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【第十章前編 クリスマス】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第十章 アフターストーリー(冬:クリスマス)

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第473話 クリスマスイブのリュミエール

「よっ! おはよーっ!」


「おはよー、二人共!」


 リュミエールの近辺まで来たところで、親友の声が耳に届く。

 声の方へと振り向けば、陸翔と蕾華が駆け寄ってくるところだった。


「おはよう」


「おはようございます」


 足を止めて二人を待つと、すぐに二人が到着する。


「クリスマスイブだね」


「うんっ!」


 言葉を発すると、息が即座に白く染まる。

 顔に当たる冬の風は鋭く冷たく、頬を刺すように痛い。


「本当に寒いよね」


「冬だからなあ」


 怜も思わず息を吐き、白く立ち昇る自分の吐息を見つめた。

 まあそれでこそクリスマスだな、などとどうでもいいことを考えてしまう。


「それじゃあ今日も頑張ろうね!」


「うん。昨日も忙しかったけど、今日はそれとは比べ物にならないくらいだよね」


「まさに戦場って感じだよなー」


「一年で一番忙しいからなあ。それもケタ違いに」


 昨日も四人でアルバイトをしていたが、その時から、いや、それ以前からリュミエールの中には緊張感が高まっていた。

 なにしろクリスマスイブは洋菓子店にとって一番の稼ぎ時。

 特にこのリュミエールはこの辺りでは名店かつ値段もリーズナブルということで、かなりの注文数が入っている。


「まあ、その分バイト代は弾んでもらえるけど」


 この忙しい時期のアルバイトということで、給金の方は多少なりとも色を付けてもらえる約束だ。

 クリスマスイブに恋人のいる四人にアルバイトに入ってもらうことは、望としても多少は申し訳ないと思っているようで、かなり頭を下げられた。


「三人は去年も経験してるんだよね?」


「ああ。去年は大忙しだった」


 桜彩を除く三人は昨年もリュミエールでアルバイトをしている。

 当時恋人のいなかった怜に加えて、陸翔と蕾華も『せっかくだし怜と一緒に過ごそう』ということで、一緒にアルバイトすることになった。

 二人としては、アルバイトデートということらしい。

 もちろん、アルバイト中に過度にいちゃつくことなどせず、ちゃんと自分の役割を全うしていたが。

 そんなことを話しながら四人でリュミエールへ向かって歩き出す。

 冷たい風が頬を撫で、息は白く上がる。

 まだ朝早い中、自分達の声や足音が妙に耳に届くが、クリスマスイブの高揚感がそれを少し和らげていた。

 怜は桜彩の横で、白く立ち昇る自分の吐息を見つめながら、ふと小さく笑った。


(確かにこれもクリスマスデートか)


 昨年、陸翔と蕾華がそう言った時には何を言っているのかとも思ったが、忙しいとはいえこの四人で一緒に働くのも悪くない。


「どうしたの?」


「いや、頑張ろうって思ってな」


「ふふっ。なあに、それ。怜はいつも頑張ってるじゃない」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 店の前に到着すると、四人で一旦足を止め深呼吸をする。

 扉を開ける前からいつもより張り詰めた緊張感が漂っているのが分かる。

 開店前から既に戦場のような熱気に満ちているようだ。


「じゃあ、入るか」


 怜が軽く言うと、四人は顔を見合わせ、小さく頷く。

 アンティークベルの音が鳴り店内に踏み込む瞬間、甘い香りと暖房の温かな空気、そして緊張感が体を包み込んだ。

 息を整えながら着替えを終え、それぞれの持ち場に向かう。

 長い戦いが始まろうとしていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 店内に足を踏み入れると、ちょうど奥から望が姿を現した。


