暴露してみた
いつもより長いです。
普段は2000~4000字を目安にしているのですが、今回はほぼ6000字あります。
浅い。
そうポチは攻撃した瞬間に感じ取っていた。
爪の先は触れたが、致命傷になるほどではない。
驚き凝視する中で、しっかりと爪が突き刺さっているユーリスの姿が掻き消える。そして軽く首を抑える騎士が少し後方に立っていた。
「ああ、ユーリス様、ユーリス様は健在です。どうやらあの状況で致命傷は避けたみたいです。一瞬首筋に爪が突き立てられたように見えましたけど、錯覚だったみたいです~」
リコの私情入りまくりの声が響く。観客もおお、両者に歓声を上げた。
「僕に傷をつけるとは素晴らしい。あと、数センチ深ければやられていましたよ。ですが僕は騎士として負けられないのです。勝たせていただきますよ」
残っていた盾の半分を捨て、剣を両手で握りしめて構える。
盾を失っても毅然として立つユーリスの姿に、流石は騎士の中の騎士だと感嘆する声が聞こえる。
『良く言う。お得意の目くらましを使ったくせに』
ユーリスの姿が掻き消えたように見えたのは、それが【虚光魔法】を使った幻影だったからだ。おそらくは最初から発動しておいて、自分よりも少し前方に配置していたのだろう。ポチは見事に引っかかった形だった。
ポチが悔しがるのとは別に、ユーリスは怒りの表情を顔に出さないよう我慢していた。
(僕の完璧な騎士としての戦いを崩しやがって、この獣風情が)
幻影を使うという騎士らしくない戦いには目を背け、盾を壊し自分に爪を立てたポチをユーリスは強烈に憎み始めていた。ユーリスにとって自分こそが完璧な騎士なのだ。
それを邪魔する者を彼は許したりしない。
「おっと、盾を無くしたからなのか、今度はユーリス様から攻めるみたいです。本当は応援しちゃ駄目なんですけど、ユーリス様頑張ってください!」
リコが跳びはねながら叫んだとおり、先に動いたのはユーリスだった。若干前傾になり、下段に構えた剣で低い位置にいるポチを跳ね上げようとする。
ポチはギリギリで避けようとして、ピクリと髭を揺らした。そして少し大きめに距離を取る。
空ぶった剣はすぐさまポチの頭上に舞い戻るとまた振り下ろされる。
今度もポチは大きく距離を取って避ける。時折飛んでくる光弾は避けたり、爪で弾いたりしているが、ポチは中々距離を縮めることが出来ずにいた。戦闘経験の多いユーリスが魔法と剣を上手く用いることで、ポチの突撃するタイミングを崩しているのだ。
「どうしました。先ほどみたいな、素晴らしい攻撃をしてみてください。騎士として、真正面から受け止めてあげますよ」
ユーリスは笑みを浮かべてそんなことを言うが、ポチは一にらみするだけで何も言い返さない。だた何かを観察するように、じっと剣を見つめている。
「ほら、まだまだ行きますよ」
ユーリスの剣速が上がる。それは重い騎士剣を使っているとは思えないほどだ。剣速だけではない。盾を構えていた時に比べ、身のこなし、ステップなども全て速度を上げている。
(まるで鎧を着ていないみたいだ)
ポチの考えは正しかった。
