戦線布告してみた
ポチをかっこよく描けたでしょうか。
小さな猫の姿で宣戦布告する姿は、どう妄想してもかわいらしくなってしまって大変でした。
「刹那さん」
『大丈夫か』
すぐさまローズによって刹那は回復される。HP的に回復したと言っても、精神力まで戻るものではない。特に刹那の戦い方は一瞬の見切りが重要なため、精神にかかる負担も大きい。
「はは、これでようやく僕は本当の騎士になれる。ありがとう、刹那。今回の事も良く宣伝させてもらうよ。暗殺者刹那を『聖騎士』ユーリスが返り討ちってね」
ユーリスはご機嫌に笑っている。しかし、ウィンドウを開いて奪い取ったばかりのアイテムを確認して、その笑顔は凍りついた。
ぷるぷると震える手でアイテムを選択すると、空中にきらびやかな剣が現れる。騎士の剣といった輝きと剛健さを兼ね備え、騎士姿のユーリスが持てば誰もが見惚れるだろう。ただし、それが抜身の剣でなかったなら。
「おい、鞘はどうした!」
ユーリスは聖剣を思い切り振り抜きながら叫んだ。スラム街の者が暮らしているのだろう簡易なテントのような住居は、それによって生み出された風圧だけで吹き飛ばされる。
リオンがさっと前に出て刹那を守る。他のメンバーもユーリスがいつ攻撃してきてもいい様に構えている。
「くっ」
流石に一流プレイヤーが四人では分が悪いと思ったのか、聖剣は一度仕舞い、何事も無かったかのように元の表情に戻った。その気取った顔が作られた表情かと思うと、一気におぞましく感じられる。
「そんなに構えなくてもいい。ただ教えてくれないか。誰が聖剣エクスカリバーの鞘を持っているのか。知っているだろう。聖剣は鞘なくしては意味がないんだ」
聖剣エクスカリバーの鞘は、持ち主をある程度の攻撃から守る能力を持っている。そのために、アイテムとして分割することが可能となっていた。
ユーリスの冷たい目が刹那に向けられる。
「刹那。侍を名乗る君がこんな嘘をつくなんて。ほら、もう聖剣エクスカリバーは君のじゃない。僕の物なんだ。ほら、早く鞘も渡しなよ、早く!」
執着。その言葉が良く似合う様子だった。ぞっとする感情がポチたちを襲う。
刹那はユーリスの問いに首を横に振ることで答えた。
「どうして!」
「それは私が鞘を持っていないからだ。私が負けた時のために別の者に預けていた」
「そうか。では誰に渡したんだい。戦えるものとなると、『寄せ付けぬ者』かな、それとも『杖を振るう者』かい。どちらでもいいよ。殺して奪い取ることに変わりはしない」
その言葉を受けて前に出る者があった。
小さな体に怒りを込めて、四つの足でしっかりと地面を掴む。
『俺だ!』
ポチの叫びは、
「さあ、早く教えてくれないか」
ユーリスには届いていなかった。
***
「まさか君が名乗り出てくるとはね。僕も馬鹿にされたもんだ。それとも、今更僕に動物愛護でも期待しているんじゃないよね」
「ああ、違う。俺はモモとナナの仇を討つ。そのために俺はここに立っているんだ。お前にはあの時にナナから、フェアリーからドロップした物を賭けてもらうぞ」
ポチは仕方がなくケットシーの姿を取って、ユーリスに宣戦布告をかました。
ユーリスはその言葉に少し考えるそぶりを見せた。そして、何か思い出したような顔をする。
「そうか、君はあの猫君か。いや、確かに猫なんて一人、いや一匹かな? しかいないか。いや、忘れていたよ。ただの駒に過ぎない者を覚えているほど暇じゃないんだ。まあでも、君のおかげで楽に白虎を殺すことが出来たよ。いやぁ、良い経験値稼ぎになったよ」
「経験値稼ぎだと……」
「そうだ! 白虎のドロップアイテムでいい物が手に入ったんだよ」
そう言ってユーリスが取り出したのは毛皮。真っ白な美しい毛波が頭の部分から尻尾まで綺麗に残っている。
「これは『白虎の雷上布』っていうんだけど、僕のプレイヤールームに飾る予定なんだ。ただ一つ残念なのは、左手だけが黒いんだよね」
そう言ってユーリスはひらひらと、左手部分を揺らす。
