モモとおしゃべりしてみた
ようやくポチを出せた!
モモともっと絡ませたい。
『ははは、それは災難だったね』
『災難の一言で片づけないでくれよ。結構痛かったんだから』
ポチは森の中にいた。VR世界のモモが守護する『迷いと誘いの森』である。そこでモモに今日学校の屋上であったことを話していたのだ。慰めてもらうつもりが笑われてしまったが。
一時も体の動きを止めることなく、ポチとモモは森の中を走り回りながら話していた。
『ごめん、ごめん。それで彼女は誰だったんだい』
『それがよ、クラスメイトの女子で、しかもあのローズだったんだ』
あの蹴られた後、七海野薔薇と名乗った少女――クラスメイトだというのにポチは彼女の名前を知らなかった――は、弟を見て闇丸君と呟いたのだ。どうも、甲斐がまだ情報屋を始める前に一緒にパーティーを組んでいた時期があったらしい。そこで話すうちに、近くに住んでいると分かって何度かリアルでも会っていたようだ。
利久のことを兄だと紹介したうえで一応信用できる人だからと説明して、彼女のプレイヤーネームも教えてもらったのだ。それがローズだったのは驚きだった。意外と世間は狭い。
話の途中に降ってきた足が槍型の蜘蛛、タランチュランスを避けては爪で切り裂く。モモは身に纏わせた防御の雷で黒焦げにして行く。
『クラスメイトの名前ぐらいは覚えておくものじゃないのかな』
『それはどこから手に入れた知識だよ。一応よく睨んでくるなとは思っていたんだけどな』
『ニールがそう言っていたんだけど。あの子は情報通だから』
モモは意外と話をするのが好きだ。特に現実、VR問わずこの森の外の話を聞くのが。
『僕は守護獣だから。この森から出られないんだよ』
そう呟くモモはどこか寂しげに見えた。だからポチはいろんな話をしてやろうと、毎日モモの下に顔を出すようにしている。お土産の外の話を引っ提げて。
『それでローズさんと弟君には自分のことを話したのかい』
それは謝っておかないといけない、と思っていたことへの質問だった。
口を濁している所に、ゴブリンの集団が現れたから爪で首を刈ってやる。一般スキル【首狩り】によって首への攻撃の威力上昇、その上超低確率での即死効果があり、ゴブリンは一発で死んでいく。モモはやっぱり避けようともせず。こんがり焼いていく。これで周りの草木には影響を与えていないのだからすごい。
モンスターとのすれちがいを抜け、モモの顔には「僕、気になります」と書かれていた。
『ああ、えっと……流石に本当のことは言えなくて……』
流石にローズにあなたが可愛いと言って撫でまわしていた猫は俺ですとは、言えなかった。
『ごめん。口から出まかせに名前はモモだって言ったんだ。勝手に名前を使ってごめん』
これが謝っておきたかったこと。ポチという事も出来ず、すぐに口についた名前がこれだった。
勝手に名前を借りちゃって怒っていないだろうか。バチバチと体の周りを光らせる大虎を見上げる。
しかし、その雷がポチに落ちてくるなどという事はなかった。
『ははは、嬉しいな。つまり名前と聞いてすぐに僕を思い出してくれたんだろ。友達冥利に尽きるよ』
『……そうか。良かった』
どうやら取り越し苦労だったようだ。
ここで以前ストークウルフに襲われた切株を通り過ぎる。今回は近くにはいないようだ。
『いつかその子たちにも会ってみたいな』
そのいつかはポチが意固地に猫をロールプレイしなければすぐに解決する問題で、モモにとってそれはとてもうれしいことだというのは分かった。
だけど、ポチからしてみれば、何故か友人を盗られたような気になる訳で。
『まあ、そのうちな』
と返すことしかできなかった。
『それでその後三人でどんな話をしたんだい』
そのモモの質問でローズから聞いた話を思い出す。
その人影は中々手練れの様子で、同じ暗殺者系であり情報屋でもある闇丸のところにも情報はないのだとか。
『ただ弟が言うには、何で今になって姿を現すようなことをしたのかっていう点と、犯人と思われる刹那さんとは戦い方が違うって事が気になってるみたい。ここに来る前に久々に始まりの街によって、人の噂を盗み聞きしたけど、やっぱり犯人は刹那さんっていうのが通説みたいだね』