見た目は完全に騎士の姿をしているが、一つめくればそこにいるのは暗殺者である。騎士の姿のままではポチの速さに追いつけない上に、あの爪の前では鎧による防御は意味がないとユーリスは考えたのだ。だから、ユーリスは鎧を仕舞い、今は鎧の幻を纏っているだけだ。そして、攻撃を更に厄介にしているのは剣にも秘密があった。
鎧同様剣にもがを被せられており、見えている刀身と本当の刀身との位置が微妙にずらされているのだ。紙一重で避けようとすれば、攻撃を受けることになる姑息な手だった。
『お前みたいな奴に、俺は負けない』
「何を言っているか! 分からないですよ!」
叫びながらユーリスの剣が再度ポチの体目がけて振り下ろされる。
それを潜り抜けるようにして避けたポチは、人体の死角の一つ真下から爪を振るう。
(手ごたえがおかしい)
避けることのできない完璧なタイミングで決まった爪撃だったが、切り裂くことが出来ずに止められてしまった。幻に見せかけて鎧を付けていたにしても、感触がおかしい。
「攻撃の威力が足りていませんよ」
ポチに悠長に考え込んでいる時間はない。ユーリスの足がポチを踏み潰そうと襲い掛かる。
「ちっ!」
避け様に爪で足を狙うが、やはりおかしな感触と共にその攻撃が止められてしまう。それは刹那との闘いでも見せた防御だった。
「何度かポチ選手の攻撃が当たっていますが、鎧の上である上に、あのユーリス様の代名詞ともいえる聖剣エクスカリバーの能力によって弾かれてしまっています……あれっ? でも、さっきは首筋にダメージを受けていたような……」
解説らしくリコはエクスカリバーの力だと興奮気味に話しているが、何か違和感を覚えているようだ。そして、その能力を持つ鞘はポチが持っているのだから、ユーリスがダメージを無効にするカラクリがあるはずだった。
ポチはユーリスの攻撃を避けてはカウンターで爪を振りながら、今まさに自分が爪を立てた部分を観察する。
それは一瞬の事だった。
爪を影のような何かが包み込んだ。そしてまるでそれはユーリスのダメージを肩代わりしたかのように、攻撃の次の瞬間に消滅した。
『闇が攻撃を吸収した?』
それは猫の言葉での呟きだったが、ユーリスはポチが防御のカラクリに気がついたと分かった。
「気付いたか! そうこれが僕の【虚光魔法】と対をなすとっておき、【闇纏い】さ。【光魔法】で生み出した光を調整するのが【虚光魔法】なら、これは【光魔法】で生じる闇を操る特殊スキルだ」
ユーリスの特殊スキル【闇纏い】は、闇を操るスキルだ。ただし、操れる範囲は狭く、力も弱い。その代り、一度だけ攻撃を吸収するのだ。ユーリスは幻の鎧の下で、相手の攻撃に合わせて闇を作り出し、攻撃を無効化していたのだ。
「ほら、そこにも影が出来た」
楽しそうなユーリスの様子に、ゾクリとしたモノがポチの背筋を駆け抜け。
やばい。殺される。
それは猫のアバターゆえの本能による直感だったか。
ユーリスの光魔法によって生み出された足元の影がポチの後ろ脚に絡みつく。それは足の一振りで解けるほどの弱い拘束だが、その一瞬の足止めが致命的なまでの隙を生む。
「これで終わりです。スキル【グランドクロス】」
動きを止めたポチに無慈悲に振り下ろされたのはユーリスの得意とするスキル【グランドクロス】。十字に輝く剣が真っ二つにせんと叩きつけられる。
(ハハハハハハ! 馬鹿がっ!)
