第285話 将来はきっと……
「ん-っ、楽しかったあ!」
大きく伸びをしながら蕾華がそう満足そうに声を上げる。
もちろん怜をはじめとする三人もそれには完全同意だ。
蕾華の言う通り今日は本当に楽しかった。
ジェットコースターやフリーフォールと言った絶叫系をはじめとし、ホラーハウス、コーヒーカップ、ゲームコーナー等々、園内の多くの施設で楽しんだ。
これも待ち時間を必要としない優先券を送ってくれたシスターズのおかげだ。
帰ったら再度感謝の言葉を伝えたい。
そんなことを思いながら四人は遊園地の大広場へと戻って来た。
夏場とはいえもう辺りも暗くなっており、この大広場も昼間に比べれば人通りは少なくなっている。
出口ゲートへと向かう客の数も徐々に増えており、皆一様に楽しそうな表情を浮かべている。
仲良さそうに話す内容は、やはり今日の思い出だろうか。
「名残惜しいけどもうそろそろ帰るか?」
まだ閉園まで時間はあるのだが、怜達も帰路のことを考えればそろそろお暇の時間だ。
何しろ夕食、というか夜食は陸翔と蕾華がテイクアウトで予約をしており怜の部屋で食べることとなっている。
「うん。もうそろそろだけどさ、まだ時間には大分余裕あるんだよね。ってなわけでさ、最後にあれ乗らない?」
そう言いながら蕾華が指差した先を見ると、巨大な円が回転している。
最後のアトラクションに選んだのは観覧車。
ひときわ大きなそれは今日乗ったどのマシンよりも高所まで上がり、辺り一面を見渡すことが出来る。
一周も約十五分程度ということもあり、これなら帰宅時間にもさほど影響は無い。
「そうだな。俺は賛成」
「うん。私も」
蕾華の提案に怜と桜彩は二つ返事で頷く。
当然陸翔も賛成だ。
そして四人でゆっくりと観覧車の方へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれ?」
「あっ」
観覧車の方へと向かう途中で、先ほど写真を撮り合った家族と鉢合わせた。
どうやらこの家族も観覧車に乗ることにしたのだろう。
「先ほどはどうもありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
怜達四人と相手の夫妻が互いに頭を下げあう。
しかし初対面の時にも思ったのだが、この夫妻は自分達のような年下の相手に対しても随分と腰が低い。
年を取ったらそれを理由に威張り散らすのではなくこういう大人になりたいものだ、などと考えてしまう。
「その様子ですとあなた達も観覧車に?」
「はい。ということは……」
「うん! これから観覧車に乗るところーっ!」
夫妻の代わりに子供が元気よく答えてくれる。
怜はその子の前にかがんで視線を合わせて問いかける。
「そっかそっか。今日は楽しかった?」
「うんっ! パパとママが誕生日に遊園地に連れて行ってくれるって約束してくれて、一か月前から楽しみにしてたんだ!」
満面の笑みで男の子がそう答える。
長い間待っただけあって、本当に楽しかったのだろう。
ふと視線を上げると、夫妻共にその子の言葉に嬉しそうに表情を緩めていた。
「そっか。良かったな」
「うんっ!」
クシャッと頭を撫でると男の子が本当に楽しそうに笑う。
それを見て怜も腰を上げて家族に頭を下げる。
「それでは失礼します」
「はい。私達はお先に」
そう言って観覧車へと向かう家族。
なんというか、本当に幸せそうな家族で見ているこちらもほっこりとしてくる。
「ふふっ。あの子も誕生日なんだってね」
隣から桜彩が顔を覗き込んでくる。
「そうだな。今日は俺にとって最高の誕生日だったけど、あの子にとっても最高の誕生日だったろうな」
「ふふっ。ああいう家族って良いよね。とっても幸せそうで」
どうやら桜彩も同じようなことを考えていたらしい。
「ああ。子供も素直で良い子だったよな。ああいう風に言ってもらえると、親としても嬉しいだろうな」
