第437話 夏休み明けの教室② ~二人の関係を隠す必要は?~
朝のホームルーム開始にはまだ少し早い時間。
教室内では久しぶりの再会や夏休みの思い出を語り合う声が溢れている。
そんな中、怜と桜彩は時折話しかけてくるクラスメイトに応じながら、互いに話すことなく振る舞っている。
今も怜の耳には少し離れたところから聞こえてくる武田による夏休みの愚痴が入ってくるが、隣に座る桜彩のことが気になって仕方がない。
さっきから何度か目が合いそうになっては、お互いぎこちなく視線を逸らしている。
「っはよー!」
「おはよーっ! みんな久しぶりーっ!」
そんな中、明るい二つの声が聞こえてくる。
扉の方を見ると、陸翔と蕾華が入って来たところだった。
「おーっ、久しぶりだなー」
「なんか面白いことあった?」
「ねえ、聞いてよーっ!」
即座に何人かのクラスメイトから話しかけられる二人。
そんな会話をしながら、二人は席に着く。
「おはよー、怜、クーさん」
「れーくん、サーヤ、おはよーっ!」
「おはよ、二人共」
「おはようございます」
軽い調子で話しかけてくる二人に、怜と桜彩も挨拶を返す。
そう、夏休み前と同じように、いつも通りに挨拶を返した――はずだった。
しかし親友二人は怜と桜彩の返事に首をかしげる。
「あれ、二人共どうかした?」
不思議そうに聞いてくる蕾華。
「なんか……空気、固くないか?」
荷物を置きながら陸翔も同じように後ろを向いて問いかけてくる。
「い、いや、いつも通りだろ……」
「は、はい。特に何も……」
隣を向くと、同じように困った顔をした桜彩と目が合う。
瞬間、二人同時に目を逸らした。
「いやいや、何もないってことはねえだろ」
「うんうん。何かあったって」
「い、いや、それは……」
気が付けばクラスメイトの何人かもこちらへと視線を送っている。
陸翔と蕾華だけであれば今の心境を伝えてもかまわないのだが。
「……とりあえず、後で話すわ」
それだけ伝えると、教室の前方の扉から瑠華が入って来た。
「はーいみんな、ちょっと早いけど席に着いてーっ!」
その声で、教室内に散っていた皆が自分の席へと戻って行く。
正直、今年度が始まって一番瑠華に感謝したかもしれない。
「みんなーっ、夏休みどうだったーっ? まさかとは思うけど、勉学を疎かにして恋愛に現を抜かしていた悪い子なんていないよねーっ?」
その言葉にドキリとしてしまう。
隣を見ると桜彩も真っ赤になっていた。
そんな二人をよそに、教室は普段の空気を取り戻し始める。
だが怜と桜彩の間に流れる空気はまだほんの少しだけ、ぎこちなさが残ったままだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夏休み明けの朝礼が終わり、再び教室へと戻って来る。
担任の瑠華が来るまでの短い間、クラスメイトは皆思い思いの方法で時間を潰している。
そんな中、怜はスマホを取り出して、四人のグループメッセージへと入力を始める。
『ちょっとだけ相談していいか?』
短い一文を打って送ると、数秒も経たないうちに三人分の既読がついた。
前の方をちらりと見ると、陸翔と蕾華が二人で顔を合わせながら、それぞれのスマホを覗きこんでいる。
隣の桜彩は一見いつものクールモードではあるのだが、それでも少し心配そうな表情が見て取れる。
『今日から学校ではこれまで通りを装うって桜彩と決めたんだけどさ いざ教室で顔を合わせてみると なんだか上手くいかなくて』
『うん なんかこれまで以上に意識しちゃってみんなに不自然に思われた』
しばしの沈黙。
目の前の二人はなにやら納得したように頷きながら、そしてスマホに指を落とす。
『なるほどなあ』
『そういうこと 相談の内容は分かったよ』
しばしの沈黙。
数秒後、前に座る陸翔がメッセージを打ち始めた。
そして――
『もう付き合ってるって言っちゃえば?』
陸翔からのメッセージが画面へと表示される。
(……は!?)
その内容を見て、怜は声を上げてしまいそうになった。
何とか口を押えて声が出るのを押さえる。
隣の桜彩も非常に驚いた様子で目を見開いて画面を見ている。
『ばらすって』
『もちろん全部話せって言ってるわけじゃなくてさ アパートが隣同士とかは別に言わなくてもいいと思うけど』
『だよね もうこうやって隠してる方が怪しいってのもあるよ 今日の朝とか凄く不自然だったしさ』
蕾華も陸翔の意見に同意する。
『そもそもさ 二人が自分達の関係を隠してるのって 隣同士に住んでいるのがバレると色々と勘繰られるのが嫌だからだろ?』
『そうだけど』
『じゃあべつに恋人だってことまで隠す必要ないだろ』
『りっくんの言う通りだと思うよ』
『別に恋人だってばれたところでそれがなんだって話だし』
二人の言葉に、胸に手を当てて考えてみる。
陸翔の言う通り、怜と桜彩が自分達の関係を隠すことになったのは、怜の部屋で共に食事を作って食べようと決めたから。
隣同士で一人暮らしをしている二人が、毎食一緒に食事を作って同じ部屋で食べる。
それがバレるとあることないこと尾ヒレの付いた噂が流れるだろうと思ってのことだ。
だが、二人の言う通りそれを隠す為に恋人同士になったことまで隠す必要はないかもしれない。
『それにさ 今の二人の調子でこの先隠せるとは思えないし』
『蕾華の言う通りだな こっちもできるだけカバーしようとは思うけど でも肝心の二人がこの調子じゃカバーのしようがないしな』
たしかに二人の言う通りだった。
今朝はあまりにも隠そうとする気持ちが空回りして、ぎこちなさが表に出て締まった。
それを押し殺して演技することで、逆に作り物のような空気が生まれてしまった。
それならいっそ、正直に言ったほうがいいのかもしれない。
『確かにそうかもな』
そうメッセージを打ち隣を見ると、桜彩は少し心配そうにこちらを見ていた。
『そう心配するなって 俺と桜彩が恋人同士だってことはさ 決して恥じるべきことじゃないだろ?』
桜彩の目が大きく見開き、こちらを向く。
そんな桜彩に、怜は安心するようにとコクリと頷く。
すると桜彩も安心したように柔らかな笑みを浮かべ、スマホへと向き直り操作する。
『うん 私の怜に対するこの気持ちは 決して恥じる物じゃないよ 私と怜の事が恋人だってことは隠さないようにしよう』
桜彩からのメッセージを確認し、怜も頷く。
『それじゃあ 俺達が恋人同士だってことは隠さないようにしよう』
『うん』
ついでにいつもの猫スタンプの『頑張る』バージョンまで送られてきた。
「はーい、みんないるねーっ! 今日は授業はないけど色々と連絡事項とかあるからねーっ」
教室に入って来た瑠華の声にスマホを仕舞い、気持ちを切り替える。
瑠華の方を向く直前、隣の桜彩と目を合わせてコクリと頷く。
――自分達が恋人だということを隠さずに伝える。
そう決意して、怜は瑠華の話へと耳を傾け始めた。
次回投稿は月曜日を予定しています




