私立MBK学園生徒会長・千頭従道
「あなたは……確か入学式の際にスピーチをなさっていた千頭会長?」
「そうとも! 僕こそがこのMBK学園の生徒会長──千頭従道さ‼」
金髪の髪を指でくねくねと弄りながら、決めポーズをぶちかまして登場した千頭。背景に思わず薔薇が見えてきそうな心地さえも進七郎はしていた。
(千頭会長……言動こそちょっとアレだが、MBK学園においては円佳様に次いで有名人。さらには”賢帝”の名で生徒達に親しまれている人だったか)
基本情報を即座に思い出しながら、進七郎は静かに周囲の”異常”の様子を探る。
(何故、千頭生徒会長の声がした途端に俺と円佳様以外の全員が意識を失ったんだ?)
通学路に並び”義経院”ロードを形成していた生徒達が、ドミノ倒しのようにその場に倒れている。
その光景は異常と呼ぶしかなく、何か得体の知れない予感を感じつつもそれは胸に秘め、進七郎は千頭との会話に臨もうとしていた。
「千頭会長、一体どうなさったのですか? あなたがこんな時間に此方にいらっしゃるなんて」
しかし、それを阻んだのは円佳だった。
先ほどまで見せていた乙女全開の”まるちゃん”ではなく、進七郎の前に立つ今の彼女は紛れもなく”義経院円佳”としての円佳。凛とした声色と威風堂々とした立ち姿がそれを物語っている。
「いやぁ、王として見逃せない案件が起きてしまってね。じっとしていられなかったんだよ」
「その案件とは一体何ですの?」
「ははっ、決まっているさ。僕の伴侶である円佳、そんな君に武蔵進七郎が告白したことさっ! 純愛を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまえと言うだろう? つまり今回、僕と円佳の純愛を引き裂かんとする不逞の輩には死んで貰おうと思ってね!」
「「……はい?」」
進七郎と円佳は同時に疑問の声を上げた。
ずっとキラキラとしたオーラを放ち、爽やかにポーズを決めたりしながら話す千頭。しかし、その話の内容は理解不能だった。
「いや、何を仰っておられるのか全く分かりませんわ。わたくしが千頭会長と伴侶? そのような事実は一切ございませんわ」
「んーその強気で凛とした物言いに態度! 実に素晴らしい……それでこそ僕の伴侶だ! だが実に悪い子ちゃんだね、嘘をつくなんて!」
「嘘をついているのはあなたの方ではありませんこと? 確かに高貴で華麗で生徒達の規範たるこのわたくしに憧れを抱き、結婚しているという妄想をするのはよく分かりますわ。ですが妄想を現実と混同し、意味の分からない言動で周囲を巻き込み迷惑をかけるのはお止め下さいませんか? ''賢帝''とも呼ばれたあなたらしくございませんことよ」
「おぉ……これはこれは。手痛い所を突いてくるねぇ……流石は義経院円佳だァ……」
(……ん?)
