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22 似非図書委員の悩み 後編(side:近衛)

 ゆっくりと上体を起こす。

 いつの間にか手から離れていた本を拾おうと手を伸ばしたとき、再度風が吹いてパラパラとページがめくれ……最後のページまで来て、パタンと本が閉じた。

 なぜか不意に春日の言葉を思い出す。


『ねえ、本ってすごいよね。ここにいない……例えばさ、もう死んじゃったりしている人の言葉までも残ってるんだよ』

『それだけ伝えたい言葉があったってのもすごいけど、ずっとそれが残っているのもすごいよね』

『今はたとえ地球の裏側にいたってメールで繋がっていたりするわけなんだけどさ、本は相手を選ばないから、万人に表紙を開いて待っているんだよね。そういう果てしないことを考えると、時々すごく自分が大きな流れの中にいる気がするんだ』


 あいつは天然ボケで、おっちょこちょいで、取り立てて取り得もなくて、勉強もそこそこで、運動神経は普通より少し鈍いくらいで、言動が一致していないことも多く、意外と短気で、まるで「ぷんすかぷん」という形容詞がつくような怒り方をする。


 でも、時々こっちをハッとさせることを言う。

 時々ドキッとする笑顔を見せることがある。

 いつも一生懸命で、そして全身で俺のことが好きだって伝えてくるんだ。

 斜めからしか物を見ることが出来ない俺から見たら、馬鹿正直すぎてハラハラすることもあるけれど、見ていて楽しかった。


 一緒に過ごした時間が幸せだった。


 参ったな。

 あきらめるのは得意のはずだったんだがな。

 手から零れ落ちてしまった水は元に戻ることはなくて、ひどく喉が渇いて仕方がなくて、コンクリートの床は冷たくて、所々に転がっている小石が痛い。

 パンパンッと本の帯に挟まった小石を払い落とすと、帯がめくれた。


 気づいたのはそのときだ。

 帯の裏に何か書いてある。けれど、白い厚めの紙に白いペンで書いた文字なんて読みにくくて、普通気づかないだろ。


 空に翳す。

 太陽の光を受けて、影になるように文字が浮かび上がった。小さくて、少し丸めの文字が数行。


「こんなトコに書いたって、普通わからねーよ」

 それとも俺なら見つけられるとでも思ったのか? そりゃ買いかぶりすぎってもんだろう。


 太陽がまぶしくてうつむいた。その強烈な光が目を焦がすようで。

 それ以上に焦げるような思いが辛かった。

 屋上のドアノブが回ると同時に金髪の友人が入ってくる。


「お、将こんなとこにいたか。作戦会議しようぜ。西の迷いの森でパンダみたいな生き物が乱獲されてるって情報が……って、どうしたよ? え? 目に砂でも入ったのか?」

「あ、ああ。そんなところだ。地図あったら出してくれ」

「そうだな。あと、でかい石が目に入ったら洗いに行ったほうがいいぞ。エースの目に傷が付いたら俺が困る。お前に守ってもらえなかったら、紙防御の俺、死んじゃう!」

「ああ。そうさせてもらう」

 気遣うような言葉に甘えて、俺は太陽に背を向けて屋上から学校内へ戻った。




 そうして本のページはめくり終わってしまい、学校に通うかたわらで冒険者をやり、気づけば向こうの世界でBランク冒険者になっていた。いろいろな幸運に恵まれたが、言葉が通じたことと異世界組全員の魔力が高かったのはありがたいことだったと実感している。


 こちらの世界でも、時間の許すかぎり春日の消息を聞いてみた。よくあいつとしゃべっていた女友達にも良一の協力で聞いてみたのだが、俺の曖昧な態度に腹を立てて「もう私にも珠樹にも構うな!」と怒られてしまった。どうも、彼女の気持ちを分かった上で弄んだ悪い男だと認識されてしまったらしい。


 本については郵送で送ってあげるという申し出をもらったが、それは丁重に断る。本の返却は基本手渡しだし、誰かに見られると少々難のある帯の付いた本を他人に預けるのはまずい気がした。まあ、最大の理由は『本人に会えないから』であることは否定しない。


 そうこうしているうちに学校を卒業し、異世界で活動していた5人組のうち、良一は主に向こうの世界のギルドで働くと言い出し、他の3人は進学した。俺はその中間のような、どっちつかずの状態の生活を送り続けている。

 フラフラとしている俺を、良一あたりは半分諦め顔で窘めてくれるが、さすがに最近妹の目が厳しくなってきた。どうやらそろそろ就職活動の時期なのに、全くスーツに着替える気もなくどこかへ消える兄に不安を抱いたのだろう。


 この世界で社会人になるか、向こうの世界で冒険者を続けるか。今ではどちらの選択肢も俺にとって『普通』になってしまった。しかし、その普通をなんとなく受け入れることに抵抗感があるのは、なぜか分からない。

 ただ、春日から借りた本とその帯を見るたび、そんな気持ちが湧き上がるのだ。


 思い出と彼女の気持ちが詰まったこの本も、俺の気持ちも返すことが出来ないまま、終わってしまうのだろうか。

 普通の本なら一方通行なシグナルだからそうだろうけれど、きっとこの本は違う。

 そう、信じたい。




***


 近衛君。貴方に届くか分からないけれど、私からのメッセージを託します。

 ずっと、ずっと好きでした。

 たくさんの素晴らしい思い出を有難う。楽しくて、嬉しくて、幸せな気持ちをありがとう。

 大好きです。近衛君、大好きです。

 

***

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