第162話 少しばかり贅沢な夕食① ~初デートに乾杯~
二人共しばらく無言で心を落ち着けた後、夕食を食べる為の店探しを再開する。
「あ、怜。ここなんてどうかな?」
そう言いながら桜彩が指し示した案内板の箇所へと怜も視線を向ける。
桜彩が選んだのはどうやらイタリアンビュッフェレストランのようだ。
それも値段均一でメインの一品を選べば全てのビュッフェが食べられるようで、比較的量を食べる二人にとっても嬉しいポイントだ。
特にスイーツのビュッフェに力を入れているようで、案内板の写真にも様々なスイーツが写っている。
スマホを操作して店について詳しく調べてみると、どうやらこの店の専属パティシエの自信作らしい。
「そうだな。ここがいいかも」
「でしょ? 値段も二人で一万円くらいだしね」
桜彩の指差した先を確認すると、税込みで一人当たり五千五百円。
充分に許容範囲だ。
「それじゃあここにするか」
「うんっ。やった!」
嬉しそうに両手を軽く握りしめてガッツポーズをする桜彩。
怜が賛同してくれたことが嬉しく無邪気な微笑を浮かべている。
そんな桜彩も可愛いなと思いながらも、先ほど注意された為にそれを口にするのはやめておく。
「それじゃあ怜、さっそく行こっ!」
「ああ。そうだな」
そして二人は案内板で店の場所を確認し、そちらの方へと足を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目的の店の前に立って店内の様子を確認する。
幸いなことに現状混雑はしておらず、待たされることなくすぐに案内してもらえそうだ。
「それじゃあここで決まりだな」
「うんっ。良かったね、混んでなくて」
「ああ」
店内に足を踏み入れるとすぐに店員がやって来る。
前払い制の料金を払うとそのまま席へと案内してくれる。
「わぁ……」
席へと歩いている途中、店内の様子を確認した桜彩の口から声が漏れる。
店内に飾られている装飾品等も品が良く雰囲気に合っている。
しかしそれ以上に目を引くのはやはりビュッフェ―コーナーだろう。
ビュッフェ―コーナーは大きく分けて二つに分かれている。
一つはサラダなどの前菜、食事系の物が置かれているコーナー。
そしてもう一つはスイーツのコーナーだ。
所狭しと並べられている各種ケーキをはじめとするスイーツ達。
それを見た桜彩の目が輝いている。
そして席へとたどり着くと店員から簡単な説明を受ける。
先ほど調べた通り一品メインディッシュを選べば全てのビュッフェコーナーが食べ放題ということだ。
「お決まりになりましたらお声かけ下さい」
そう言って去って行った店員の後姿を眺めながら二人で一息つく。
「良い感じのお店だね。リュミエールとはまた違った感じで」
「だな。なかなか良いよな」
「うんっ」
席に座りゆっくりと周囲を見回してみる。
店内のテーブル席でも比較的端の方に位置した席に案内されたのだが、周囲に他の客はおらずそういった点ではありがたい。
むしろ高校生同士のカップルということで、他の客層に比べて年齢の低い怜と桜彩にとっては気が楽だ。
ビュッフェコーナーまで少し距離があるのが難点だが、その程度は些細な問題だろう。
しかし周りを見回してみると、家族連れというよりは同年代の男女一組で来ている客が多いように思える。
やはり店の雰囲気を考えても客層はそちらの方が多いのは当然かもしれない。
まあ怜も桜彩も雰囲気は大人びているので、傍から見れば大学生カップルに見えなくもない、外見だけを見れば。
怜に限ってはまあ落ち着いた雰囲気を出せてはいるのだが、桜彩の方はもう完全に浮かれており年相応のあどけなさが出ている。
「ねえ、怜はこういったお店ってよく来るの?」
「いや、ウチは基本的に外食は少なかったからな。まあ、前に食べたうなぎ屋とかそういった所はたまに行ってたけど」
怜の母親が料理関係の仕事をしていた(一応現在も頻度が減っているとはいえ現役だが)為、光瀬家ではあまり外食をすることはなかった。
もっとも母の市場調査等の名目でたまに外食をする時はあったが。
怜が一人暮らしを始めてからも基本的に料理は自炊していたし、たまの付き合いで外食する時も同級生の懐事情に合わせた店がほとんどだ。
この店はそこまで高級店というわけでもないが、かといって高校生の財布の中身で気軽に来ることが出来る価格でもない。
「なんでこういった所はあんまり来た覚えがないな」
「そうなんだ。実は私も初めてなんだ」
「そうなのか? 桜彩の家なら結構来そうなイメージがあるんだが」
少なくとも渡良瀬家はそこらの家庭に比べてかなり裕福ではある。
こういった店に気軽に来ることが出来ると怜が考えたのも不自然ではない。
「んー、まあ、ね……」
その怜の言葉に桜彩は少しバツが悪そうな顔をする。
「まあウチは外食することもあったけど、そういう時って、その……結構高級店で食事してたからさ」
「ああ、そういう……」
怜の懐具合としてはこの店も高級店に入るのだが、桜彩の言う高級店とは文字通り金額の桁が違うのだろう。
それに関しては怜の方も経験がある為に良く分かる。
とはいえ二人共、実家が裕福だからといって無駄遣いをすることは少ないし、小遣いも常識的な範囲内だった。
その為、怜も桜彩も高校生としての金銭感覚は充分に身についている。
「さて、それじゃあメニューを選ぶか」
「そうだね。何にしようかな~」
少し変な空気になったので強引に話題の修正を試みると、桜彩も目を輝かせながらメニューを開く。
「うーん、やっぱり目移りしちゃうなあ」
「それだったら俺と二人でシェアするか?」
「うんっ!」
怜の提案に桜彩が顔を綻ばせて喜ぶ。
怜としても色々と食べることが出来るし、何より桜彩が喜んでくれるのが本当に嬉しい。
「それじゃあ私はサーモンのポワレにしようかな」
「じゃあ俺は豚のグリルにするよ。そうすれば肉も魚も食べられるしな」
「ふふっ。ありがとね。それじゃあ店員さんを呼ぶね」
そして店員に注文を告げるとお待ちかねのビュッフェの時間が始まる。
「それじゃあ取りに行こうか」
「うんっ」
二人で席を立ってビュッフェコーナーへと向かう。
周りにいるのが自分達よりも年上ばかりであり、多少の場違い感を感じながらも料理を更に盛っていく。
「あっ、このサンドイッチ美味しそうだね」
「そうだな。少し貰っていくか」
そんな感じで二人並んで仲良くビュッフェ―コーナーの中身を吟味する。
皿の上が料理で窮屈になったところで二人は一度席へと戻り、ドリンクバーから飲み物を取ってくる。
そして席に座りコップを掲げて
「それじゃあ桜彩」
「うん」
「その……初デートに」
「うん……初デートに」
互いに照れて頬を赤くしながらも、軽くコップをぶつけて乾杯した。
恥ずかしさを隠すようにコップの中身を半分ほど一気に飲み干す。
コップを置いて相手の顔を見ると、相手の顔が真っ赤に染まっているのが分かる。
しかしもちろん自分の顔も赤くなっていることは二人とも理解しているので、そのまま二人で笑い合う。
「はははっ」
「ふふっ」
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
そして二人は大量に盛り付けられた皿の上の料理をせっせと口に運び出した。
次回更新は月曜日を予定しています。




