爪を突き立ててみた
ポチとユーリスの戦いが決着……しませんでした。
延長戦といった形で、次話で決着になります。
「楽には殺さない。細切れにしてやるから、覚悟しろ」
もう隠すことは止めたのか、一瞬ラグが走ると光っていた鎧は消えて暗殺者のスタイルに変わっていた。闇丸同様に黒系統で統一された中で、まるでそこだけが騎士の名残かのように聖剣エクスカリバーを握っている。
「こっちは最初からそのつもりだ」
一人と一匹は交錯する。
もう騎士を逸脱することに躊躇いを無くしたのか、ユーリスの動きは暗殺者のそれになっている。刹那と闘った時のような騎士と暗殺者の合わせ技でもなく、単純に暗殺者としての闘い方だった。
結局、ユーリスという男は騎士になりきれなかったのだ。彼の本質は暗殺者。騎士の皮を被っていただけだった。
ユーリスは前面から打ち合う事を避け、背後や死角となる位置から仕掛ける。攻撃方法も騎士の時のような盾と剣に光魔法を混ぜたものから、【虚光魔法】による幻影や【闇纏い】による妨害などを主軸としたいやらしい攻撃方法に変わっている。
間合いをずらされ、剣の長さが変わり、闇が足に絡み、幻影が襲い掛かる。
「ほらほら、避けろ! 簡単にやられてくれるなよ!」
次には魔法が飛び出す。横に振ったユーリスの左手からいくつもの光弾が生まれ、絨毯爆撃さながらに爆発と光がリングを覆い尽くす。
全て避けきったポチは爆風に後押しされるように、ものすごい勢いでユーリスに迫った。
しかし、それを見越していたかのように、ポチが視線にはいる時にはすでにユーリスの剣は構え終わっており、最小限の動作でポチは串刺しにされた。
「この程度で終わりではないだろう。さっさと殺してやるから、出てこい」
ユーリスが叫ぶのに合わせて現れてくるポチ、ポチ、ポチ。先ほど串刺しにされたのはもう消えてしまっているが、それも合わせて全て【猫騙し】によって生み出された幻影たちだ。リングの上を大量のポチが埋め尽くしている。
しかも、熟練度が上がったことによって、その攻撃力も上昇している。鎧を脱いだ今なら、幻影の攻撃でもダメージを与えることが可能だった。
『全員突撃!』
その一鳴きを受けて、まるで波のように何十というポチがユーリスに迫った。ユーリスを中心にして猫がリング上を駆け巡ると、時に同時に、時に時間差をつけて猫たちが跳びかかる。
「ははは、これが奥の手か? 生ぬるいなあ。所詮はモンスターなんかを友人と言う愚か者か。あの二匹も死に戻りするプレイヤーなんぞを助けて、馬鹿な事だ」
『あいつらを馬鹿にするな!』
攻撃は一気に苛烈さを増す。
しかし、ユーリスは楽しそうに全ての猫を避け、レーザーを放っては吹き飛ばし、剣で切り裂き、少しずつ幻影の数を減らしていく。
「さて、これで打ち止めか」
気付けばラストの一匹も容易く切り殺されていた。
「これでお前の攻撃は僕には効かないと分かっただろう。それじゃあ、今度は僕の大技だ。一撃で消し飛ばない様に、よく見て躱してみせな!」
嫌な笑みを浮かべると、ユーリスは手の平に光弾を生み出し、握りつぶした。ポチは敵の動きを見逃さない様に、細心の注意を払う。
握り潰された光弾は内に溜めていた光を一気に放出する。リング上が先ほど以上の光に覆われ、観客席のプレイヤーたちも目を閉じてしまった。
次に目を開けた時に見たのは、いつの間にポチの背後に現れ、その背に剣を突き刺したユーリスの姿だった。幻影のように消えていくことはなく、串刺しになっている。
「ポチっ!」
ローズが叫んだ。
「ははは、すまない。大技と間違えて目つぶしをしてしまった。でも、この程度の事で避けられない猫君が駄目なんだ。さあ、僕の勝ちだ! まずはエクスカリバーの鞘を返してもらうぞ」
剣を引き抜き、ユーリスはそう宣言した。手を広げ、今か今かと自分の勝ちを告げる声を待つ。
しかし、一向に『ユーリスWIN』の文字が現れない。
「どういうことだ……」
訳も分からず唖然とするユーリスに、声がかかった。
『こういうことだよ!』
振り返ったユーリスが見たのは、こちらに襲い掛かってくるポチの姿。
(さっきの攻撃は確実に決まっていた! どうして生きている)
困惑。
ユーリスはその感情に苛立ちを募らせる。
何で猫一匹が殺せないんだ。
怒りが支配する中で、ユーリスはポチを待ち構えた。
(あいつはどうにかして防御力を上げたはずだ。だから、一撃で殺せなかった。それなら、最後はこいつで殺してやる)
「これで最後。真正面から斬り殺してやる!」
ユーリスの雄たけびに応える様に、ポチもユーリスに真っ向からぶつかっていく。
接敵までは一瞬。ユーリスが振り下ろした渾身の一撃を、ポチは右前足の爪で弾こうとする。ユーリスの攻撃の力を受け流し、自分の攻撃にその威力も上乗せしようとしていた。
(予想通りだ!)
