クエストに挑戦してみた
カイルも頑張って動いてくれるんで、可愛いです。
次の日、曇りのせいで屋上での日向ぼっこを諦めた利久は、授業が終わるなりすぐさま家に帰った。そして、適当に宿題を終わらせると、ゲームの世界にログインしていた。
ログインした先でポチは全速力で走っていた。
『何で……何で、俺が魚人を追いかけてんだよ!』
前を向くと金切声をあげながらものすごい速度で走り抜けていくカイルの背と、そのカイルを追ってこちらもものすごい速さで走る魚人のぬめぬめした鱗の背中が見えた。ナナはどうにかポチの背中にしがみついている。
事の発端はカイルに連れられた港近くの猫のたまり場。魚人たちが良く姿を見せる場所に連れてこられて直ぐの事だった。
『おお、ローズがいたら昇天しそうなところだな』
流石猫のたまり場というだけはあり、見渡す限り猫だらけである。猫の種類自体はランダムで設定されているのか、耳の垂れたスコティッシュフォールドがガハガハと大笑いしている横で、ふわふわな被毛の丸っこいアウトラインに目がくりっとしたヒマラヤンがすやすやと寝ている。他にもアメリカンショートヘアや、完全に雑種といった感じの三毛猫やらまるで猫の見本市である。
さらにこの場所は周囲を家で囲まれているため湖からの冷たい風が入り込まず、それでいて太陽の光は差す。寝心地もよさそうだ。
『ふあ~あ』
『猫さん、眠そうなの』
ここに居るだけで眠たくもなるさ。
ポチは二度目のあくびをしながら思った。
『ポチの兄さん。しゃんとしてくださいっす。兄さんがしくじったら、俺っちがガクの兄貴から怒られるんすからね』
『ああ、大丈夫だよ。安心しとけ。ふあ~あ』
全く緊張感がない中に、そいつらはやって来た。
ぴくりと、その場にいた猫たち全員が髭を揺らした。さっと、湖に近い側の道を見る。
そこに立っていたのはまさしく魚人。見た目はよく想像される魚人と言える。魚に人の手足を無理やりつけて地面に立たせたような姿は、ぬめりを見せる鱗もあって人間に生理的嫌悪感を抱かせるのには十分だ。本来なら三つ又の槍を持っている事が多いが、今は猫を捕まえる為なのか何も持っていなかった。
『よし、来たな! カイル、他の奴らを逃がせ。俺が囮になっておく』
『了解っす!』
ポチはさっさと話を聞こうと思い、逃げる猫たちを襲おうとするマーマンの前に飛び出した。
「さあ、他の猫たちは追わせねえ。この俺が相手をしてやるから、さっさと猫たちを襲う理由を言いな! 事と次第によっては、三枚におろしてやるからよ!」
ケットシーの姿になって威嚇しながらかっこよく決めたポチに対して、魚人は言葉を返した。
「ガガ……グガ、ギガゴ」
『えっ?』
ポチは元の黒猫の姿になると、力なく呟いた。
残念ながら目の前いるのは魚人ではない。魚臭い臭いをぷんぷん漂わせているそいつは、プレイヤーからはマーマンと呼ばれているモンスターである。このシェルナーラの湖では一般的な雑魚モンスターだ。
ちなみに、魚人は人魚族と共に大きくは獣人族の亜種として存在する種族である。NPCはもちろんの事プレイヤーも選択可能な種族で、肌に鱗なども少なく顔も体も人に近い。
つまるところ、モンスターであるマーマンと人語でコミュニケーションを取ることは不可能である。
『うおっ! それは聞いてないぞ』
「ガギ、グガギゴ」
考えていたことが根本から駄目だったと知って茫然とするポチを、マーマンが掴まえようと手を伸ばす。首に掛けられた真珠のネックレスが鱗を叩く音でその接近に気がついたポチは、すぐさまその場を跳んで離れた。
『速い!』
「ガガ!」
しかし、逃がさないというかのように、マーマンも地面を蹴ってポチに追いすがった。中々の瞬発力である。茫然としていた分、ポチの動きが遅い。マーマンのぬめる手がポチを捕まえて……握りつぶした。
「……ガギグ?」
『それは幻影さ』
首を傾げるマーマンに向かってポチは鳴いた。マーマンが掴んだはずのポチは【猫騙し】で生み出した幻だったのだ。
油断してたな。
