第347話 水着を見せたいクールさん④ ~クールさんに水着姿の感想を~
「え、えっと……桜彩……?」
「う、うん…………」
怜が声を掛けると、桜彩は真っ赤にしたまま背けてしまう。
恥ずかしさからか両手で自分の体を隠すように抱えているのだが、当然ながら二本の腕程度で体全体を隠すことは出来てはいない。
『まあまあ。アタシに任せといて。ちゃんとれーくんにサーヤの水着姿を拝ませてあげるから!』
先日の蕾華の言葉を思い出す。
これはつまりこういうことだったのか。
おそらくは蕾華が桜彩を色々と煽って、このような行動をとらせたのだろう。
そこに関しては心の底からありがとうと言いたい。
「そ、そのね……。今日の放課後、蕾華さんと一緒に水着を買いに行ったでしょ?」
「あ、ああ……」
「そ、それでね……。その、今度四人で一緒にプールに行くことになってるけど、更衣室で他の誰かに見られる前に、一番最初にこの水着を着た姿を怜に見て欲しくて……」
「お、俺に……?」
「う、うん…………。怜に、だよ……」
「で、でも……蕾華と一緒に買いに行ったんだろ……?」
「うん……。でもね、蕾華さんに見せた時は、身体の前に水着を当てただけ。こうやってちゃんと着た姿は蕾華さんにも見せてないから……。だから正真正銘、怜が、初めて、だよ…………」
「え…………」
真っ赤なままの顔で振り向いて、怜の目を見て桜彩がそう告げて来る。
新しく買った水着を着用した姿を自分に見せたいと。
その桜彩の言葉がとてつもなく嬉しい。
「で、でも、こうやって怜に見せるとなると、やっぱり、恥ずかしい、な……」
体を抱えたまま照れたようにポツリと呟く桜彩。
「あ、ああ……。でも、ありがとな」
「えっと……どういたしまして、で良いのかな?」
「ああ。そ、それにさ、その、前に『桜彩と一緒に水着で遊びたいとは言ってないよ。桜彩と一緒に遊べるのならそれで充分だ』って言っただろ?」
「う、うん……」
夏休みの計画を立てている時。
水着姿が恥ずかしいという桜彩に対して、桜彩と一緒に遊べるならラッシュガードを着ればいいと提案した。
とはいえ
「その言葉は嘘じゃなくて、間違いなく俺の本心なんだ。だけどさ、その……桜彩の水着姿、ちょっと見たいって思ってたから……」
「え…………」
怜の言葉に桜彩が驚いて目を丸くする。
(い、言っちゃった……。ひ、引かれてないかな……?)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(そ、そっか……。怜、私の水着姿、見たいって思ってくれてたんだ……)
桜彩としても、まさか怜が自分の水着姿を見たいと思ってくれているとは思いもしなかった。
勇気を出してこの姿のまま怜の前に出て本当に良かった。
(そ、そうなんだ……。怜が、私の水着姿を……。は、恥ずかしいけど嬉しい……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……………………」
「……………………」
お互いに照れてしまいしばらく無言で見つめ合う。
「怜、私の水着姿、見たいって思ってくれてたんだよね……?」
「あ、ああ……。桜彩の水着姿、見たかった……」
おずおずと確認するように問いかけてくる桜彩に、怜も恥ずかしさに耐えながら繰り返し答える。
「そ、そうなんだ……。そ、それじゃあ……」
すると桜彩の顔に嬉しそうな笑みが浮かび、そしてそっと体を隠していた両手を下へと下げていく。
恥ずかしながらも徐々に露わになっていく桜彩の姿に怜の目が釘付けになる。
もう何も考えられない、ただただ桜彩に見とれてしまう。
「それじゃあ……その……もっと見て、良い、よ……」
桜彩の手が完全にどけられて、ついに水着姿の桜彩の全身が目に映る。
思わず言葉を失ってしまう。
初デートの時のオシャレをした姿。
制服の夏服に身を包んだ姿。
それらとは全く違った可愛さや美しさ。
飛び切りの美人である顔から細い首、スレンダーでありながらもボリュームのある胸部。
見せるのが恥ずかしいと言っていた臍にキュッとしまったお腹。
腰も女の子らしく、そしてスラリと伸びた足。
上から下まで女性としての魅力がこれ以上ないほどに溢れた桜彩。
そんな桜彩の体が普段とは比べ物にならないくらい少ない面積の布で隠されただけの代物で露わになっている。
加えてその水着もとても魅力的だ。
橙色を基調とした花柄のワンショルダータイプのビキニ。
多少のフリルもついており、桜彩の可愛らしさを存分に引き立てている。
目を奪われて固まってしまうのも無理はないだろう。
「そ、その、怜……?」
言葉にするのを忘れるくらい桜彩に見とれていると、桜彩が少しばかり心配そうに声を掛けてくる。
「あ、ああ……?」
桜彩の言葉が耳に届き、たった今固まっていたことに気付く。
とはいえ思考はまだ半分ほど停止しており、世界が遠く感じてしまう。
「そ、その……そんなに見られると、恥ずかしい……よぅ…………」
怜の視線をその体で一身に受け止めた桜彩が本当に恥ずかしそうに、しかしそれでも体を隠そうとはしない。
一方で怜の方も完全に桜彩に見とれてしまっている。
ぽわあ、とした普段の怜からは考えられないような表情で、桜彩の姿から視線が外れない。
コンコン
二人がそれぞれフリーズしてしまった状態で、部屋の扉がノックされる。
「れーくん、サーヤ。入っていい?」
「え……? あ、ああ……」
「う、うん……」
扉の外から聞こえてきた親友の声に慌てて二人で生返事を返すと扉が開かれて蕾華が入って来る。
そしてニヤニヤと二人を見つめてちょいちょいと怜の背中を突いて来る。
