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【第十章前編 クリスマス】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第九章前編 アフターストーリー(秋)

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第436話 夏休み明けの教室① ~少しばかりの違和感~

 領峰学園へとたどり着いた怜は、自分の教室の前に立ち深呼吸する。

 扉の引き戸に手を掛け横に動かそうとすると、なぜかいつもよりも重い気がした。

 一度深呼吸して、そして再度戸を開く。


「おはよう」


 そう呟きながら教室に足を踏み入れる。

 日の光が窓際から二番目の怜の席まで射し込んでいる。

 九月の上旬ということで朝にもかかわらず外は既に暑かったが、教室内はクーラーの冷気が行き渡っており体を冷やしてくれる。

 夏休み明けの登校初日とはいえ既に何人かは登校しており、机にうつ伏せで倒れていたりスマホを操作したり、はたまた夏の思い出話に花を咲かせていた。

 いつもの景色、見慣れた教室。

 だが、怜の中にはわずかな緊張感。

 春、何気なく始まったこのクラスでの生活。

 しかし夏を越えた今、それは大きく変化することとなった。

 それでも周囲には何も変わっていないように装う必要がある。

 少なくとも今は。

 いつも通りに振る舞うことを意識しながら怜は席に着き、鞄を置いた。


「おう光瀬。久しぶり」


 そんな怜に酒井が軽く手を上げながらやってくる。


「おはよう、酒井。お前にしては朝早いな」


 少なくとも部活の朝練のなかった酒井は、夏休み前はもっと遅くに来ていたイメージがある。

 すると酒井は怜の言葉に恥ずかしそうに笑って理由を告げる。


「なんか夏休み中、生活リズム崩しすぎて、無駄に早起きになっちゃってさ。で、家にいても退屈だから早く来た」


「なるほど、あるあるだな」


「お前はそんなことなさそうだけどな」


「まあな。つってもたまに夜更かしはしたけど」


「お前の夜更かしってのはそんな遅くなさそうなんだよな」


 はは、と笑う酒井に怜も笑い返す。

 普段から生活に気を付けている怜としてもその辺りは自覚がある。


「おお、二人共」


「お、工藤か。久しぶりー」


「おはよー」


 すると登校してきた工藤も自然と話に交じってきた。


「それにしても、なんか変な感じだよな。久々に制服着て学校来るってだけでさ」


「分かるわ。頭がまだ夏休みのままって感じ」


「学校モードにアップデートされてねえよなあ」


 酒井の言葉に怜と工藤がうんうんと頷く。

 ある意味夏休み明けの風物詩というものかもしれない。


「てかさ、勉強の方はどうだった?」


「……まぁ、一応は。模試があんま」


「つか、そもそも課題多すぎ。俺、ラスト三日で死ぬ気で終わらせた」


「予定通りのギリギリだな。普段からコツコツやっとけって」


 二人の愚痴に怜も口元を緩める。

 そんな何気ない会話をしながら、ふと教室のドアのほうに視線を向ける。

 まだその姿は見えない。

 だが、教室の前方に掛かっている時計はいつ来てもおかしくない時刻を示している。

 何気ない会話をしながらも、心のどこかで時計の針を気にしてしまう。

 自然体でいようとすればするほど、不自然になりそうな気がして。

 怜は自分の胸にそっと手を当て、深く息を吸った。


「てかさ、工藤。部活、明日からだよな?」


「そうそう。放課後忘れずに集まれって連絡あっただろ?」


「あー、そっか。なんか、みんなに会うの久々で緊張するわ。後輩の顔もう忘れかけてるかもしんない」


「それはヤバいな。向こうも忘れてるかも」


「それならそれで、お互い初対面ってことでよろしくってことで」


「いやそれはもっとヤバいだろ」


 笑いながら冗談を言い合う二人に、怜も適度に突っ込んで応じながら再び廊下に視線を向けた。


「……ん?」


 その時、教室の戸がカラリと開く音が聞こえて来た。

 怜は反射的にそちらに目を向ける――が、入ってきたのは桜彩ではなかった。

 少しだけ息を吐いて、再び怜は二人に向き直る。

 まだ来ない。

 けれど、そのうち――きっと、もうすぐ。

 二人と話しながら、怜は自分のそっと膝の上で手を握った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おはようございます」


 酒井と工藤が自分の席へと戻ってから数分後、怜の良く知る少し控えめな声が教室に響く。

 そちらへ目を向けると、桜彩が入って来た所だった。

 丁度こちらを向いた桜彩と目が合って、慌てて二人共目を逸らす。


「クーちゃん、おはよー!」


「おはよう、クーちゃん」


「おはようございます」


 女子のグループがさっそく声をかけ、桜彩もクールモードのまま軽く笑って手を軽く振った。

 そのまま桜彩は自分の席、怜の隣の席へと歩いて来る。

 自分の席へと到着したところで、ほんの一瞬、怜と桜彩の視線が交差する。

 それはあくまでも『いつもの友人』としての距離感を保ったものだった――はずだったのだが


「お……おはようございます、れ……光瀬さん」


 つい名前で呼んでしまいそうになった桜彩が慌てて言い直す。


「お、おう。おはよう、渡良瀬」


 ドクン、と心臓が波打つ。

 別に変な会話をしたわけではない、ただの挨拶だ。

 はたして夏休み前までのそれとはどこか違っているように思えるのは気のせいだろうか。


(……ダメだな、こういうのは)


 怜は内心で反省しつつ、桜彩から視線を逸らして鞄の中へと手を入れる。

 ただの挨拶、それだけのことがとても難しい。


「……あれ?」


 そのぎこちなさを感じたのか、誰かがそう呟いた。


「なんか、今日のクーちゃんと光瀬君、ちょっと変じゃない?」


「……え、そうかな? あ、でも確かに……なんか、間が変だったような……?」


「うん。なんかさ、微妙にぎこちないというか……」


 クラスメイトの指摘にドキリとする。


「いや、別にいつも通りじゃないか?」


 怜は平静さを装ってそう口にする。


「そ、そうですよ……。そんなことないですよ……?」


 隣では桜彩が慌てて首を横に振っていた。

 慌てて笑顔を作ったようだが、視線が少し泳いでいる。

 それに気付いた女子数名が桜彩の元へとやって来て、より心配そうに顔を寄せる。


「ホントに? なんかいつもと違うよ?」


「もしかして、疲れてるとか? 夏休み明けだし」


「あ、はい……そうかもしれません。少しだけ寝不足かも……」


「そう? それなら良いけど。気を付けてね、クーちゃん」


「うんうん。風邪とか引かないようにね」


「は、はい。ありがとうございます……」


 曖昧な言葉を返しながらも、桜彩の耳はほんのり赤く染まっていた。

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