第456話 ハロウィーン② ~イタズラしちゃうニャ~
「お菓子はないんだ。さあどうする?」
「…………むぅ」
怜の言葉に桜彩が不満そうに頬を膨らませて唸る。
しかし何か思いついたのかふっと笑みを浮かべると、椅子に座っていた猫のぬいぐるみ、れっくんを手に取った。
「それじゃあイタズラしちゃうニャ」
語尾が以前の猫言葉に変わって、桜彩の可愛らしさが更に一段階アップする。
これはぜひともイタズラを拝んでみたいものだと怜はニンマリとした笑みを浮かべる。
「ほほう、どうするんだ?」
「ふふっ! お菓子をくれない意地悪な怜には……こうだニャッ!」
桜彩はれっくんの手を軽く握り、まるで本物の猫のように振る。
次の瞬間、れっくんの手が勢いよく前に伸びて、怜の腕に軽く猫パンチが炸裂した。
「まいったか、ニャッ!」
思わず声を上げてよろめく怜に、桜彩はれっくんを抱いて笑う。
尻尾をぴょこぴょこと揺らし、耳をひょいと動かしながら、ぬいぐるみを再び構えた。
「トリックオアトリートニャ!」
「うわっと!」
怜は笑いながら手を上げて防御の体勢をとる。
だがその間も桜彩のいたずらは止まらない。
れっくんの猫パンチは威力こそないが連続して飛んでくる為、絶妙な具合のイタズラだ。
「うわ、ま、待って!」
「ふふっ。お菓子をくれないからイタズラしちゃうニャ」
楽しそうにれっくんで攻撃を仕掛けてくる桜彩に、怜は防御しながらもつい見惚れてしまう。
耳をぴょこりと動かし尻尾を楽しげに揺らすその姿は、物語の中のケット・シーのようだ。
ぬいぐるみを持つ手が伸びるたびに、怜は軽く手で受け止めたり、避けたりしながら笑い声をあげる。
「この程度か。余裕だな」
「むぅ……。だったらもっと本気で行くニャ」
頬を膨らませた桜彩は怜への攻撃を止め、れっくんを元の場所へと伸ばす。
そして再び怜の元へと歩いて来て
「えいっ!」
勢いよく体をぶつけてきた桜彩に、怜はそのままソファーへと倒れ込む。
そしてその上に桜彩が乗って来た。
「ニャ~ンッ! 捕まえたニャ」
耳をぴんと立て、尻尾を楽し気に揺らすさまは、まるで獲物を捕らえた猫のようだ。
猫の手袋を付けた手をワキワキとさせている。
「それじゃあ本気でイタズラするニャ! こちょこちょこちょこちょ」
「ひあっ……! ふっ……! ちょっと……!」
桜彩のくすぐり攻撃。
ただでさえくすぐりに弱い怜にとって、最大の威力を発揮するイタズラ。
「ニャッ! ニャッ!」
猫手袋をはめた手がワキワキと動き、脇腹を狙ってくすぐる。
「や、やめ……! くっ、あははっ、やめろってば!」
「だめニャ! イタズラしてみろって言ったのは怜ニャ!」
桜彩の声は楽しそうで、そしてどこか勝ち誇ったように響く。
柔らかい体重が怜にかかりくすぐられると、笑いが止まらなくなり目に涙がほんのりと浮かぶ。
「ニャッ! ニャッ!」
「苦しっ……! ギブッ! お菓子あげるから!」
「ふふっ。最初からそう素直に言えば良かったニャ」
怜が観念すると、桜彩は満足そうに笑いながらくすぐるのを止める。
怜はソファーテーブルの上のデッドフィンガークッキーへと手を伸ばしそれを一つ取ろうとする。
だが、桜彩は怜の上からどくどころか、更に体重をかけて来た。
体を前に倒し、頭を怜の肩にすりすりと押し付けてくる。
耳をぴんと立て尻尾をふわふわと揺らす仕草は、まるで本物の猫の甘え方のようだ。
「桜彩……?」
「ニャーン……。せっかくだから、怜に甘えるニャ」
桜彩の声は甘く響き、より体をくっつけてくる。
ぴたりと密着した体温、柔らかな髪の感触、軽く体にかかる体重――どれも心が安らぐ。
そしてそんな可愛い子猫を、怜はゆっくりと撫でていく。
「ニャ~…………」
喉の下を撫でると、桜彩は嬉しいような、安心したような甘い声を響かせる。