「そうだね。将来、私達の子供もそんな風に思ってくれるのかなあ……」
にっこりと笑みを浮かべながら桜彩がそう言ってきた。
「きっとあんな素敵な家庭を作れると思うぞ」
怜の口からも自然にそう言葉が漏れる。
そう、自分と桜彩ならきっと――
自分と桜彩がとまだ見ぬ子供達とのまだ先の未来は――
「「……え?」」
親友二人の声が怜と桜彩の耳に届く。
信じられなことを聞いたような声色に振り向くと、親友二人が驚いた顔をしてこちらを見ている。
「さやっち、怜……今……」
「サーヤ、れーくん……今、何て……」
「え? 今って……私と怜の子供ならって…………………………………………ああっ!!」
「え? 今って……きっと素敵な家庭を作れるって…………………………………………ああっ!!」
二人して今自分達が無意識に何を言ったのか理解してしまう。
瞬間的に顔が今日一の赤さを、いや、過去一の赤さに瞬間沸騰してしまう。
お互いが視線を合わせて、その瞬間はじけるように顔を逸らして黙り込んでしまう。
「あ……い、今、私、なんて………」
「い、今、俺……」
「ち、ち、ちが、違うからね! た、ただ、その、なんていうか、ああいった親子って良いなって……!」
「そ、そう……! た、ただ、ああいった家庭って素敵だろうなって……!」
「う、うん……! れ、怜がそ、側にいたから……!」
「そ、そう……! さ、桜彩がそ、側にいたから……!」
頭の中にふと思い浮かんだ光景がふと口から漏れてしまった、ただそれだけ。
いや、それだけでも充分に――
「う、うん! 二人共、落ち着いて!」
「ほら、怜! とりあえずこれでも飲んで落ち着けって!」
そう言って親友二人がペットボトルのお茶を差し出してくる。
受け取ったそれを口に含んで大きく深呼吸。
まだ恥ずかしいが、それでも何とか桜彩の顔を見ることが出来るまでにはなった。
一方の桜彩もこちらの方を見ながら恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「ほら、二人共落ち着いた?」
「あ、ああ……」
「う、うん……」
まだ落ち着くことなど出来ていないのだが、何とか首を縦に振る。
「うんうん。つまり二人共、あの家族のことを素敵だって思っただけだよね?」
「そ、そう……そうなんだ!」
「う、うん……」
普段であればここでからかって来るのが蕾華と陸翔だが、さすがに事態を落ち着けようとする。
「ほらほら。そうこうしてるうちに時間が過ぎてくぞ。早く乗ろうぜ」
「そうそう。まだダブルデートは終わってないんだからさ」
「そ、そうだな。それじゃあ行くか」
「う、うん」
ひとまず今の発言は忘れることとして、四人で観覧車の待機列の方へと歩いて行く。
予想に反して観覧車には少しばかり行列が出来ていた。
そんな彼らに多少申し訳なく思いつつも、係員に優先券を見せて乗り場へと移動する。
そして四人の前に観覧車のゴンドラが到着した。
一番先頭にいた怜が真っ先に乗り込んでいく。
「桜彩」
「うん」
桜彩へと手を差し出すと、嬉しそうにはにかんだ桜彩がその手を掴んで中に乗り込んでくる。
そして次に入ってくる親友二人の為に怜と桜彩が奥へと進み、扉の方を振り返る。
そんな二人の耳に蕾華の声が届いてきた。
「アタシ達は次のに乗るんで大丈夫です」
「「え?」」
てっきり四人で乗ると思っていたので桜彩と共にポカンとした顔で呆気にとられてしまう。
とはいえ観覧車というものは故障でもないかぎり停止することはない。
このままでは怜と桜彩を載せたゴンドラは地面から遠ざかってしまうだろう。
「かしこまりました。それでは行ってらっしゃいませ」
その為蕾華の言葉を受けた係員はそのままゴンドラの扉を閉じて、内側から開かないようにロックを掛ける。
ガコンというロック音で正気に戻った怜と桜彩が外を見ると、蕾華と陸翔がニコリと笑いながら手を振っていた。