「おはようみんな。今日もよろしくね」


 望に挨拶をして更衣室へと向かい、着替えて集合。

 陸翔と蕾華に限っては頭に装備している物が、クリスマス仕様のサンタ帽となっている。


「それじゃあ早速だけどよろしくね」


「はい。蕾華、行こうぜ」


「うん!」


 陸翔と蕾華は接客担当とはいえ、開店までまだ時間がある為に掃除などの作業へと移る。

 その一方で怜と桜彩は厨房の方だ。

 お互いに目配せし、頷き合って厨房の扉を開ける。

 そこは、普段のリュミエールとは全く違う雰囲気が流れていた。

 もちろん普段のリュミエールも厨房作業は真剣に行われてはいる。

 しかし皆の気が張り詰めているのが良く分かる。


「おはよう、二人共」


「おはよー」


「今日はよろしくね」


 スタッフの皆が優しく声をかけてくれ、そしてすぐに仕事へと戻って行く。


「それじゃあ怜、頑張ろうね」


「ああ。お互いにな」


 コン、と拳を合わせて怜と桜彩はそれぞれの場所へと向かって行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 怜と別れた後、桜彩はチョコプレートを完成させる為にそのスペースへと向かう。


「桜彩ちゃん。おはよう」


「おはようございます。今日も宜しくお願いします」


「うん。チョコペン、もう湯煎しちゃってるから昨日みたいにお願いね」


「はい、分かりました」


 見ればチョコペンが既に湯煎されており、すぐにでも作業に取り掛かれる状態になっていた。

 まずチョコペンを手に取り、チョコレートを確認する。

 湯煎され柔らかくなったチョコの感触が指先に伝わる。

 これなら細かい線も問題なく描けるだろう。


(まずは先端を調整だよね)


 小さなハサミを手に取り、慎重にペン先を切る。

 この切った箇所から液体(厳密には液体ではないが)になったチョコレートの線の太さが変わるため、まずは細く切る。

 細すぎた場合は切り直せば済むが、太く切り過ぎてしまうとそのチョコペンはもう使えないので慎重に。

 切った後は軽く線を描き、線の確認をする。


「うん、これで大丈夫」


 小さく頷くと、桜彩は目の前の白いチョコプレートに視線を落とす。

 既に『MerryChristmas』と筆記体で文字が書かれているチョコプレート。

 そこにチョコペンでサンタクロースの絵を追加していく。

 深く息を吸い込み、手首を軽く回す。

 線の太さ、角度、チョコの流れ、微細な動きまで意識する。

 まずはサンタの帽子から。

 丸みを帯びた輪郭に沿ってペン先を滑らせる。

 描く角度や手首の動きによって、線の滑らかさは微妙に変わる。

 目や口、帽子の縁取り、一筆一筆、息を止めるように丁寧に描き込んでいく。


(大丈夫! 昨日だって上手に描けたし、怜だって褒めてくれたから)


 朝の怜との会話を思い出しながら、サンタクロースの顔を完成させる。


「よし……! これで顔は完成」


 小さく息を吐き、次は帽子の装飾へと手を移す。

 帽子の先端に小さなポンポンを描き、縁取りには細い線を入れる。

 線の太さを一定に保つことを意識しながら、少しずつ滑らかに線を重ねる。

 サンタクロースが完成すると、すぐに隣のスペースへツリーのデコレーション。

 三角形の輪郭をまず描き、枝の位置を意識して細い線を描き入れる。

 丸いオーナメントは大小さまざまに配置し、頂上には小さな星を添える。

 線の間隔や形のバランスを素早く確認しながら、描き込みを進める。

 手を止める暇はない。

 集中しながらも、手早く描き進める。

 その緊張感が、逆に作業にリズムを与えていた。

 完成したサンタクロースとツリーを見下ろし、桜彩は小さく頷く。


「ふぅ……。一枚目、終了」


 厨房の奥で響くオーブンや泡立て器の音も、もう桜彩の意識の外。

 自分だけの世界に入り込み、手早くも丁寧にプレートを一つ完成させた。

次回投稿は月曜日を予定しています

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