甲斐は信憑性が薄いとは言っていたけど、それにしては妙に自分も見た、和服だったとか言っているプレイヤーが多い。だから暗殺と言うにはお粗末とも言える。
ただポチは数度だけあったあの侍がそんな不意打ちを繰り返すとはとても信じられなかった。
モモとのランニングを続けながら、ポチはうんうんと唸って考えてみる。お互いに色々考えを言い合ってみるけど、決定的な証拠もないから結局はよく分からないと落ち着いた。
モモの気配察知系統スキルによって他のプレイヤーと会うことも無く、そうしている内に森の中央妖精が集う湖にやって来た。ランニングは基礎能力の向上に移動しての戦闘訓練、モモとの会話、そして目的地までの時間の有効活用という一石四鳥の行為なのである。
流石に実装されていないから汗までは出てこないが、気分的には汗だくである。とりあえず二人して湖に飛び込む。モモの体に纏われた雷は流石に解除してある。そうしないと、湖の上に一匹の猫と大量の魚が浮かぶことになっていただろう。
ポチもモモも水に抵抗感はないので、このまま少しゆったりとしながら時間を過ごすことも多かった。
『そういえば俺とお前の噂も流れているみたいだぞ』
『僕とポチのかい』
思い出したから言ってみたら、モモは意外と驚いたようだった。
『ああ、どうも俺がここに通っているのがばれたらしい。【猫被り】で変装していたつもりだったんだけど』
頭上にポチって名前が浮いてれば気付かれるのも当然だった。どうもポチはこういう事に気が回らない性格の様だった。身近にいるのがNPCというのもあるかもしれないが。
『なんでも黒猫以外にもポチという名の猫が森へ向かうってんで、様子を潜伏系統のスキルで尾行されていたらしい。まあ、普通のプレイヤーは侵入できないエリアに俺が入って行くから、最後まで追ってきた奴はいないらしいけど』
ポチがいつも使っている道は獣道、というか魔物道。本来なら通れないように制限が掛けられているのだが、猫のアバターはその穴をついているらしい。要はバグという事だが、プレイヤーが四足の動物になることを想定していなかったからしょうがない。
ミミが言うには、完全猫のアバターを用意したプログラマーは数日の徹夜明けの中でそれを作り出して、実装はピクシーに任せたうえ、寝て起きた時には自分がそれを作ったことを覚えていなかったんだとか。だからポチの動きを規制するような物はないし、同時にポチを助けてくれるようなものも用意されていない。ポチ自体がバグと言っても差し支えない状態だった。
なんとも面白いことになっているようだ。
『僕についてはどういう噂何だい』
『ああ、そのポチと森の守護獣が一緒にいたのを見たって奴だ。やっぱり新しいクエストか何かじゃないかって甲斐は推測していたな』
まあ、実際はただのプレイヤーとモンスターの友人関係何だけどね。いや、これもおかしなものなんだろうか。
モモは自分の事が噂されているということで楽しそうだった。
ポチは自分のせいでこの森に人が集まってきている事を悪いなと思っていたのだが、ここまで来られるプレイヤーはまだいないから、と笑われてしまった。
二匹は湖を満喫して、湖岸に上がる。
汗はないくせに、毛が水に濡れた様子は再現するのだから面倒くさい。これはモモの雷で軽く乾かしてもらう。俺の小さな体はモモとその身を護る雷との間にすっぽりはまるのだ。
そこで俺達を見つけたナナとミミが合流して、訓練は始まる。
『それでは今日もモモ様とポチ様の戦闘訓練を始めさせていただきます。ポチ様はスキル無制限。モモ様はスキル使用禁止でよろしいですね』
『今はまだな。いつかはハンデなしで勝ってやる』
『ははは、そう簡単に負けてはあげられないかな』
ポチは鋭い目つきで、モモは優しそうな目つきで、互いに相手を見つめる。
手がふっとあげられて、
『勝負~始め! なの』
気の緩む声と共に手は降ろされた。
悠然とただ立つだけで周りに畏怖を与えるその姿目がけ、ポチは全力でぶつかっていった。
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