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進七郎は乙女心が分からない男(バカ)である。


「おはようございます、円佳まるか様」


「おはようございますですわ、進七郎しんしちろうさん(・・)


(……いつもの円佳様だ)


 チュンチュンとした小鳥の鳴き声がハーモニーを奏でる爽やかな朝、進七郎は従者としての仕事を果たしていた。

 とは言え自分が声を掛ける頃には円佳はとっくに起床しており、部屋の一画に備えられた浴室で朝のシャワーや歯磨きを済ませ、身支度を整え終えている。朝に見る彼女は既に純白の制服姿となっているのだ。

 進七郎はそれに対していつもの円佳だと思ったのではなかった。重要なのは()()()()()()()()があって、円佳が”義経院ぎきょういん円佳まるか”として己を保っていられるかどうかだった。


「あの、昨晩はご無礼を働いてしまい本当に申し訳ございませんでしたッ‼」


「あら、何のことですの? それはそうと、モタモタとしていますと遅れてしまいますわよ? 早く準備なさい。見たところ制服は大丈夫そうですし」


「へっ? あ、はい」


(忘れている……? いや、頭脳明晰で記憶力も抜群の円佳様にしてはあり得ない。とすると、覚えている上で忘れたフリをしている、ということだろう)


 すっかり慣れた屋敷の長すぎる廊下を円佳のジャスト3歩後ろをついて歩きながら、進七郎は推理していた。何せ自分の知恵の届かぬ深謀遠慮の円佳のことだ、何かしら理由があって忘れたフリをしているのだと──


「進七郎さん、ちょっとこちらへ」


「はい。どうかなさいました──かッ!?」


 いつもなら朝食を摂るための大広間に続く直線の廊下道。それを曲がったのでどうかしたのかなという疑問を抱いた直後に……円佳によって強引に連れ込まれた。ネクタイを引っ張られる形で。


「あなた、先ほどの言葉を真に受けてますの?」


「いッ、いえッ……! 頭脳明晰にして記憶力抜群の円佳様でいらっしゃいますのでッ、忘れておられるはずがなくッ……忘れたフリをなさっているのだとッ……!」


「えぇその通りですわ全く以てその通りですわっ! 賢い従者で非常に助かりますわっ! では何故なにゆえっわたくしがそのように振る舞っているのかも、当然お分かりですわよねっ!?」


(り、理由だとッ……!?)


 ネクタイを引っ張る手には明らかに力がこもっており最早尋問とすら呼べそうな気迫の円佳の問いかけに、進七郎はすぐには答えは出て来なかった。

 しかし、(あくまでも一般常識はないが)円佳に負けず劣らず賢く聡い進七郎は考えた。主人からの質問に答えない訳にはいかないのだから。

 

(まず、昨日の一連の出来事はお嬢様がシャンパンを飲まれたことから始まるッ……! シャンパンつまりは酒類、それを未成年でいらっしゃる円佳様が飲まれたことは日本の法律に当てはめて考えれば明らかに違法ッ……!)


 高速で回転する進七郎の脳は瞬時に答えを導き出し、その速度はスパコンにも劣らなかった。1度の瞬きの間に論理の構築及びそれに基づく合理的な最適解を用意すると。


「昨日の一連の出来事はお嬢様がシャンパンを飲まれたことから始まりましたッ! シャンパンを未成年でいらっしゃる円佳様が飲まれたことは日本の法律においては円佳様も仰っていたように圧倒的に違法(イッッリィィィガル)ッ……! 故に昨日のことは忘れなければならないのですッ……‼」


 真面目に、真摯に、誠実に。それらの心構えを忘れることなく、進七郎は答えていた。

 すると円佳は鳩が豆鉄砲を食ったような明らかな呆け顔をして数秒の間固まった後に。


「そっ……その通りですわっ! 流石はこのわたくし義経院ぎきょういん円佳まるかの従者っ武藏むさし進七郎しんしちろうですわっ‼ 褒めて遣わしますわおーっほっほっほっほっほっほFOOOO!! さぁあなたも盛り上がりなさいっ!!」