動けぬために爪を交差して剣を受け止めようとするポチを見て、ユーリスは心の中で喝采を上げた。ユーリスがその手に持つのは、幻で剣に見せかけられた刀だった。西洋剣から透過刀鎧通しにスイッチされていたのだ。
びしり。その音と共に闘技場のリングにひびが入った。
誰もがポチのアバターが光になる所を幻視した。
ユーリスの顔にも一瞬騎士とは思えぬ愉悦の笑みが浮かぶ。
(これでエクスカリバーは完全に僕の物だ)
透過刀鎧通しは防御力比例攻撃の武器だ。逆に言えば防御力の低い相手にはダメージをほとんど与えられないために斬った手ごたえがほとんど感じられない。
だからユーリスは気がついていなかった。
『まだ、その顔は早すぎるぞ』
先ほど自分がやったように、ユーリスが斬りつけたのがポチの特殊スキル【猫騙し】によって作りだした幻影だとは。
「ギャアアアア、顔が! 僕の顔が!」
油断したユーリスに襲い掛かったポチが攻撃箇所に選んだのは顔面だった。他の場所と違い影が出来にくい場所を選んだ結果だった。
一の爪が顔面をえぐり、二の爪が胸元を切り裂き、三の爪が左の太ももに突き立った。
奇襲だったこともあり、一の爪、二の爪、三の爪と、都合三回の攻撃をユーリスに振るうことに成功した。この一瞬で与えたダメージでやっとユーリスのHPは7割ほどまで落ちた。
顔を押さえながら振り回される剣から逃れるようにしてポチは距離を取った。避けたとはいえ、ユーリスの【グランドクロス】によって若干のダメージを負っていた。それがなければもう一爪浴びせられただろう。
(これで火種は撒けたぞ)
ポチはユーリスから目を離さないようにして、自分の身体を一度パンチする。スキル【ネコパンチ】によってHPは全快した。
本来なら隙にしかならない動作なのだが、ユーリスはそれ以上にやばい状況に陥っていた。
「ユ、ユーリス様がダメージを喰らってしまいました。ああ、あの綺麗なお顔に爪を立てるとは、ポチ選手許すまじ、です。あれ? でも、おかしいですね。鎧の上から攻撃した二つ目以降の攻撃でもダメージが入っていますよ。エクスカリバーによってある程度の攻撃を減衰させることが出来るはずでは? さっきは出来てましたよね?」
先ほどまでは確かにダメージを喰らっていなかったのに。
一番近くで試合を見ていたリコから疑問の声が上がった。
それは次第に観客へと移り、いつしか皆がユーリスに注目していた。
「ははは、みんな落ち着かないか。猫君を過小評価しすぎだよ。彼だってここまで来たプレイヤーだ。何か奥の手のスキルでも使ったんだろう」
ユーリスはまるで堪えた様子も無く、ぬけぬけとそう言ってのけた。
「おお、そりゃそうだよな」
「ポチ。よくやったぞ!」
ユーリスは一瞬でその場の疑惑の空気を塗り替えてしまった。ポチは思惑が外れて悔しげな顔をする。
「さあ、戦いを続け――」
「ユーリスは嘘をついている!」
ユーリスの言葉に被せるようにそう言ったのは観客席にいた刹那だった。嘘という言葉に反応してか、また観客はざわざわとし始める。
ただ多くの者はその話を信じようとはしない。『聖騎士』のユーリスと、暗殺者の噂を立てられている刹那では信用度が違う。
だから、こちらには奥の手があった。
「おい、冗談はやめにしないか。これ以上僕を貶めても、刹那、君の噂が消える訳じゃない。無意味なことは止めるんだ」
「それはこれを見てから言え」
ポチはどこからか取り出して口にくわえたチップをリングの中央に投げる。
「すまない、私がもっと前にお前を止めることが出来ていたら、こうはならなかった」
刹那がユーリスに謝ると同時に、チップに保管されていた映像が大きく空中に映し出された。
そこはこの街のスラム街の映像。隠し撮りだろう構図の中央には、騎士の姿があった。
「こ、これは、消せ。すぐに消せ。今は戦いの最中だろう」
叫ぶユーリスだったが、誰もが目線をその映像にやっている。
『楽に白虎を殺すことが出来たよ。いやあ、良い経験値稼ぎになったよ』
その映像はユーリスと刹那が闘った時の物。戦闘後気が緩んだからか、ぺらぺらとしゃべるユーリスの姿が映し出されている。
