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【第十章前編 クリスマス】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第八章前編 恋人になった二人の日常

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第411話 ウサギの出産② ~予想外のトラブル~

 四羽目までは順調に生まれてきたのだが、五羽目がなかなか出てこない。

 母ウサギは苦しそうに息を荒げ体をよじっている。


「……これ、産道が詰まってる……? どうすれば……」


「ど、どうすればって……、そ、そんなの…………」


 予想外の事態が発生してしまい、頭が混乱してしまう。


「と、とにかくこのままじゃ……。ど、どうする……? ひ、引っ張り出す……?」


「蕾華、待った!」


 混乱しながら母ウサギへと手を伸ばそうとした蕾華の肩に、怜は慌てて手を掛けて止める。

 素人が無理に引っ張ろうとすると、母子共々死に繋がってしまう。


「れーくん……?」


「ストップ! それは絶対に駄目!」


「だけど、このままじゃ…………!」


「落ち着け。こういう時のことはちゃんと考えてただろ」


 ウサギは安産が多いとはいえ、こういったことを想定していなかったわけではない。

 その時のことを考えて、四人共予習だけは充分に済ませてある。


「絶対に助ける! あの時は駄目だったけど、今回は――」


 怜の脳内に、八年前の記憶が蘇る。

 小学生の時、ウサギ小屋で遭遇した惨劇。

 あの時は、手の中で絶命したウサギを抱えたまま、何もできなかった。

 だが、今は――


「怜…………。うん、そうだよね! 」


 怜の横に腰を下ろした桜彩が、励ますように力強く頷く。

 それを見て陸翔と蕾華も一度大きく深呼吸をする。


「そうだな。こんなケースも一応考えてはいたな」


「うん。ありがと、れーくん。もう大丈夫、落ち着いた」


「よし。それじゃあまずは先生の所へ電話する」


 まず必要なことは、専門的な知識を持つ人へこの状況を伝える事。

 下手に素人がどうこうするよりも、よほど安全だ。

 幸也が電話に出るまでに、怜は簡単に指示を出す。


「陸翔、おじさんに車出してもらえるように頼んでくれるか?」


「分かった!」


 怜の指示を聞くと陸翔はすぐに駆け出していく。

 動物病院へと連れて行くことを考えれば、徒歩よりも車の方が圧倒的に早い。


「蕾華。段ボールがあったから、そこにタオル敷いてくれ」


「分かった! 待ってて!」


 ウサギを抱えて車に乗るわけにもいかないので、それ用のケースを仮作成する必要がある。

 タオルを敷くことで、体温の低下を防ぐことにも繋がる。


(この後は……)


 何も焦る必要はない。

 後は専門である幸也の指示に従えばそれで良い。

 そう考えて怜はスマホが繋がるのを待――――――――


(え…………?)


 耳元のスマホは電子音が聞こえたまま、通話状態に移行しない。


(なん……で…………?)


 慌てて掛けた先を確認するが、間違いなく幸也の動物病院へと掛けている。


「怜、大丈夫?」


「………ああ、大丈夫だ」


 心配する桜彩の言葉がどこか遠くのように聞こえる。

 しかし一向に繋がらない電話に、怜はよりいっそう焦燥感が生まれてしまう。


「……大丈夫、落ち着け……」


 母ウサギの背を撫でながら、言葉にして自分を落ち着かせようとする。

 だが、胸を撫でる手はじっとりと汗ばみ、鼓動はどんどん速くなる。

 視界が狭まり、耳鳴りがする。


(もし間に合わなかったら、このまま親子ともども死んでしまったら――)


 あの時の無力感が、喉元までせり上がってくる。

 八年前に助けられなかったあの時のことが脳裏をよぎる。


(いや、今回こそは……!)


 そう決意を震わせる怜だが、それとは裏腹に手の感覚が鈍くなっていく。

 頭が働かない。

 何かしようと思っても身体が動かない。

 胃の中の物が喉へとせりあがって――


「怜」


 隣から聞こえるその優しい声に、不快感が消えていく。

 気づけば、桜彩がすぐ横にしゃがみ込んでいた。

 両手を伸ばして、怜の手をそっと包んでくれる。


「……大丈夫。全部、ちゃんとできてるよ」


 その声は、泣き出しそうなほど優しかった。

 今にも崩れそうな俺の中に、静かに染み込んでくる。


「陸翔さんや蕾華さんに指示を出して。ウサギのこと、ずっと考えてる。……だから、深呼吸しよう?」


 怜の手を抱んだまま桜彩の両手がゆっくりと怜の胸を撫でる。

 まるで心臓のリズムを取り戻すかのように。


「……っ、ああ……」


 怜は目を閉じ、桜彩に合わせて一緒に深く息を吸う。

 空気が肺に入っていく。

 先ほどまで暴れていた心拍が、少しずつ落ち着いていく。

 歪んでいた景色が、今ははっきりと形を成している。


「落ち着いた?」


「ああ……。ありがとな、桜彩」


「ううん。私も怖かった。でも……怜が隣にいてくれて、すごく安心したんだよ?」


 柔らかく微笑むその顔を見て肩の力を抜けた気がした。


『藤崎動物病院です。この番号は怜君かな?』


 その時、スマホから待ち望んだ声が聞こえてきた。


「はい! 今、虹夢幼稚園にいるんですが、ウサギの出産中にトラブルが起きました!」


『うん。分かった。詳しく教えて貰えるかな?』


「はい。四羽目までは問題なかったんですが、五羽目になって――」


 慌てず焦らず、一つ一つ冷静に頭の中で考えた言葉を口に出していく。


「れーくん! 段ボール持ってきた!」


 蕾華がタオルの入った段ボール箱を持って来る。


「段ボールの中にタオルを敷いて、そちらへ運ぼうと思うのですが大丈夫ですか?」


『うん。焦らないでね。無理やり引きずり出したりせずに、とにかく安全に運んで来てください』


「はい。……蕾華、その中に母ウサギをゆっくりと入れて」


「分かった」


 蕾華がその中に母ウサギをそっと降ろし、その体を優しく撫でる。


「もうちょっとだよ。がんばろうね……!」


 母ウサギへと桜彩が呼びかける。


「怜! 車準備できたぞ!」


 遠くから陸翔の叫ぶ声が聞こえてきた。

 ゆっくりと頷いて、三人揃って車の方へと向かう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 もう迷わない。

 この命を、全力で運ぶ。

 そして、必ず助ける—。

 あの時の悲劇を二度と繰り返さないように。

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