「れーくん。サーヤの水着姿、どう?」
「え……あ、ああ……」
蕾華の言葉に正気を取り戻して、改めて桜彩の方を見る。
「うぅ……。は、恥ずかしい……」
そんな恥ずかしがる姿もとても可愛らしい。
「ほらほられーくん。サーヤに感想言ってあげなって!」
ニヤニヤとした笑みを崩さずに煽ってくる蕾華。
というか、なぜ部屋の外にいたのにまだ感想を言っていないことを知っているのか。
いやまあ親友である蕾華ならそのくらいの予想は簡単についたのかもしれないが。
「れ、怜……その……」
恥ずかしがりながら、それでいて何かを期待するように、上目遣いで桜彩が見つめて来る。
そんな桜彩の姿を見て、怜の頭の中にいくつもの単語が浮かび上がる。
爽やか、華やか、上品、エレガント、セクシー、スタイリッシュ。
他にも均整がとれているとか健康的とか、ありとあらゆる褒め言葉が脳内を回る。
そんな中、頭で考えるよりも先に怜の口が開く。
「可愛い……それに、綺麗…………」
口から出たのはシンプルな言葉。
しかし今の桜彩を表すのに余計な言葉は必要ない。
「え…………」
言われた言葉に桜彩の顔が更に真っ赤になる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(い、今、怜、私のことを褒めてくれて……か、可愛いって……。そ、そりゃあ褒められるとか思わないでもなかったし蕾華さんもそう言ってくれたし可愛いって言われたいとは思ってたけど嫌可愛いだけじゃなく綺麗とかそうやって色々と褒めてくれるって言うかもうどんな言葉でも嬉しいって言うかそれを想像して期待してたしとにかく怜に褒められるってことはでもでもでもでもでも――)
褒めてくれたらいいな、とは思ってはいたものの、いざ褒められるとその嬉しさに何も考えられなくなってしまう桜彩。
これまで桜彩は何度か怜に『可愛い』と褒められたことがある。
しかしこうして怜への恋心を自覚した今、これまで以上にその言葉を嬉しく感じてしまい、頭の中がオーバーヒートしてしまう。
「さ、桜彩……?」
目をぐるぐると回して心ここにあらずといった桜彩を見た怜がそっと近づいて肩を掴んでくる。
「ひゃっ……! れ、怜……」
「桜彩、大丈夫か?」
「う、うん……」
大丈夫というか、別の意味で大丈夫ではなくなってしまう桜彩。
(っていうか、これじゃあもっと大丈夫じゃないっていうか、怜が近いっていうか……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「良かったね、サーヤ。れーくんに可愛いって言ってもらえて!」
収集を付ける為に蕾華がそう桜彩に向かって親指を立てる。
「う、うん……。怜、ありがとね……」
「あ、ああ……。その、お礼を言われるのもおかしいけど……」
「う、うん、そうだね……」
「あ、い、一応言っておくけどな、可愛いって言ったのは水着だけじゃなく桜彩本人もだからな!」
桜彩への誕生日プレゼントのエプロン姿を褒めた時のことを思い出し、念を押すようにそう付け加える。
「あ……う、うん……」
「ほ、本当だからな! そ、その水着、本当に桜彩に似合ってる。水着も桜彩も両方とも可愛らしいし、それが合わさって相乗効果でより可愛らしいって言うか……」
「う、うん……わ、分かったから、分かったから……!」
慌てた桜彩がこれ以上褒められないように怜の口を塞ぐ。
(お、俺、今とんでもないことを……。いや、桜彩が可愛いし綺麗ってか美人なのは事実だしもう何度か綺麗とか可愛いって言ってるし今更だしだけど引かれてないよないきなり綺麗とか可愛いとか言われて引かれてないよなもしかして他の言葉の方が良かったかなでも気付いたら可愛いって言葉が口を出てたしそれにその水着が桜彩に似合うのも本当だしって言うか今口に当たってる桜彩の手の感触もなんだか気持ち良いって言うか――)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(か、可愛いって……。わ、私のことを可愛いって……。れ、怜が褒めてくれたのって水着だけじゃなく私もだよねっていうかもう何回か可愛いって言われてるけど本当にもう嬉しいしでも水着が可愛いじゃなくて私も可愛いって言ってくれたのはやっぱり嬉しいし――)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もう思考が追い付かず完全にオーバーヒートしてしまう二人。
もしも漫画だったらぷしゅう、という擬音が付け加えられることだろう。
「おーおー、やってるなー」
「陸翔!?」
「陸翔さん!?」
そこへもう一人の親友である陸翔が大きな荷物を持って現れた。
予想外の人物の登場に慌てて二人が一旦離れる。
おそらくは蕾華が誘ったのだろう。
「で、蕾華、この状況は? 三行で簡潔に」
「れーくん、サーヤの水着を、褒めた」
「ああ、なるほど」
それだけで陸翔も状況をこれ以上ないくらいに察する。
「よしよし。怜、頑張ったな」
「陸翔……。あ、ああ……。頑張ったよ、俺……」
力が抜けた怜が、優しく言葉を掛けてくれる陸翔へともたれかかる。
「よーしよし。サーヤ、良かったね」
「うぅ……ら、蕾華さあん……。うん……良かったよぅ……怜に褒めて貰えたよぅ……」
桜彩も倒れそうになったところで蕾華がそっと支えて頭を撫でる。
その後、瑠華が風呂から上がるまで、四人はずっとそうしていた。
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