『そうだ! 白虎のドロップアイテムでいい物が手に入ったんだよ。これは『白虎の雷上布』っていうんだけど、僕のプレイヤールームに飾る予定なんだ。ただ一つ残念なのは、左手だけが黒いんだよね』
そこまで映し出されたところで、音声だけ残して映像は黒く消されてしまった。ユーリスが【光魔法】の応用で光を閉じ込めたのだろう。だがしかし、あまりにも遅すぎた。
「おい、さっきの白虎のドロップアイテムだって」
「もしかして、ユーリス様が白虎を……」
疑いの種は萌芽した。
「みんな、待ちたまえ。僕とこいつらとどっちを信じるんだい。この猫は今までプレイヤーであることを黙っていた。つまり騙していたわけだ。そんな奴の事を信じるのか」
周りの者たちに聞かせるようにユーリスは言う。今まで積み重ねてきた物が崩れていく瞬間を見せられているせいか、先ほどのような余裕はない。
「そんな姿、かっこいい騎士のユーリス様じゃありません」
手の平返し。高く積み上げられていた分だけ、落差は激しい。観客たちは騙されていたことに怒りさえ感じていた。
「こんな映像がそうそう簡単にとれるわけがないだろう。合成に決まっている」
(そうでなければ僕が盗撮されるなんてミスを犯すはずがない。あの場に不審な気配はなかったはずだ)
ユーリスの疑問に答えたのは、いつの間にか姿を現した長身のアサシンだった。上から下まで黒づくめで、唯一目の部分だけが外に出ている。
「合成じゃない事は俺が保証する」
「か……闇丸。助かった」
「俺は情報屋だ。金さえ払ってもらえれば、どんな情報だって売る。それに」
選手以外リングに上がれないからか、甲斐のアバターである闇丸はユーリスを睨む。
ポチがあのスラムに呼んだのは刹那達だけではなかったのだ。隠密に長けた情報屋であり、ユーリスと同じくアサシンである闇丸にも来てもらっていた。ユーリスの真実を白日の下にさらすためだ。
「こんな奴が俺と同じアサシンをジョブにしているとか、許せなかったからな」
それだけ言うと、闇丸は一瞬でその姿を消した。
「うわー、こんな奴を様付で呼んでたとか気持ち悪い」
リコのその声が呼び声となったように、観客は好き勝手に言い始めた。
ユーリスは茫然自失の体で、膝をついてしまっていた。
「やめんか、お前ら!」
その空気を再度壊したのはやはり刹那の一声だった。
観客の陰口が一瞬で静かになり、刹那とユーリスは目を合わせる。
「はは、これで満足かい、刹那。君は僕の嘘を剥ぎ取って楽しいだろう。裏切った僕をここまで叩き落とせたんだ、それは気持ちのいいことだろう。でも、まだ僕は負けていないんだ。こんなのすぐに噂になって消えていく。僕は強いんだ。この世界ではね、強くあれば何だって真実になるんだ!」
早口でそう言うと、ユーリスは笑った。騎士であった時のナルシストな笑みではない。何かに憑りつかれたような、暗い笑みだ。
「すまない。そこまで堕ちていく前に仲間であった私が止めるべきだった。だが、ユーリス。今お前が見るのは私ではない」
刹那の視線に合わせてユーリスの視線が動く。
「おい、もう俺の番でいいよな」
「ああ、すまない。私のためにこんな茶番を……」
刹那が頭を下げようとしたが、ポチは前足でそれを止めた。
「いや、この場に立っているのも刹那や闇丸、ローズたちのおかげだ。でも、これでやっと本気の勝負が出来る。俺はユーリスを倒して友人を取り返さなくちゃいけないんだ」
ポチはこの白けきった会場で、未だ戦う気持ちを無くしてはいなかった。いや、やっと本番だとでも言うかのように、先ほどよりも一段と覇気を纏っている。
ユーリスは乾いた笑い声をあげて、呟いた。
「勝負、そう勝負だ。この勝負に勝ってまずは聖剣を揃えよう。それからだ。それからお前らを消してしまえば、今回の事は無しに出来る」
それは歪な考えだった。この場には数百人のプレイヤーがいる。その全員をこのゲームから追い出すなどできる訳がない。
(もう、理性的な判断すらできなくなったか)
記憶とは全く別人になってしまった昔の仲間を想って、刹那は惜別の涙を流した。
読んでいただきありがとうございました。
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