今のミスをそう振り返ると、ポチは一度深呼吸した。そして、爪を伸ばし、マーマン相手に構える。
そのタイミングでカイルも戻ってきた。
『全員逃がしたっす! ポチの兄さん、そんな奴倒してくださいっす』
『おうよ! 相手がモンスターと分かったんだ。切り刻んでやるよ』
ポチの威嚇にマーマンの動きが止まる。そして、一気に跳びかかった。
『えっ! 俺っすか!』
ポチを跳び越えてカイルの方に。
そして、最初に至るという訳だった。
『どうして、こいつは俺じゃなくてカイルを狙ってんだ? どうにか話を聞かないと、解決は無理そうだな』
『ひ、ひぃぃぃぃぃ! 助けてっす~』
『……叫べる余裕があれば、大丈夫だな。まずは、カイルに追いつくのが先決か』
ポチは足のギアを一段階上げる。スピードはしっかり上がったが、それでもなかなか追いつくことができない。原因は土地勘のなさと、狭い路地を防ぐ形で走るマーマンの身体が壁になっているためだ。
『しょうがないか。ちょっと乱暴に行くから、歯を食いしばってろよ、カイル!』
『は、はいっす~』
ポチは急制動をかけると、右手をくいっと動かした。マーマンの股の下を通してその視線の先にいるのは、ものすごい勢いで走るカイルの姿。
『ぐえっ!』
押しつぶされたような声を上げて、カイルが宙を飛んだ。予想外だったためか、カイルはマーマンの手を逃れて、その股の下を潜り抜けてポチにまでたどり着く。
『スキル【招き猫】成功だな。カイル、とりあえず逃げて体勢を整えるぞ』
『は、はひっす~』
宙を飛んだせいで虚脱状態のカイルを口元に咥えると、ポチは逆走した。
「グガ、ガガゴゴ」
『何言っているか分かんねえよ!』
振り向いたマーマンが何事かを、おそらくは待てという様な言葉を無視して、攪乱用に幻の猫たちをそこら中に走り回らせると、そのまま逃げだした。
***
どうにか撒けたみたいだな。
ポチ逃げた場所からある程度離れた小さな空き地で息を吐いた。
口からぶら下げたままだったカイルを放り投げ、ナナが背中でぐったりしている事を確認する。振り落とされてはいないようだ。
『さて、これからどうするかだが、まずはさっき追いかけられた理由に思い当たることがないか教えてくれないか』
『思い当たる事っすか? いや、ないっす。あんな奴らに因縁つけられるようなことはしてないっす。それよりどうしてポチの兄さんはあいつを倒してくれなかったんすか』
『……倒すかぁ。何か自分に向かってこない奴を倒すのは気が引けるというか……』
街の外で追いかけられたり攻撃されたりとしたなら、モンスターの一匹ぐらいためらいなく倒せる。だけど、ああも無視されて、しかも武器も持たず殺す気も無いとなると、それは難しい。
この考え方は自分自身が猫という、人ではないという特異な状況故のポチらしい考え方だった。意思疎通さえできれば、マーマンを倒すことなくどうにかできるのではないかとポチは考えていた。普通のプレイヤーなら一瞬で斬り伏せるなり、魔法で殺すなりしてるだろう。
どうすればいいのか。ポチは足を折って腹を地面につけて目を閉じて考える。まるで時間を正確に告げる時計のように、ポチの美しい尻尾が揺れている。元気になったナナが尻尾を追ってフラフラと空を飛んでいた。恐ろしいためか、カイルはぐるぐるとポチの周りを回っている。
どれぐらいそうしていただろうか、ポチはぱちりと目を開いた。
『何か分かったっすか!』
『いや、駄目だ。情報が少なすぎる』
やはりどうしてマーマンが猫を襲うのか、理由が分からない。
これ以上考えても結果は変わらないだろう。猫たちを守るために、マーマンを倒さなくてはいけないのか。ポチは葛藤していた。だから、まるで弱音を吐くようにポチは言葉を漏らす。
『どうにかあいつらの言葉が分かればな』
それは誰に聞かせる気も無い独白。そんな答えを期待しない呟きに、答える者が一人だけいた。
『言葉なら分かるなの』
驚きの顔でポチが見つめたナナは、当然といった顔をしていた。
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