襲い掛かってみた
少しバトルに入ります。
「トントロ、トマ、トルストイ、トンガはモンスターの足止めに専念しろ。チャックと俺は後ろのテイマーを狙う。魔術師組は後方の賢樹に目がけて、炎系魔法の詠唱始め!」
『なっ!』
ハイエナの下した命令は分かりやすい物だった。ポチとリライン達を無視して、後ろの賢樹を直接狙いに行ったのだ。時間切れがあり、自分たちの方が人数的に多い状態では、それが最善の行動だった。
もし拒絶の反応を見せればスキルを発動できるように、トントロと呼ばれた巨人族の男とトマと呼ばれたドワーフ女に加え、トルストイという剣士、トンガというファイターらしき者達が構えている。
どうすればいいか、ポチには判断できなかった。敵の狙いは背後の賢樹で、自分たちが襲い掛かっても関係なく魔法が放たれるという状況。相手は戦い慣れた様子のプレイヤー。後方の支援がなくとも、前衛・中衛の6人で十分に時間が稼げると判断されたのだろう。
そして、この膠着状態も魔法詠唱までの時間稼ぎになっていた。
このままではじりじりと負けに近づいてしまう。焦りながら何かないかと、ポチは敵を観察する。そして、一つ気が付いた。
(誰も俺を見てないぞ?)
それは、当然の事だった。始まりの街での大立ち回りは結局ユーリスの件でうやむやになってしまっていたし、攻略組である彼らは後方の事件に対する興味が薄かった。だから、ポチを戦闘対象として認識していなかったのだ。
それは、ポチたちにとっての唯一のアドバンテージだった。
(どうやら、こいつは戦闘に関してはド素人らしいな。このまま威圧するだけで、魔法が発動できそうだ。そうなると、どうにかこいつを仲間に引きづりこむ方法を考えなくてはならないな。賢樹のドロップアイテムだけでなく、竜や妖精をテイムできるプレイヤーまで手に入れたとなれば、さざ波さんからの覚えもよくなるだろう)
もう勝ったかのようにほくそ笑むハイエナは、一声鳴くと黒猫がその場から姿を消したのに気が付かなかった。
そして、もう今から何をしても魔法の発動が止められないタイミングになって、プレイヤーが油断したその瞬間だった。
「ぐあっ!」
「な、何だ!」
背後からの奇襲が始まった。それはファングと同じツイストタイガーたち。突如後ろの森から現れ、魔法使い6人にそれぞれ一匹ずつ襲い掛かったのだ。その攻撃によって、魔法の詠唱はキャンセルされてしまった。
『みんな、お願いっ!』
その瞬間を逃さないように、リラインが号令を出した。
それは、ハイエナが予想もしていなかった挟み打ちの構図。浮き足立った前衛にアンナが切り込み、ファングが風を刃のように飛ばし、ウィルが火を噴き、クリスタが水晶の槍を飛ばす。それは予想外のタイミングだったためか、一番軽装だったファイターの男は避けきれず大きくダメージを受けてしまう。
バランスを崩されたハイエナ陣営は、防戦一方になっていた。
早く指示を出さなければいけない場面で、ハイエナは困惑していた。
(何が起きた。伏兵を忍ばせていたのか? いや、いなかったはずだ。もし、いたとして、どうやって指示を出したんだ。それに6体ものツイストタイガーを用意できるはずがない。もう一人、隠れて指示を出している奴がいたということか。くそ、戦力差が……)
ハイエナの答えは微妙に間違っていた。
もう一匹は最初から目の前にいたし、どう動くかも確かにハイエナたちの前でリラインに教えていた。ただし、猫の言葉という特殊な言語ではあったが。
ポチが伝えたのは、自分が背後から襲う事。そのタイミングは魔法発動の寸前。その瞬間を狙って前からも攻撃してほしいということ。
リラインはその要求に見事応えたのだ。
(このまま、後ろの奴らだけでも俺が抑える)
ポチはスキル【猫騙し】と【猫被り】の同時使用で生み出した分身たちを操っていた。目の前にいたはずのツイストタイガーが後ろにも現れて、その上で襲い掛かれば相手は混乱するだろうという狙いも上手く嵌まっていた。
襲われた魔術師たちはどうにかツイストタイガーを引きはがそうとするが、体重差のせいで上手くいかない。普段は肉弾戦をしないために、こういった状況への対処も覚えていなかった。
先ほどまではハイエナたちが魔法を発動させるまでの時間稼ぎをしていたが、今はポチたちが賢樹の生まれ直しまでの時間稼ぎをするというように立場が逆転していた。
しかし、そんな状況は長くはもたない。
まずやられたのは、ポチの分身体だった。
「ミントから離れろ! スキル【デルタスラッシュ】」
動いたのは遊撃として中衛に構えていたチャックというハーフリング族のハンターだった。手に持っていた弓を背中に回し、腰から短刀を引き抜いて切りかかったのだ。
スキルで発動したのは剣技【デルタスラッシュ】。三角形を作るように切りつける三連技である。一度魔術師から離すことができればいいという程度の攻撃だった。場合によっては、手ひどい反撃を受ける可能性もあった。
「あれ? あれっ?」
チャックは攻撃の手ごたえの無さに不思議そうな声を上げた。そして、目の前から急にモンスターが消えたことで二度目の声を上げていた。
ポチの分身体は攻撃を喰らうと消えてしまうのだ。
「そうかっ! 後ろの敵は幻影だ。一撃入れれば、消えるぞ。前衛は後ろを気にする必要はない。前の敵だけ抑えていろ」
ハイエナは一瞬でその正体を掴んだ。そして、すぐさま自分も飛び出す。手に構えているのは明らかに高レアリティと思われる闇色に輝く槍。
『ばれたか。それなら、数で押す』
ハイエナの槍が一瞬の間に二度きらめくと、分身が二匹姿を消した。すぐさまポチが何匹もの猫モンスターを生み出していくが、抑え込んでいた魔術師たちは解放されてしまう。
ここで再度攻め手が逆転した。
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