ユーリスはエクスカリバーを透過刀鎧通しにスイッチした。見た目は【虚光魔法】によって変化していない。
ユーリスの剣は爪をすり抜け、ポチを真っ二つに切り裂いた。幻ではない証拠に、ポチのHPバーが赤くなり、そして消えた。
(勝った! やはり騎士である僕が負けるはずがなかったんだ)
ユーリスの顔に無邪気な笑みが浮かんだ。それは全てを与えられる小さな子供となんら変わらない笑みだった。
その笑みを浮かべたのが一瞬なら、ポチの変化も一瞬だった。
零になったはずのHPがいつの間にかマックスにまで回復している。
『今度こそ、終わりだ!』
斬られる前のまま、ポチは勢いを減らすことなくユーリスの胸元に飛び込んだ。
ユーリスは勝利に酔いしれたまま、胸元に突き刺さった爪によってHPが残り一割を切るのを感じた。
「おお、一体何が起きたのでしょうか。確かにポチ選手のHPは零になったように見えましたが、しかし、攻撃を喰らったのはユーリス選手の方だ」
ユーリスはぽかんとした顔から、一気に憤怒の顔に変わる。
「嘘だ! 何をした。チートか? そうだ。チートでもしたんだろう。そうじゃなきゃ説明できないじゃないか、なあ」
ユーリスが喚くが、誰も取りあわない。
ポチは余裕の顔をしてユーリスに向かい合っている。
(畜生が! 何故、こんな獣風情に俺が負けそうにならないといけない!)
目の前の猫が、小さくて無力だったはずの猫が九におぞましい物に見え始める。
「負けを認めろ。これ以上はお前が後悔する」
ユーリスは気付いた。ポチはわざと少しHPを残したのだ。いつでも倒せるという自信を見せ、心を折るために。
「嫌だ。僕は負けてない。殺す、お前は殺すぞ!」
ユーリスは無様に後ずさりながら、叫んだ。
『呪え!』
それはモモを殺した呪術の起動呪文。
リングが光に包まれると、モモを捕えた時以上の大きさの魔法陣が作り上げられる。これがユーリスの奥の手。何かあった時を考えて、大会前から準備しておいた禁じ手だった。
「呪われろ! 呪われてしまえ!」
「この罠の事は知ってたんだよ。闇丸からの情報で」
「えっ?」
ポチは前足をくいっと動かして招く動作をした。スキル【招き猫】
身体から力が抜けきっていたユーリスは、まるで引き寄せられるようにして、呪術の魔法陣の中心に立っていた。
一番近くにいる者を強制的に呪う『黄泉平坂』。餌食になったのは術者本人だった。
魔法陣から現れた黒い手のような何かが、ユーリスを包んでいく。
「嫌だ、嫌だ。僕は騎士だぞ。こんな所で負けるはずがないんだ、負けるはずが……」
人を呪わば穴二つ。このゲームの世界でもそれは変わらない。
ただ、どういった風に呪われるかは選べない。
「マケ……ズガ……マケ……ナイ……」
闇に包まれた中から声がする。
「グアアアアアアア」
それは悲鳴だった。
まるで中で何かが爆発したかのように、闇は膨れ上がった。
「どうやら最悪の呪い返しを踏んでしまったようだな。今のお前には似合いの姿かもしれないな……」
観客席からずっとユーリスを見つめ続けていたそう呟いた刹那の見上げる先には、高さ15メートルほどの闇色の巨大なモンスターとなったユーリスがいた。
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