【番外編、及びカレンダー】第433話 大人の女子会
【番外編】
夏の夜風が街路樹の葉をかすかに揺らしている。
そんな蒸し暑い空気の中、仕事を終えた望は駅前の居酒屋の扉を開けて中へと入る。
今夜は久しぶりに、学生来の友人である瑠華との二人飲みだ。
店内に入ると焼き鳥の香ばしい香りや人々の喧騒。
夏の夜らしく、仕事帰りや友人同士の客で賑わっている。
その中、奥の小さなテーブル席に既に一人、肩の力を抜いて座る瑠華の姿があった。
ジョッキを両手で抱えながら少し疲れた様子を見せている。
そんな瑠華が丁度入って来た望を発見して声を上げた。
「おっそーい! 望、あたしもう喉カラカラで死ぬところだったんだから!」
「……何が喉カラカラよ。しっかり飲んでるじゃないの」
テーブルの上には既に空になったジョッキが置かれている。
もしかしたら既に片付けられた物もあるのかもしれない。
苦笑しながら、向かいに腰を下ろす望。
注文を済ませると冷えたジョッキが並び、乾杯の後、二人の小さな愚痴大会が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくした後、瑠華は肩の力を抜き、テーブルに突っ伏して深いため息をつく。
「はぁ……夏休みって、教師にとっちゃ関係ないんだよねー」
「それはお疲れ様。洋菓子店も似たようなもんだけど」
「まったくもーっ! 部活とかで学校にくる生徒達も恋愛ばっかりしてるみたいだし! 勉強はどうした勉強はーっ!」
追加で運ばれてきたジョッキを片手で持ちながら、もう片方の手で枝豆をつまむ。
目は既にキマっているようで、それでいて焦点が定まっていない。
はっきり言って、かなりヤバい人だ。
「あたしなんて、約二十五年生きてきて、まだ彼氏いないのに……! それなのに年下の分際で生徒達は楽しそうに海だの花火大会だの! 青春まっしぐらしやがってーっ! ちっくしょーっ!!」
嫉妬から叫び声を上げる瑠華。
ここが居酒屋でなかったら警察を呼ばれてもおかしくない。
「学生が青春するんなら、それはそれで良いんじゃないの?」
「ダメ! 先生より先に恋人作るなんて、絶対に、ぜーったいに、許せないんだから!」
望は苦笑しつつ、箸で唐揚げを摘まんだ。
瑠華の勢いに飲まれそうになるが、内心では思わず懐かしい気持ちも芽生えていた。
学生時代からの友人なのに、こうして大人になっても互いに愚痴を言い合える関係というのは、案外貴重なものだ。
「そして、極めつけが我が愚妹よ!」
瑠華は悔しそうに口を食いしばり、ダンッとジョッキを置いた。
実の妹にここまで憎悪を向けるとは果たして大丈夫なのだろうか。
「愚妹って……」
「らいちゃん、あたしのこと挑発するみたいに、彼氏と夏休みに旅行行った写真を送ってきたの! しかもメッセージに『高校二年生の夏! もう二度と体験することのできない最高の青春!』って! もう、腹立たしいったらない!」
「……それは、なかなか煽り力高いわね」
同情しながらだし巻き卵を口に運ぶ。
瑠華は更にビールを煽りながら目を細める。
「ほんと、妹の分際でリア充街道まっしぐらとか! お姉ちゃんは未だに独りで、こうして学生の為に身を粉にして働いてるのに!!」
そう言いながら、ジョッキに残ったビールを一気に飲み込む瑠華。
望は瑠華の熱弁を聞きながら、目の端で店内の賑わいを眺める。
耳に届く小さな笑い声、グラスがぶつかる音、焼き鳥を串から外す音。
今の瑠華に比べれば何と平和な事だろうか。
「でもね!」
急に身を乗り出してくる瑠華。
「少なくともれーくんは大丈夫! 真面目だし、あたしの言いつけをちゃんと守ってるはず! 恋愛なんてせずに、今も勉強第一で頑張ってるに違いない!」
「…………」
望の口元が引きつった。
つい本日、その怜から恋人ができたということを聞いた(聞き出した)ばかりだというのに。
緊張のあまり思わずグラスを手に取り、誤魔化すように水を飲む。
(……いや、その怜君、あなたの知らないところでとっくに彼女いるんだけど……)
もちろん、そんなことを言えるはずがない。
瑠華が知ったら、怜の生活が修羅場になるのは目に見えている。
「……うん、そうね。怜君はきっと、真面目にやってるわよ」
それだけ言うのが精一杯だ。
それを聞いた瑠華がうんうんと頷きながら、更に身を乗り出してくる。
「でしょ!? さすがあたしの弟分! そう、れーくんは良い子なの! うちの愚妹や他の生徒達と違って、先生との約束をちゃんと守ってるに違いない! 恋愛なんかに現を抜かすことなく、勉強に打ち込む子よ、ほんとに!」
(……怜君、あなたの目の届かないところで、しっかり青春してるんだけど)
望は瑠華が空にしたビールのジョッキに視線を落としながら、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
(もしこの事実がバレる日が来たら、その場に自分が居合わせませんように)
そんなことを思いながら、望は軽くグラスを傾けた。
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