「かしこまりました! FOOOOッッッ!!」


(よ、良かったッ……俺の推理は合っていたようだッ! 賢い脳に生んでくれてありがとうお母様ッ!! 賢さの欠片もないけれど圧倒的クソ親父殿にも一応感謝をッ‼)


 リオのカーニバルのようにテンションに任せて激しく踊りながら、進七郎は最適解を導き出せたことを両親に感謝していた。

 確かに進七郎の答えは最適解ではあった。


(……あぁ、またお嬢様の時のエキセントリックなテンションに任せて誤魔化ごまかしちゃった……。本当は”あんな形で私が告白したこと”を忘れて欲しかっただけなのに……)


 だが、最適解が常にベストという訳ではない。

 進七郎は賢いが乙女心が分からない男(バカ)であり、そんなことなど知る由もなく。

 また、二人きりのパレードの先頭をいく円佳が”まるちゃん”の時の顔で憂いていることなども知る由もなかったのだった。










「「「「「おはようございます円佳様っっっ!!」」」」」


 流石に二人リオのカーニバルをやり続けるはずもなく、普通にリムジンに乗って私立MBK学園に登校した進七郎と円佳。校門を潜ればこの学園の日常風景、海を割ったモーセの如く円佳の威光によって割られた人海が為すレッドカーペットの”義経院ロード”が広がっていた。


「おーっほっほっほっほっ! おはようございますですわ紳士淑女の皆様方っ! 今日も殊勝な心掛けで何よりですわっ!」


「おはようございます」


 高らかなお嬢様笑いをする円佳に続き、深々と頭を下げて挨拶をする進七郎。もちろん進七郎に言葉で挨拶を交わす者などいるはずはないのだが。


(……ふむ。やはり殺気に近いような敵意は感じるな)


 ”義経院ロード”を歩く中で感じる刺すような視線、それが進七郎に向けた挨拶代わりであった。ただこれは昨日も感じたものであり、またその時も進七郎は特に気にしてもいなかった。


「おはようございますですわおーっほっほっほっほおはようございますですわおーっほっほっほっほおはようございますですわおーっほっほっほっほっ!!」


(円佳様は凄いお方だ。気品と優雅さを纏った歩き方を披露するその様はまさにレッドカーペットを行くハリウッドスターのよう、それでいてなるべく多くの生徒の方に挨拶を返そうとお嬢様笑いの合間に挨拶をなさっている……まさしく生徒の規範であらせられる姿だ)


「ん? 生徒の規範……」


 進七郎の呟きは円佳の高笑いにかき消されて誰の耳にも届かなかった。

 しかし、進七郎は思い出していた。”生徒の規範”という言葉から導き出される記憶の中にある円佳の言葉を──


『進七郎さん、あなたは日本の未来のことを考えておいででして!? 今や日本は超少子高齢社会!! これを打開する為にはわたくし達学生が入学初日から恥ずかしがらずに登下校したりキャッキャウフフな雰囲気を作り上げそして好きな人と付き合いイチャラブえっちによって子宝に恵まれなければなりませんのっ!! そしてわたくしはこのMBK学園において全ての生徒の規範たる存在ですし入学初日から”同級生”のあなたと一緒に登下校するということは極めて当然なのですわっ‼』


(そ、そうだったッ! 円佳様は日本の超少子高齢社会を憂いていらっしゃったッ! キャッキャッウフフな雰囲気を作り上げねばッ‼)


 従者の使命とは何か。

 それは主人の期待に応え、さらには期待を超えていくこと。

 それを考えた時に、進七郎の身体はすぐに動いていた。


「円佳様ッ‼」


「おーっほっほっ……へっ?」


 3歩後ろを歩いていたはずの進七郎が前に回り込んできては流石の円佳も止まらずにはいられず。

 状況が把握出来ない円佳の両手を握り締め、そうして進七郎は叫んだ。



「俺とッ──キャッキャッウフフして付き合ってイチャラブえっちしましょうッ‼」



 進七郎は……乙女心が分からない男(圧倒的にバカ)だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] よし。ではノクターンへ。行こうか…っっ!! …しかし、心の声を聞く限り、アホな発言をした後はいつも内心悶絶してそうだな、まるちゃん。
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