瞬間、千頭の放つ雰囲気が変貌したことに気づいた進七郎は咄嗟に身構えた。
いや、身構えざるを得なかった。円佳は「どうしたんですのその話し方は?」と千頭に尋ねているだけで、異変に気づいている様子はない。
(先ほどまでのうっとおしさを覚えるようなキラキラナルシストな感じではない。何だこの……ねっとりしたへばりつくような──おぞましさは)
全身に鳥肌が立つような悪寒に襲われながらも進七郎は動く。自身の前に立った円佳のさらに前に立ち、彼女を守るべく千頭と面と向かい合う。
張り詰めた空気の中、口から涎をダラダラと流し項垂れていた千頭。
「やハり俺はオ前が欲しイぞ義経院マル佳ァァァアァァァァアァァア‼」
次に顔を上げた瞬間、その両目は鮮血のような朱に染まっており肌色は生気すら感じさせない真っ白という顔に変貌しており。
叫ぶと同時に猛烈な速さで距離を詰めて来た。
「えっ……?」
円佳は一瞬何が起きたのか理解出来なかった。反応すら叶わなかった。
現在の目の前の状況を冷静に見極めると、それは進七郎と千頭が拳を掴み合っているというものでたった。
「突然何をなさるのですか?」
「決まっテるダルォォォォォ‼ その女ァ喰うンだよォぉォぉォオオォオオン‼」
「意味が、分かりませんッ‼」
進七郎は押し合いに負けないようにしつつ、上手く腕を引くとそのまま千頭の右わき腹に蹴りを打ち込んだ。
肝臓を的確に狙ったそれは、普通の人間であれば悶絶し立ち上がってはいられないほどのダメージを負う。もちろん本気で蹴ってはいないが、それでもノックアウトするには十分な威力で打ち込んだつもりだった。
「ケヒャヒャ馬鹿じゃネェのぉ? 効くかヨそんなモンがァアアぁあああ‼」
「ッ……!?」
(一切効いていない……だとッ!? 馬鹿なッッッ‼)
進七郎は驚愕せざるを得なかった。
千頭はガードも何もせずモロに蹴りを喰らった。だが、倒れ伏すどころか全く苦しむ様子もなく、楽勝と言った様子で下品な笑い声を上げているのだから。
「邪魔だゴミカスが引っ込んデなァあァアアぁアアァオッ‼」
「ぐうッッッ!?」
驚愕せざるを得ないことはまだ続く。
脇腹に打ち込まれた進七郎の足を掴むと千頭は飛び上がる。高さは優に10mを超えており、どう考えても人間の跳躍力だとは思えない。
「堕ッチなあァあアああぁああァァカトンボォオォォオオォオオォオッッ‼」
千頭によって空中で体勢を入れ替えられ、進七郎は地面に激突させられようとしていた。必死に足掻くもどうにも出来ず。
(円佳様──)
唯一出来たことと言えば、地面に激突する直前に不安げにこちらを見つめる円佳と目を合わせることだけであった。
「ッッッ……‼」
生々しい衝撃音が響き渡った。
肺から全ての空気が押し出され、叫び声を上げることすら叶わなかった進七郎。胴体を最初に打ち付けられ、次いで頭と四肢。全身を落下の速度と千頭の体重も加わった衝撃によって地面に激突させられた。
「嫌あぁああぁああああぁああぁぁ進七郎さーーーーーーんっ‼」
円佳の悲痛な叫びが程なくして響く。
しかし、その声は進七郎には聞こえていなかった。頭を打ち付けたことで音も光も何もかも届かなくなっていたことで。
「クハハハハハハッ‼ 餌がオレ様達ニ勝てルと思ッてンのかァ? こノ間抜けがァあぁアアぁ‼」
「千頭さん何をしてますのっ‼ こんなの校則違反を超えて傷害罪ですわっ‼ 早く進七郎さんから退きなさいっ‼」
「おイおいオイィ、今言っタばかりじゃねェカよォ、餌が勝テるかってよォ?」
「っ……!」
進七郎を傷つけられたことで激昂し、千頭を突き飛ばそうとした円佳。
だが進七郎の上に乗っていたはずの千頭はいつの間にか消えており、いつの間にか背後に回り込んでいて。瞬間、円佳は身の毛もよだつような恐怖に襲われていた。
「はっ……はっ……はあっ……!」
「ヒヒヒヒャ八っ! 心臓が速くナってやがンなァ? 怖イかぁこのオレ様がぁ?」
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
突如変貌し人知を超えたありえない力を見せる千頭への恐怖、確かにそれもあった。
しかし、今の円佳の鼓動を速くさせている最も大きな要因はそれではなく。目の当たりにしている進七郎の姿。頭から出血し、息も絶え絶えとなっている進七郎の弱り切った姿。
「しん……しちろう……くんっ……‼」
膝から崩れ落ちた円佳は、”義経院円佳”になる前の自分。
”まるちゃん”として進七郎の名を涙交じりに呼び、共に過ごした幼い頃のトラウマを思い出していた──。




