第468話 トリックアート展の店番
文化祭二日目。
早めに登校して、ケバブと焼き菓子の仕込みを終える。
これで本日の家庭科部での仕事は一段落だ。後は開催直後に、クラスのトリックアート展を三十分ほど担当すればフリー。
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「さて、じゃあトリックアート展、張り切っていこうか」
「うん。昨日も中々評判良かったみたいだし」
二人で教室へと歩きながら(陸翔と蕾華は先に向かっている)本日の予定を確認。
昨日のクラスの評判は二人共耳に入っている。
基本的に文化祭における展示物はあまり人気が無いのが実情だが、体験型の展示物にしたおかげで模擬店でないにもかかわらず、教室を訪れる客は多かったとのこと。
加えてトリックアート展ということで、店番の人数も多くの必要はない。
基本的に入口に座っているだけで、たまにシャッター係を頼まれる程度。
これもトリックアートを提案した桜彩の功績だろう。
「だけどさ、こうして見ると、本当に普段の校舎とは違うよね」
「そうだよな。今校舎内にいるのは生徒とか教師だけなのに」
ふと横を向けば廊下の窓から差し込む光が壁に貼られたポスターや色鮮やかな装飾を照らしていた。
文化祭二日目の朝の空気は、初日の昨日よりも緊張感が薄く少し穏やかで、それでいて期待感に満ちていた。
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教室に入ると昨日の準備のまま展示された作品が並び、迫力のある錯視画や立体的に見える絵が室内を飾っていた。
「おはよー、二人共!」
「おはよー」
早速クラスメイト達からの挨拶。
それに対して怜と桜彩も挨拶を返し、教室の中心へと進んで行く。
作品の中で一番目を引くのは四人で作ったメインの作品。
ハート型の椅子とテーブル、そして二本のストローが刺さったグラスの絵だ。
それを眺めていると、田島が二人の方へと歩いて来る。
「おはよ。これ、凄く評判良かったよ!」
田島の担当は昨日の午後だったので、その時の話をしてくれる。
カップルでポーズを取ると、ハートに座って二人で飲み物を飲んでいるように見える仕掛けになっている作品。
文化祭ということで、領峰学園の生徒や他学校のカップルもここを訪れていた。
その際に、ノリノリで写真を撮ったり、付き合いたての初々しさで写真を撮ったりと随分人気だったそう。
また訪れた生徒の保護者にも人気があり、夫婦で楽しんでいる者もいたらしい。
「今日もたくさんの人が来ると思うけど、二人共頼むね」
にっこり笑いながらの田島に怜と桜彩も自然と頷く。
「……実はさ、あたしも彼氏と撮ったんだ」
小声でそう告げてくる田島に、怜と桜彩も笑みを浮かべる。
「ありがとね。楽しかったよ」
「いえ、楽しんでくれて何よりです」
そう謙遜する桜彩だがその顔は普段のクールモードではなく、どこか誇らしそうに感じられた。
「このハートの椅子、昨日は何組くらいのカップルが座ったんだろうね」
「結構人気だったみたいだしな」
こうして自分達の作ったものを楽しんでくれるのは、手伝った怜としても嬉しい。
店番の際に客の楽しむ姿を拝むのが楽しみだ。
「よう、おはよ」
「おう。おはよう」
「おはようございます」
今度は一ノ瀬が現れた。
昨日と同じで新聞部として文化祭の役目を担っているようで、首からカメラを提げている。
「俺も様子見に来たんだけどさ、これ凄く人気だったぞ」
「ああ。昨日も噂がちょいちょい聞こえて来たし、さっきも田島が言ってたな」
「はい。カップルや夫婦で楽しんでもらえたと」
二人で答えると、一ノ瀬は微妙な表情で苦笑する。
「いや、それもそうだけどさ。結構友達同士で楽しんでるやつも多いんだよ。ほら」
そう言って昨日撮影したであろうデータを見せてもらう。
そこには同性同士や三人以上で楽しそうに撮っている写真が何枚もあった(同性同士のカップルという可能性もあるが)。