「お前がそれに触るな!」
ポチは我慢しきれず叫ぶと、勢いよく跳び出していた。さっと伸ばされた爪が、ユーリスの首を狙う。
「おっと、これは失礼」
ユーリスは『白虎の雷上布』で体を隠した。
「くそっ!」
ポチはモモを傷つける訳にもいかず、攻撃を辞める。
「ポチ、下がって」
ローズが叫ぶが、ポチは下がろうとはせず、ふーと威嚇を続けている。
自分のせいで友を亡くしただけに止まらず、死んだ後も友をおもちゃにされる。そんなことを許せるはずがなかった。
絶対にお前を倒す。
その小さな体から、鬼気迫る何かが噴き出している。
「おい、それも勝負に賭けろ」
「ん?」
まだ布を体に巻きつけていたりして遊んでいたユーリスはその言葉に疑問の声を返した。
「あれ? そうだよ。賭けるのはこっちじゃなくていいの」
『白虎の雷上布』から刀身が飛び出す。
「ユーリス!」
ポチが怒りの声を上げる。無意識に伸ばされた爪が地面を貫いた。
「はは、この刀じゃ防具にダメージは当てられないから気にしないで。でも、本当に透過刀鎧通しを賭けなくてもいいのかい、ねえ、刹那」
もう体調は戻ったのか、刹那は凛とした姿に戻っていた。すっと、リオンたちを下がらせて前に出る。
「ああ、先ほどの戦いは私の物で、ポチ殿の戦いはポチ殿の物だ。私が口を出す物ではない」
「なるほど。でも、それだと僕の方が賭ける物が多くないかな。さっきの敷物と、もう一つは何だっけ」
「フェアリーからドロップした何かがあるはずだぞ」
「ああ、確かにあるよ。『ナナの心結晶』だったかな」
「それだ!」
ポチが声を上げた。その声は欲したものが見つかった歓喜に溢れている。
その様をユーリスは抜け目なく観察していた。使い道の分からなかったアイテムだが、どうもそれなりの価値はありそうだと、心の中で舌なめずりする。
「ただ、それだと賭け金が釣り合わないだろ。僕は君のお友達が落としたアイテムが二つ。猫君は聖剣エクスカリバーの鞘が一つきり」
さあ、どうする、とユーリスは両手を開いた。どちらかを選べと、その目は促している。
ポチは一度目を閉じると、心の中でモモの名前を呼んだ。
(モモ、力を貸してくれ)
ポチは目を開くと、ユーリスを睨んだ。
「俺はもう一つ、特別条件を満たしたことで白虎のアイテムを持っている。それを賭けよう」
「ポチ、それは!」
ローズの声にポチは振り返らない。ポチが右手を振るうと、バチバチと雷を纏った結晶が姿を現した。
「これが『モモの心結晶』だ」
その様子をユーリスは楽しそうに見ている。
「なるほど、確かにそれは価値が高そうだ。今すぐ決闘と言いたいところだが、どうもさっきのスラム街の破壊で人が集まってきているようだ。決闘は別の機会、そうだな、僕の出場する『第十二回始まりの街バトルカップ』に猫君も出場するといい。大勢の観客の前で君を倒してあげるよ」
「わかった、絶対にお前を倒す」
ポチの目に濁りはない。人前に姿を現すという事など気にした様子は一つもなかった。
「……楽しみにしてるよ」
迷うところを見せないポチに思惑を外されたのか、忌々しそうにそう言う。そして、急に笑い出す。
「ははは、あの時にさっさと殺しておこうかと思ったけど、こんな楽しいことが待っているならそうしなくて正解だった」
「あの時?」
「あれ? 気付いてなかったのかぁ。寂しいなあ。怒弩努に襲わせたり、ポチの噂を流したり、僕も頑張ったんだよ。それに、一回は自分で殺しに行ったこともあったっけ」
「あの路地裏で襲ってきたアサシンが……」
「そう、僕。てっきり気付いていると思っていたよ。あのメッセージは僕の正体を話すなって脅しの意味もあったんだけど、意味はなかったみたいだね」
一度肩をすくめてユーリスは、闇の中へと消えて行った。
ポチはユーリスが消えた闇を睨み続けた。
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