかも音の雰囲気から、恐怖など微塵も抱えてはいなかった。
「ナ、何故お前は今ノオレ様を見テ一切恐怖を持ってイないんだ……!?」
「そんなの決まっている。まずは大切な人が、大好きな人が傍にいること。その事実とその人を守りたいという気持ちがある限り、俺が恐怖に屈することはない。そして……──今のお前の姿、どっからどう見ても安いホラーゲームの雑魚敵だからな」
進七郎は煽り返す余裕すらあった。これでは恐怖で心臓が速くなることなどなく。
さらに、千頭は自ら煽ることはあるが自身への煽りへの耐性は皆無であり。
「ンだとこの馬鹿ゴミカスカトンボ間抜けゴミクズカス餌野郎がァあぁああぁァアアァアアあぁアアああァアアあぁぁアアッッッ‼」
それまで進七郎に放った全ての罵倒をふんだんに使ったフルコースを口から発しながら、右腕のチェンソーをフル回転させて一心不乱に突撃する千頭。
体格の差、そして先ほどの結果。どこからどう見ても絶対に進七郎が勝てるはずがない。千頭はそう確信しており、仮にこの戦いを見ている人間がいたとしてもそう確信する。
だが、ここにいるのは……武蔵進七郎。
ありとあらゆる常識が通じない、まさしく──規格外の漢であった。
「はァ……?」
次の瞬間に千頭が目にした、いや感じた感覚は”虚無”
胴体を切断するつもりで振り切ったはずの右腕が……木っ端微塵になっていたのだ。
「なッ……何ィいぃいいいぃいぃいぃいィィィィッッッ!?」
「む、しまった。力加減を誤ったか」
「お、お前オ前お前オ前お前ーーーー何ヲしやガったァアアぁあぁアア!?」
「俺の左拳をぶつけて右腕を粉砕した、それだけだが」
「ざっけンじゃねェえぇええぇええぇええェェェ‼ 餌如きがオレ様にこんなこんなッッッ……がァアアァアアァアアあああああぁアアッッッ‼」
さらに激昂した千頭は早く喰いたいという焦りもあり、首を伸ばす。臼のような大きさ且つ鋭利な牙を光らせ、ついでに涎を垂れ流しながら憎き進七郎を喰らわんとする──が。
「はあッッッ‼」
「べるギィっっっ……!?」
大きく開いた口を両手で受け止めると進七郎はそこからビクとも動かない。衝撃にして今の千頭の突撃は大型トラックがノーブレーキで突っ込んで来た時ほどのもので、生身の人間である進七郎が受け止められるはずがない。
驚愕していることもあって身動きの取れなくなった千頭に対し、進七郎は静かに語り始めた。完全に取り戻した、記憶を辿って。
「昔、エイプリルフールに圧倒的クソ親父が酔った勢いで口にしたある話を思い出した。俺や親父が身につけている”武蔵ボーン流格闘術”の発祥を。創始者は源義経に仕えた最強の僧兵と名高い武蔵坊弁慶。最期まで義経への忠誠を貫き、その身を尽くして守り抜いたのは誰もが知る所だろう」
「そレが……なンだっテんだ……!?」
「義経は実の兄である源頼朝から疎まれ、命も狙われていた。ここまでは教科書にも載っている話だ。そしてここからは、”武蔵ボーン流格闘術”の継承者にのみ伝えられている話だ。頼朝が義経を疎んだのは自らを超える圧倒的な才能を持っていたことが主な原因とされている。だが頼朝は後に鎌倉幕府を開き関東武士達の頭領にもなった器量の持ち主、自身の嫉妬心は必死に抑え込んでいた。だがそれを助長させ、自らの弟である義経を凶刃にかけるように頼朝を唆した奴がいる。まさしく”魔が差した”と言うべきような」
「ッ……!」
「それがお前達のことだ──”超絶クソ迷惑魔霊”」
鋭い目で睨みつける進七郎が口にした聞き馴染みのない言葉。
それこそが、千頭に取り憑いている存在の正体であった。
「人の生命力を餌にし、人の持つ負の心につけ込んで身体を支配する、まさしく超絶クソ迷惑と言うしかない悪霊。原因はよく分からないが、義経はお前達にしつこく付き纏われていた。故に、義経を守る為に弁慶が考案したのが”武蔵ボーン流格闘術”の発祥だ。圧倒的クソ親父がエイプリルフールについた嘘だと思っていたが、お前を見て事実だったんだと確信が持てたぞ」
「ヒャハハハハッ……マさかあの格闘術ヲ使える奴がマだ生き残っテやがったとハ……。ようやく納得したゼェ……てメぇがオレ様と渡リ合エる理由がなァ……!」
受け止められつつも、話を聞きながら”超絶クソ迷惑魔霊”は次なる手、ならぬ口を進七郎の死角から背後に展開。進七郎を喰らうべく、虎視眈々と機会を伺っていた。
「けどそモそもオレ様達に立ち向カおうとシてんのが間違イなンだよォおぉおおぉおおおォぉォあぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあァアアァアアあぁアぁ馬鹿ゴミカスカトンボ間抜けゴミクズカス餌野郎ああああああああぁッッッ──はッ?」
だが、”超絶クソ迷惑魔霊”の企みを進七郎はまたも一撃で粉砕する。
慢心はなく、確実に喰らうつもりで放った攻撃が先程と同じようにいとも簡単にかき消され、 ”超絶クソ迷惑魔霊”は口を大きく開けたまま固まってしまっていた。
「間違えているのはお前の方だ」
隙を逃さず、進七郎は一瞬で懐に潜り込むと既に拳を握り締めていた。
その瞳には倒すべき相手の姿と共に。
守るべき大切な、大好きな円佳のことも浮かべていた。
「俺は馬鹿ゴミカスカトンボ間抜けゴミクズカス餌野郎じゃない。よく覚えておけ、俺は……”武蔵ボーン流格闘術”26代目継承者にして義経院円佳様の従者であり──まるちゃんのことが大好きな武蔵進七郎だッッッッッ!!!!!」
想いを込めた叫びと共に放った拳は”超絶クソ迷惑魔霊”の左胸付近に直撃し。
円佳を傷つけ泣かせたクソ野郎は、跡形もなく粉々に砕け散ったのだった。