体を動かし、怜の膝に前足のように体を乗せて頭をこすりつけて甘える桜彩。
これでようやく怜も体を起こすことができるようになった。
ソファーテーブルの上に置かれたデッドフィンガークッキーを一つ取って桜彩へと差し出す。
「ほら、あーん」
桜彩はすぐに嬉しそうに口を開ける。
「……あーん、ニャ」
クッキーをそっと口に運んでやると、桜彩はぱくりと頬張り、幸せそうに目を細めた。
「ん……美味しいニャ。怜が食べさせてくれるから、もっと甘く感じるニャ」
「うん。ありがとな」
桜彩はクッキーを口に含んだまま、目を細めて幸福そうに息をついた。
「……ふふ。こうしてみると見た目はちょっとグロテスクだけどね、ニャ」
小指ほどの長さに細長く伸ばされたクッキー。
関節の部分には切れ目が入っていて先端にはアーモンドが爪として押し込まれている。
赤いジャムが血のように滲む見た目は、まさにゾンビの指そのもの。
人によっては食欲が失せることもあるだろう。
「確かに見た目はちょっと怖いけどな」
怜は少しだけ笑いながら、再びクッキーを桜彩へと食べさせる。
「ニャーン……これ、もっと食べたいニャ」
桜彩はぺろりと口の端を舐めて、クッキーの甘さを確かめるように舌先を動かした。
すると、ふといたずらっぽく目を細めて怜を見上げる。
「桜彩……?」
「ふふっ。ここにもデッドフィンガークッキーがあったニャ」
言葉と同時に、桜彩は猫手袋を着けた手を伸ばして怜の人差し指をそっと掴み、軽く舐めた。
「ん……、ちゅっ…………」
「ひゃっ……!」
思わず怜はくすぐったくて声をあげ、手を引こうとする。
しかし桜彩はまるで本物の子猫のように指先を甘噛みするように舐めながらにこりと笑う。
「ニャ……美味しいニャ」
体をぴたりとくっつけ、耳を立てて尻尾を揺らす桜彩。
甘えた声と仕草に、怜は思わず心をくすぐられる。
桜彩はソファーの上で膝にしがみついたまま、ちょこんと顔を上げる。
耳をぴんと立て尻尾をふわふわと揺らしながら怜を見つめるその表情はまさに猫そのものだ。
「ねぇ、怜……知ってる? 猫ってね、自分で獲った獲物を飼い主に見せたり、差し出したりすることがあるんだニャ」
「え? それは知ってるけど……」
もちろん猫好きの怜もそれは知っている。
桜彩の言葉に少し戸惑いながらも、目を細めて桜彩を見つめる。
「ニャ……。私は猫だから、怜にあげるニャ」
すると桜彩はいたずらっぽく笑い、テーブルの上に並んだデッドフィンガークッキーの一つを口に含んだ。
そのままゆっくりと怜の目の前まで持ってくる。
甘く香るクッキーを咥えた口元は愛らしく、同時にちょっとドキドキさせられる。
「それじゃあもらうぞ」
「違うニャ……」
怜がクッキーを受け取ろうと手を差し出すが、桜彩は首を横に振る。
そして軽く顔を傾け、自らの口元に咥えたクッキーを怜の口元まで持って来る。
そのまま、二人の唇がかすかに触れるような距離で、口移しでクッキーが怜の口へと運ばれた。
「ん……ふふっ、甘いニャ。怜と一緒に食べると、もっと美味しいニャ」
「……うん。美味しいな。もっと食べたい」
「分かったニャ。もっと持って来るニャ」
そう言うと、再び桜彩がクッキーを咥えて口元へと運んでくれる。
「ニャ…………チュ…………」
「ちゅ…………」
差し出されたクッキーを食べた後は、そのまま相手の唇に触れる。
桜彩は満足そうに目を細め、ぴたりと体をくっつけたまま怜の膝の上で小さく甘える。
「えへへ……。幸せだニャ」
「ああ、俺も幸せだ」
その後は二人共普通にソファーへと座り、クッキーやパンプキンパイ、お茶を楽しんだ。
隣に越してきたクールさん
ノクターン版の方を更新しています
すみません
ノクターン更新作業あった為に、次回投稿は木曜日を予定しています