「まあ、こういうノリだからな」
「ははは。確かにな」
そんな感じで話していると、他のクラスメイトも続々と教室に集まり始めた。
蕾華と陸翔も合流し、作品のチェックを行っている。
作品の横には説明用の小さなカードや撮影の注意点を書いた紙も並べられていた。
そして瑠華も教室にやって来る。
「はいみんなおはよーっ! 全員いるねーっ? 今日も一日、頑張って行こーっ!」
「「「「「おーっ!!!」」」」」
クラスメイトの心が一つになって、皆で叫び声を上げる。
良い一体感が教室の中に産まれていく。
「注意事項は昨日と同じねーっ! みんな、この雰囲気に流されて恋人なんて作っちゃダメだからねーっ! 愛・即・斬だよーっ!」
「「「おーっ!」」」
こちらは先ほどまでとは違い、声を上げる者は少なかった。
まあ、声を上げた者も本気でそう思っているわけではなく、ただのノリであろうが。
そして二日目の開場を告げる放送が流れる。
まずは怜と桜彩、そして陸翔と蕾華での担当だ。
教室を出ていくクラスメイト達をよそに、怜桜彩は作品の前で軽く深呼吸し、手を握り合って互いに微笑みを交わした。
「よし、二日目も頑張ろう」
「うん、一緒に楽しもうね」
「オレらも忘れんなよ」
「そうそう。二人だけじゃないんだからねーっ」
ニヤニヤと笑う親友から茶々が入る。
当然ながら、この二人の存在を忘れていたわけではないのだが。
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「おはようございます」
開場して数分後、数名の来場者が入って来て興味深げに作品を覗き込んでいる。
教室の隅では、陸翔と蕾華が観光地風の顔出しパネルを担当していた。
「こっちもどうぞ~! 顔を出して記念撮影してください!」
蕾華の声に家族連れの小さな兄妹が元気いっぱいに顔を出してはしゃぐ。
「はい、チーズ!」
陸翔が受け取ったスマホの撮影スイッチを押すと、子供の笑い声が教室中に広がり、両親も釣られて微笑む。
「わあーっ! 熊さんになったーっ!」
「おもしろーいっ!」
どうやら子供達の反応は上々のようだ。
「おはよーっ! みんな、来たよーっ!」
その声に振り向けば、家庭科部の先輩とその彼氏。
昨日このクラスについて軽く説明したところ、彼氏と共に絶対行くね、と約束してくれた。
「いらっしゃいませ。こちらはカップルでハートに座って、二人で飲み物を楽しんでいるように見える作品です!」
桜彩が明るく声をかけると、少し恥ずかしそうに二人が手を繋ぎながら絵の前に立つ。
「写真撮りますか?」
「それじゃあお願いして良いかな?」
怜の提案にスマホのカメラを起動して差し出す先輩。
「写真を撮るときは、顔でグラスやストローが隠れないようにしてくださいね。笑顔も忘れずに」
怜がスマホを構えたところで、桜彩がそっと補足する。
先輩カップルが少し緊張しながらもハート椅子に座る様子を、桜彩と怜は微笑ましく見守りスマホを向ける。
パシャリと撮った写真を二人に見せると、興味津々だった顔が嬉しそうに綻んだ。
「ほんとに二人で飲んでるみたいに見える……!」
「おもしろいな、これ」
二人の感想に桜彩もにこりと微笑む。
スマホにはカップルが照れた表情でハートに座り、一緒に飲み物を飲む写真に収まっていた。
「ありがとね、二人共。楽しかったよ」
そう言って二人は手を振って教室を後にする。
それを見て、怜と桜彩は顔を合わせて微笑み合う。
「良かったな。楽しんでくれて」
「うん」
先ほどの先輩の笑顔を思い浮かべる。
本当に楽しそうに喜んでくれた。
「怜、ありがとね」
「え?」
首を傾げる怜に、桜彩はくすりと笑う。
「怜のおかげだよ。私が絵を取り戻すことができたの。そしてさ、今みたいに私の描いた絵で喜んでくれて」
「……桜彩が頑張ったからだろ」
照れくささから頬を少し掻く。
すると再び桜彩はクスリと笑って、怜の手を握り締める。
「ふふっ。私、今、とっても幸せだよ」




